第20話 赤い血のジョルジェルジェ
昼下がりの午後。
久しぶりに街を探索してみようと思い立った俺は、一人で街の中を歩き回っていた。ウルルは昨日の依頼の疲れが溜まって寝ていたので無理させないことにしたのだ。
「ちっ……」
俺はある光景を見て眉を潜ませる。それは、俺を見て気持ちの悪いものでも見たかのように離れていく人の光景だった。
この国のほとんどの人々は、国を守っている冒険者たちに感謝をし、とても尊敬している。だが一部の頭の悪い人間は、「冒険者などは卑しい人間のなる職業だ」と言って冒険者を馬鹿にしていた。
そういう人間をみると俺は不愉快になるのだ。
「うわ、冒険者ですって……」
「おい、お前」
俺は怒りを抑えきれず、陰口を言っている女に文句を言うことにした。
わざと聞こえるように言うなんて、性根が腐りきってるとしか思えない。
女は高価そうな服に身を包んでいたが、衣服で包んだくらいじゃその身からあふれてくる厭らしさは隠しきれていない。
「……なにかしら? 冒険者ごときがこの私に口をきかないでくださる?」
「……哀れだなあ、お前」
「な、なんですって!? あなた、自分が誰に何を言っているのか分かっているの? 私は貴族なのよ!?」
「それがどうした。俺は賢者だ」
賢者であることを伝えると、女は途端に動揺し始めた。まあ、賢者と言えば、国王に次ぐ役職だから無理もない。
「――え? そ、そんな……。ご、ご無礼を致しましたわ。どうかお許しください……」
「お前に一つだけ言っておいてやる。俺は差別が嫌いなんだ。どんな職業だって、働いている人間は一生懸命なんだ。ならばすべての職業が尊い。それを胸に刻むんだな」
「は、はいいいぃぃぃぃぃ! ありがたいお言葉、ありがとうございます。私、感激いたしましたわ! これからは身を粉にしてこの国のために尽くさせていただきますわ!」
俺の言葉に感銘を受けたのだろう。女は五体投地して俺にお礼を言った。ふっ、また一つ世直しをしてしまったか……。
俺以外が賢者だったらこいつは今頃死刑だろうな。全く、俺もつくづく他人に甘い。
女と別れて歩いていく。気が付くと、ウルルを買った奴隷商のところにやってきていた。ウルルと会えたことには感謝しているが、奴隷商にいい思い出がない俺はさっさと場所を移ろうとする。
「ああ、お客さん! また来てくださってんですか?」
「……別にそういうわけじゃない。たまたま通りかかっただけだ」
話しかけられてしまったか。俺は嫌な気分になった。しかし奴隷商の男は俺の気持ちなど知りもせずにぐいぐい距離を詰めてくる。
「そんなつれないことを言いなさんな。またいい奴隷をたくさん仕入れてあるんです。見て行ってくださいよ!」
「悪いがそんな気分じゃない」
「またまたー」
男は俺の腕を掴んできた。
「触るな」
俺は男を軽く投げ飛ばす。
「ぐはっ!」
肺から空気を吐き出し、息も絶え絶えな男を見下ろして俺は言った。
「いいか、よく聞け。俺は奴隷商人ってやつが大嫌いなんだ。ろくなやつがいない。こんな仕事をしているやつは、皆気が狂っているに違いない。牢屋に入れられたくなければ、もう俺に関わるな」
「ひ、ひぃぃぃぃ! 申し訳ありませんでしたぁぁぁ!」
くそが、嫌な気分になっちまった。俺は足元の石を蹴り飛ばし、その場所を後にした。
気分をリフレッシュしたいと思った俺は、ふと見かけた本屋に立ちよって見ることにした。俺は本が好きだ。本は知識の結晶である。本をよく読むからこそ、この世界に来てからもいろいろと斬新な発想をすることができたのだ。
「何か面白そうな本はあるかな……っと」
俺は本屋の中を歩き回る。すると、ひときわ大きなスペースが割かれている本が目に入った。
「『赤い血のジョルジェルジェ』……か」
とりあえず手に取ってみるが、他の本も見てみようと再び元の場所に戻した。
するとその時、後ろから声をかけられる。
「すみません、ちょっといいですか?」
ベレー帽を被った薄い緑の髪の男だった。見ているこちらが心配になるほど、ひどく青白い顔をしている。
「何の用だ?」
「ちょっと相談事がありまして。カフェで話でもどうですか、おごりますから」
ふむ……まあ、特にこの後用事があるわけでもないしな。
「別にいいぜ」
「ありがとうございます」
俺はふらふらと歩く男の後ろをついていく。男はしゃれた店に俺を案内した。店選びのセンスはあるようだ。
落ち着いた黒の椅子に座った俺はアイスコーヒーを頼み、浅く息を吐く。
「で、相談事とはなんだ?」
男はきょろきょろとあたりを見回して、人が聞き耳を立てていないのを確認してから話を切り出してきた。
「僕、インターピーターって名前なんです」
「……そうか」
名前を聞かされたところで反応のしようがない。
インターピーターは、そんな俺の反応になぜか満足げな顔をして頷いた。
「よかった、やっぱり知らないんですね」
「何のことだ?」
「僕、実は小説家でして。『赤い血のジョルジェルジェ』って本を書いてるんですね」
「……あー……?」
そういえば本屋で見たな。あの大々的に宣伝されてたやつか。
「それがなぜか大ヒットしちゃって、今スランプなんですよ。で、相談しようにも全員に『君は天才だからアドバイスなんて必要ないよ』って断られちゃって……なので、あそこの本屋で僕の本に興味なさそうな人を探してたんです」
「なるほどな」
