第3話 少女の価値はブーの餌

 早いもので、召喚されてからもう一週間が経った。俺は魔法の練習をしながら日々を過ごしている。ついでにベッドも作ってもらった。

 ミリアは「凄くやわらかくて、寝やすすぎます!」といっていた。俺にとっては当たり前なのだが、ミリアにとっては衝撃だったらしい。


 ミリアがニコニコしながら部屋に入って来る。

 俺の提案した食糧不足対策が功を奏したらしく、ミリアはニコニコと上機嫌だった。


「シュウ様のお蔭でお米以外を食べられるという事を国中に広げることが出来ました。これで多くの人々が飢餓から逃れられます。本当にありがとうございます!」


 もう二足歩行をマスターしたミリアが俺に頭を下げる。話によると、二足歩行も広がりを見せているらしい。まあ、便利だしな。


「いや、いいってことさ。こんな楽しそうな世界に連れてきてもらった俺の方こそ礼を言いたいよ」

「なんて寛大なんでしょう……。私もシュウ様のようになれるよう、努力してまいります」

「俺のようになるのは大変だぞ?」


 俺はミリアに向かってウィンクをする。


「むぐぐ……精一杯頑張ります。……それでですね――」


 ミリアの顔が真剣味を帯びる。その表情からミリアが言わんとしていることに想像がついた。


「俺の今後について、か」

「な、なんでわかったんですか!?」

「顔を見ればそれくらいわかるさ」

「さすがはシュウ様です!」


 ミリアが俺を尊敬の眼差しで見てくる。やれやれだ。


「それで、俺はどうすればいいんだ?」

「本当は食糧問題を解決してもらうために召喚したのですが、あまりにもあっけなく解決してしまわれましたので……シュウ様はもう自由の身です」


 ふむ……そういうことか。俺が優秀すぎたのがミリアにとっては予想外だったってことだな。まあしかたないだろう。賢者である俺の優秀さを予想しろなんてのは無理な話である。


「シュウ様のこれからは、シュウ様の望むままに」

「ちなみにここに留まってもいいのか?」

「ええ、もちろん。もしお望みなら空いている家を1軒さしあげることも可能です」

「いいのか?」

「シュウ様のしたことに比べれば月とすっぽんですが、私にできることはこれくらいなので」

「ありがとうな」


 ミリアは寂しそうに俯く。


「……もし嫌でないのなら、たまには遊びに来てくれるとうれしいです。私はあまり外に出歩くわけにもいかないので」

「もちろん来るさ」


 なんたって、ここは俺が生まれ変わった場所なんだからな。ミリアはある意味俺の母親だ。


「っ! ありがとうございます!」


 ミリアは俺が会いに来ると聞いてうれしそうに頬を緩ませた。やれやれである。









 その翌日、俺はミリアが用意してくれた住まいに移動することになった。


「……って、隣かよ」

「ええ、近い方が何かと便利でしょうから」

「それはいいが、貴族の建物の隣とか、高いんじゃないのか?」

「シュウ様はそんなことを気にする必要はありません。この国の稀代の賢者様なんですから」


 そうか。まあ、そう言うならそういうことにしておくか。


 仕事に戻ったミリアと別れ、俺は一人で家に入る。まさか、異世界でマイホームを持つことになるなんて、少し前の俺は想像もしていなかった。


 貴族の家が並ぶ場所だからか、この家もかなりのサイズがある。具体的に言うと、リビングは5個あり、トイレは13個ある。地球ではこのサイズの家を買うことなど夢のまた夢だっただろう。


「人生何があるかわからんな……」


 俺は広いリビングで一人嘆いた。








 昼。ずっと家に閉じこもっているのもなんなので、俺は外に出歩いてみることにした。召喚されてからずっとミリアの家で生活していたので、何気に外に出るのは初めてだ。


「へぇー、中々いい景色だな」


 建物などは全体的に古臭いが、それがまた独特の雰囲気を醸し出している。俺はこの国を気に入った。


「とりあえず、あてもなくぶらぶらして見るか」


 目的もなくぐるぐるしてみよう。それがいいだろう。俺は気の向くままに歩き始めた。




 すれ違う人間を観察していたが、ほとんどの人間はすでに2足歩行に変わっていた。だが、何人かは4足歩行のままである。特に老人は4足歩行が多かった。長年しみついた習慣は簡単に覆すことはできないのだろう。俺も強制する気はないので別によしとする。




