第2話 食事は口でするものとは限らない

 翌日、朝起きた俺は顔を顰めた。


「体中が痛いな……」


 固い床で寝たせいで体がギシギシいっている。早めにベッドを頼んだ方がいいかもしれない、と考えながら俺は体を起き上らせた。


 ちょうどその時、部屋のドアがノックされ、侍女が部屋へと入ってきた。


「起きていらっしゃいましたか。お早いんですね」

「まあな」

「朝食でございます」

「……これがか?」

「はい、そうですが。……ああ、昨日シュウ様がおっしゃった野菜などについてはまだ安全が確認されていないのでまだお出しするわけにはいきません。シュウ様の世界と同じものとも限りませんので」

「そうか、ありがとう」


 それは俺もわかってるんだ。俺が言いたいのは、俺の目の前にあるこのどろどろの液体は何か、ということなんだが。病人食よりもどろどろのペースト状で、もはや米の面影は見られない。この世界の人間はこれを食べているのか? 正気とは思えないのだが。

 しかもなぜか箸もスプーンも用意されていない。あるのはストローだけだ。これで吸えということなのか?


「食わなきゃ駄目だよな。俺はもうこの世界で生きていくんだし」


 俺は意を決して目の前の液体を口に入れた。


「……」


 不味くは……ないな。

 というか味がほとんどない。リアクションに困る。


 朝食をとり終えた俺は侍女に連れられてミリアのものへと連れてこられた。

 ミリアは俺を見るとパッと顔を明るくする。


「おはようございます、シュウ様」

「おはよう、ミリア」


 俺はミリアに挨拶をしながら部屋を見回した。ここがミリアの部屋なのだろうか。ぬいぐるみがたくさんおいてあって、これぞ女の子の部屋という感じだ。そしてやはりベッドはない。


「今日は魔法についてお話しさせていただこうかと思いましてお呼びしました。シュウ様の世界には魔法がないんでしたよね?」

「ああ、その通りだ」

「簡単に説明させていただきますと、魔法には火、水、風、土、雷、癒の6種類がございます。癒は俗に言う回復魔法ですね。人によって使える魔法の種類は異なり、普通は1種類です。貴族や王族には数種類使える方も珍しくはありません」

「じゃあミリアも?」

「はい、私は火、水、癒の3種類を使えます」

「すごいじゃないか」


 魔法は良いよな、夢がある。

 俺に褒められたミリアは顔をほころばせた。


「えへへ……っと話がそれましたね。魔法の才能を計る道具がありますので、それを使えばシュウ様の才能ももれなくわかります」


 そういってミリアは透明な水晶を俺の前に差し出す。


「才能がわかったところで使えるとは思えないんだが」


 地球で使えなかったのにこの世界に来たら使えるなんてことがあるのだろうか。

 しかし、俺の不安をよそにミリアはにっこりと笑う。


「安心してください。この道具は才能を計るだけでなく、才能を覚醒させる効果もあるので、魔法を使えるようにもなります」

「なら安心だ」

「では、魔法の才能を見極めさせてもらいますね。まずは火からです。手をかざしてみてください」


 言われた通り手をかざしてみる。すると水晶は透明から赤へと色を変えた。

「おお」


 目の前で起きた不思議な現象に思わず感嘆のため息が漏れる。


「才能があるとこのように光るんです。シュウ様には火の魔法の才能があるようですね。念のため全て調べましょう、次は水ですね」


 俺は手をかざす。水晶は赤から青に変わった。


「水もですか! さすがはシュウ様です! 次は風ですね」







「つ、次は癒です。……どうぞ」

「ああ」


 俺は水晶に手を近づける。水晶は白く光りを放った。


「ま、まさか6種類すべてに適性があるなんて……この世界を創ったとされる神様以来のことです! さすがシュウ様です!」

「まあな」


 まがりなりにも賢者だしな、俺。


「それで、魔法の使い方は――なるほどな」


 魔法を使ってみようと思ったら、頭に情報が流れ込んできた。まるで今までなかった体の部位が突如出現したような、奇妙な感覚だ。


「これはすごいな、なんでもできそうだ」

「シュウ様ならすぐに魔法を使いこなすことができるでしょう。……っと、もうこんな時間ですね。一緒にお昼をとりましょうか」

「ああ、そうだな」


 気が付けばもう昼になっていた。俺はミリアの後について城の中を進む。ついた場所は大きなテーブルが置かれた場所だった。食事をとるためだけにつくられた部屋のようだ。


 ミリアが椅子に着席すると、すかさずウェイターが料理――と呼んでいいのかもわからないようなおぞましい半液体状の米を運んできた。つづいて俺のところにもそれが置かれる。俺は2食続けての同じ食事に、少し不機嫌になって料理を見つめた。