俺が話しかけられた理由は理解した。しかし、俺は読書はするが書く方はしたことがない。
「俺に的を射たようなアドバイスができるとは思わないのだが」
「結果的にそうでもいいんです。ただ、この苦しい気持ちを誰かに打ち明けたかったんです。最近周囲の人々は僕を過度に神格化しているので……」
「辛かったんだな……。わかるぜ、その気持ち。俺も賢者として期待されることが多いからな」
俺にはインターピーターの気持ちを理解することができた。他人からの期待と言うのは力になるが、時には枷になることもある。
「え、賢者様だったんですか!? し、失礼なお願いをしてしまって申し訳ありません! 撤回させていただきます!」
「いや、いいんだ。俺も同じ悩みを持つものとして、お前と話をしてみたい」
「に、人間ができている……。世の中にはこんな立派な人がいるんだ。じゃ、じゃあこの新作を読んで感想をお願いします」
「任された」
俺はインターピーターに渡された原稿に目を走らせる。
青い血のジェルジョルジョ 作:インターピーター
ジェルジョルジョはジョルジェルジェの弟である。ジェルジョルジョは子供の時からジョルジェルジェのことを兄として尊敬していた。だからこそ、3年前の『赤い血事件』の際にジョルジェルジェの助けになれなかった自分自身をジェルジョルジョは情けなく思っていた。
ジェルジョルジョは朝起きるとまず一番に剣を振る。それはジェルジョルジョの兄であるジョルジェルジェが教えてくれてことでもあり、ジョルジェルジェの背中を追うためにしなければならない最低限の訓練であった。
(僕もいつか、ジョルジェルジェ兄さんみたいな立派な人間になるんだ……!)
ジェルジョルジョは、偉大な兄、ジョルジェルジェに近づく事だけを考えて剣を振るのだった。
「読みにくい」
読み終えた俺は率直な感想を口にした。
「読みにくい……ですか?」
「まず名前が似すぎてる。どっちがどっちだかわからん」
俺の意見をインターピーターはメモ帳にせっせと書き込む。
「な、なるほど! 目から鱗が落ちました!」
「あとは、そうだな……。代名詞とかは使わないのか?」
「代名詞って、彼とか彼女とかですか? あれを小説で使うなんてことは聞いたことがありませんが……」
「物は試しだ。一度やってみたらどうだ?」
「はい、やってみます。……おお! かなり分かりやすくなりました! それに、コンパクトにもなりました!」
「それと、ジョルジェルジェとジェルジョルジョは兄弟なんだろ? なら兄と弟でも十分に伝わると思うぞ」
「す、凄い! 新たな表現技法ですよ!」
インターピーターは興奮したように鼻息を荒くした。物静かな顔立ちをしているので、意外に思う。それだけ凄い発想と言うことだろうか。
「まあ、素人の言うことだ。気にしないでくれ」
「滅相もない、あなたは小説界の風雲児ですよ!」
そのあともインターピーターは一通り俺を褒めまくった。小説家としての語彙を総動員するかのような勢いで褒められれば俺も悪い気はしない。
「凄いです、本当に! ――っとと……」
「大丈夫か?」
インターピーターが不意にぐらついた。青白い顔色も相まって、今にも死にそうに見えた俺はインターピーターの身体を支ええやる。
「あ、すみません……興奮しすぎちゃってみたいで」
「体は大事にした方がいいぞ。体が資本だからな」
「実は僕、生まれたときからずっと頭がくらくらしてるんですよね。しかも日に日にひどくなっていってて……」
「大丈夫かよ。ちゃんと寝てるのか?」
インターピーターの身体を心配して言った俺の言葉に、彼は不思議そうな顔をした。
「寝る? 寝るってなんですか?」
どうやら寝るという行為を知らなかったようだ。生まれてから一度も寝なければ、そりゃあ頭もくらくらするだろう。
俺は彼に寝方を教えてあげた。
「夜に寝っ転がって、目を閉じてリラックスするんだ。そうするとだんだん意識が遠くなってくる。そして気が付いたら朝になってるんだ。それが寝るってことだ」
「す、凄い……! じゃあ賢者様はその寝るという行為を毎日してるんですか?」
「ああ、多分俺だけじゃなくて世の中の人間は大体してるぜ」
「そうだったんだ……勉強になりました! これで頭の痛みも解消できそうです。本当にありがとうございました!」
インターピーターは嬉しそうに帰って行った。その笑顔をみて俺も嬉しくなる。やはり人の役に立てるのは嬉しいな。
家に帰ってその話をウルルにしてやると、ウルルは大層興奮した。
「え!? ご主人様、あのインターピーターに会ったんですか?」
「ん? ああ」
「凄いのです! ウルルは『赤い血のジョルジェルジェ』の大ファンなのです。羨ましいのですー」
……あいつ、本当に人気作家だったんだな。
「新作を読んだなんて羨ましすぎます! ずるいのです!」
「内容教えてやろうか?」
俺がそういうと、ウルルは一瞬目を輝かせたが、すぐに手を頭に乗せて頭を横にぶんぶんと振った。
「お願いしま――――いや、やっぱりやめとくのです。本で読みたいのです」
「よく言ったな。それでこそ本当のファンだ」
「……でも、我慢しすぎで昇天するかも」
「……くれぐれも我慢はほどほどにな」
そんなこんなで今日も平和な一日だった。
今度「赤い血のジョルジェルジェ」も読んでみようかと思う俺なのであった。
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