「……ん?」


 気が付くと、さびれた場所に来ていた。表通りはかなりの賑わいだったが、裏通りに入ると一気に人が少なくなるようだ。人相もあまり良くない人が多い。


「治安が悪そうだな」


 俺はミリアにもらった金を盗まれないように用心しながら歩くことにした。まあ、いざとなれば魔法を食らわせれば何とかなるとは思うが、念のためだ。


 気になる店を発見した俺は足を止める。小屋の前に店主が座っているだけの店だ。


「奴隷商店……か」


 やはり奴隷制はあるのか。もっとも、まだ発展途中の国のようだし、そこまで口を出す気は俺にはない。


「……らっしゃい」


 片目がつぶれた店主が聞こえるか聞こえないかの潰れた声でそういった。


「初めてなんだが、奴隷を持つのに許可はいるのか?」

「あ? いるかそんなもん。金さえありゃあ問題ねえよ」

「そうか」


 金は十分あるが、奴隷など持っても用途がないしな。


「悪いが今日は帰らせてもら――」

「きゃあああ!」


 断りを入れかけたところで、小屋の中から聞こえてきた耳をつんざくような悲鳴に俺は眉をひそめる。


「中で何をしてる?」

「いらなくなった奴隷の処分だよ。俺の持ち物だ、あんたにとやかく言われる筋合いはねえぜ?」


 その言葉を聞いた俺はいてもたってもいられず中に入り込んだ。

 そこでは、まだ年端もいかぬ少女が巨大な豚の魔物に食われかけていた。


「うちは車を引くための魔物も売ってんだ。あの餓鬼は奴隷が産んだ子なんだが、いかんせん体が弱くて病気ばかりでなぁ。全然売れねえし、ブーの餌にしちまおうってことになったってわけさ」


 俺の後を追うように小屋の中に入ってきた店主が言った。その声色には何の感情も含まれていない。


「……いくらだ?」

「ああ? 何のはな――」


 店主との問答をしている間に少女が魔物に足をつかまれてしまった。


「いやああああああ!」


 必死に抵抗する少女だが、魔物の力には抗えず、逃げることができない。


「ちっ! 間に合え!」


 俺は魔物と少女の間に手をかざす。すると、魔物と少女の間に土の壁がせりあがってきた。魔物は驚きで少女の手を放した。


 ふう、ぶっつけ本番だったが……上手くいってよかった。


「おいてめえ、何やってんだ! うちのブーに傷がついてたら弁償してもらうぞ!」


 ほっとしたのもつかの間、店主が俺に棘のある声をぶつける。こいつにも感情ってもんがあったんだな。


「弁償ねぇ……これでいいか?」


 俺は店主に向かって麻袋を投げた。


「ブーはうちの目玉商品なんだ。ちょっとやそっとじゃ――な、なんだこりゃっ!?」


 麻袋の中身はミリアからもらった金貨1000枚が詰め込まれている。金貨の価値はまだよくわからんが、ミリア曰く「これで一生生活には困らないはずです」とのことだからかなりの大金なのは間違いないだろう。


「それとも、それでもまだ足りないとでもいうつもりか?」


 俺の問い詰めるような視線に、店主は急にへりくだってくる。


「いえいえ、滅相もない。どうです、お望みなら奴隷の1つや2つ持って行ってもかまいませんよ」


 やはりかなりの大金だったらしい。ミリアに感謝だな。


「そうだな……」


 俺は先ほどど豚の魔物に食われかけていた少女を見る。少女はまだ恐怖がきえないようで、自分の身を抱えてブルブルと震えていた。


「なら、あの子をもらおう」


 俺は少女を指さした。


「えっ……お言葉ですが、お客さん。あれはあっしの店の中でも最低ランクの奴隷ですぜ? 病気の後遺症で左手と右足は碌に動かねえし、目もほとんど見えない、耳も聞こえない。それこそ餌ぐらいにしか利用価値が――」

「客に逆らうのか?」


 俺がそういうと店主はビクッと肩を弾ませた。


「い、いえいえ滅相もない! まいどあり、またのお越しを!」

「安心しろ、二度と来ない」


 俺は震えている少女をおんぶする。少女は一瞬体を縮こませたが、すぐに体重を俺に預けてきた。振り返って少女を見ると、意識を失っていた。気を張り詰めすぎたのだろう。そしてその体は想像以上に軽いものだった。

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