「なあ、ミリア。聞きたかったんだけどさ、なんでこんなにどろどろにしてるんだ? これじゃ病人食にしか見えないんだが」


 俺の疑問に対し、ミリアは不思議そうに眉を上げる。


「これ以上原形を残してしまうと食べることができなくなってしまうと思うのですけれど……」

「……そういうもんか」


 異世界人には歯がないのだろうか。いや、そんなわけはない。ならなぜこんなどろどろのものしか食べられないんだ?

 そんな俺の疑問はすぐに解消されることになった。


「神に感謝を」


 そういってミリアは天に向かって祈りをささげた。そして、ストローで米を吸い始めた。


「なっ……」


 その光景を見て、俺はこの世界に来てから最も驚くことになった。なんせ、ストローで吸い上げられた米の向かう先は口ではなく鼻なのだ。ミリアは鼻で食事をしていた。


「ミリア、何をやっている」

「へ? 何と言われましても……食事ですが」


 見ていられない。俺はミリアに正しい食事の仕方を教授してやることにした。


「いいか? こうやって食べればいいんだ」


 俺は皿にストローを突っ込み、そして口で思いっきり吸い上げた。米が口へと勢いよく流れ込んでくる。……うん、相変わらず無味だ。


「なっ!? シュ、シュウ様、まさか、口で食事ができるとでも言いだすつもりですか!?」

「ああ、その通りだぜミリア。やってみな」


 ミリアは俺に言われた通りにおそるおそる米を口に入れた。そしてそのまま喉を動かし米を飲み込む。

 米を飲み込んだミリアは驚きの表情で俺を見た。


「わ、すごい……! 鼻で食べるよりも何倍もの量が一気に飲み込める!」


 すごい驚きようだ。だが、俺は賢者だ。このぐらいじゃまだ終わらない。


「しかも、だ」


 俺は驚きのあまり唖然としているミリアに続けて言う。


「口には歯という便利なものが生えている。これによってものを噛むことができるんだ。つまり食事の味だけでなく、触感も楽しむことができるのさ」

「か、革命です……。食の革命が起きました!」


 ミリアは驚きで開いた口がふさがっていない。俺はその口に米を流し込んであげた。ミリアはもぐもぐと口を動かしている、歯でかむことを試しているようだ。しばらくすると、ミリアの目は喜びでキラキラと輝きだした。


「どうだ? 参考になったか?」

「は、はいっ! これはすごいことです! すぐさま国民に知らせてあげなければ……シュウ様、私はここで席を外しますのでゆっくりとご食事をお楽しみください。このような知識を与えてくださりありがとうございます」

「なに、大したことじゃないさ」

「ご謙遜を……これは人類の歴史上でも有数の大発見です。では、失礼します」


 ミリアがでて行き、俺は再び一人で食事をとり始める。


「やはり味がしないな」


 まあ米しか食べられないと思われていたのだから仕方がないことではあるのだが、どうにも味気ない。


「あのー、シュウ様」


 声をかけられたので見てみると、そこには白い服を着たシェフが立っていた。


「ん、なんだ?」

「このたびは本当にありがとうございますっ!」


 勢いよく頭を下げられるが、あいにく心当たりがない。


「すまんが、俺と君は初対面だぞ? 何かをしたあげたことなど……」

「とんでもございません。シュウ様が米以外を食べられると助言してくれたおかげで、私たちは新しい料理を発明することができます。私たち料理人は、長い間米以外の料理を作ったことがありませんでしたから、新しい料理の可能性が広がっただけでとてもうれしいのです」

「そうか、まあせいぜい励んでくれよ。そしていつか俺の舌を唸らせるような料理を作ってくれたまえ」


 俺がシェフの肩をポンと叩くと、シェフは感動し肩を震わせた。


「はい、頑張ります。シュウ様、万歳!」


 やれやれ、大げさなものだ。俺は小さくため息を吐くと、完食した皿を残して部屋を出たのだった。

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