第19話 髭のない髭面

 探索を再開してから1時間。

 森の中を探し続けている俺たちだが、未だ盗賊団の手掛かりを得られないでいた。


「見つからないのです……」

「もしかしたらギルドに情報が漏れたことを恐れて、拠点を移したのかもしれないね」

「そうだったら面倒ね……。まあオークを狩ったおかげでギルドからの信用度は下がらないでしょうけど」


 と、その時、俺の感覚が人間の存在を感知する。


「……いたぞ。ここから左に150メートルのところに人間がいる。こんな森の中にいるってことは、盗賊団に関係ある可能性が高い」

「あら、言ってるそばからね」

「言う必要はないと思うけど、皆音をたてないようにしようね」

「了解なのです」

「やつの後を追う。俺に付いてきてくれ」


 俺たちは、俺を先頭にして怪しい人物の後を追った。目視していないので確信を持つには至らないが、ほぼ確実に盗賊団の人間だろう。


 しばらく後をつけたところで、俺は立ち止まる。

 何かあったのかと俺の顔を窺う3人に、俺は動きが止まったことを知らせた。


「おそらく拠点に着いたのだろう。他にも何人かの存在を感じる」

「なら間違いないね。作戦はどうしようか」


 しばし作戦を練ることにした俺たちは、近くの茂みで息をひそめながら話し合う。


「俺が先陣をきって突っ込んで、リーダーを落とす。後は3人に任せる。……ってのはどうだ?」


 俺は一番手っ取り早くすみそうな方法を提案した。


「それでいいわ。悔しいけどあんたとあたしたちじゃ格が違うみたいだしね」

「僕なんか差がありすぎて悔しいとも思わないよ」

「ライアン、あんたはもっと向上心を持って」


 2人は俺を信頼して、賛成してくれた。この短い時間でも信頼が生まれたのは嬉しく思う。


「ウルルもそれでいいか?」

「いいのです。ご主人様なら安心なのです」


 全員の賛同を持って、今回の作戦が決まった。

 俺たちは茂みから出てじりじりと拠点へ近づいた。


 先制する前にばれることも考慮に入れていたが、目視できる距離にちかづいても全くばれることはなかった。Aランクは伊達ではないってことだな。


「岩穴か。中の構造が把握しにくいな」

「作戦を変えるかい?」

「いや、大丈夫だ。作戦通り、俺が突っ込む」

「了解」


 再度作戦を確認した後、俺は一度息を深く吐き出す。


「……いくぞ」


 俺は盗賊団の拠点に走りこんだ。

 風魔法を使用して底上げした今の俺の運動能力は常識を超えている。


「――――え? 今、誰か通っ……た?」


 見張りの真横を悠々と通過した俺は、洞窟の中を突き進む。中はかなり広く、大きな道が小道に繋がっている構造になっていた。

 リーダーのいる場所だけを目指す俺は、大きな道の奥にいると仮定して小道には目もくれずに進んでいく。


「なんだてめ……え?」

「この洞窟に何の用――」


 俺は邪魔するものを魔法でぶちのめしながら奥へ奥へと走る。

 すると、道幅がどんどんと狭くなってきた。どうやら行き止まりが近いようだ。


「ここがリーダーの部屋か?」


 行き止まりには俺の予想通り、部屋が存在した。

 俺は扉を蹴り破り、中へと入る。


「なんだぁ、てめえは?」


 そこにいたのは髭面の男だった。切り傷で右目が塞がっている。


「俺は集。ギルドの依頼でお前を――」

「オヤビン大変です! 侵入者です!」


 名乗ろうとしたら、下っ端に声をかき消された。

 てか、オヤビンっていつの時代だよ。だが、これで目の前のこいつがリーダーであることが確定したな。


 俺は後ろからやってきた下っ端を魔法で気絶させ、ついでに土魔法で出入り口を封鎖する。これでもう誰もこの部屋にはいってくることはできない。


「ほう、ギルドの犬にしちゃあ腕が立つようだな」


 髭面が椅子から立ち上がる。髭面は巨体だった。頭が洞窟の天井に届きそうになっているほどだ。


「社会の屑と話す趣味はないんだ。悪いな」

「なんだとコラ……!」


 髭面は怒りだした。この男は現状を認識できていないようだな。


 俺は髭面に向けて火魔法を撃ち込む。


「うぉっ!?」


 髭面は体を傾けて避けようとしたが、伸びすぎた髭に着火した炎は瞬く間に髭を燃やし尽くす。

 髭面の顎からは、髭が消えうせた。


「て、てめえ、俺の自慢の髭をよくも……泣いて喚いても許さん!」


 髭面が殺気を飛ばしてくるが、俺からしてみれば赤子の駄々に等しい。

 ところで髭がなくなった髭面はなんと呼べばいいのだろうか……ヅラでいいか。

 熱さでしゃがみこんだヅラを見下ろす。


「さしずめ袋の鼠……ってとこだな」

「へっ、もう勝った気でいるみたいだがな、「窮鼠猫を噛む」だ。追い詰められた鼠を甘く見ると痛い目に合うぜえ……!」


 ……なんでこいつ急に鼠の話なんか始めたんだ? 訳が分からん、頭がおかしいのか?

 気味が悪いし、さっさと倒すことにする。


 俺は不敵に笑うヅラに向けて雷魔法を放った。


「いでよ、キングオーク!」


 ヅラの言葉が響いた直後、俺とヅラの間に巨大な魔物が現れる。俺の雷魔法はヅラではなくその魔物に当たった。

 そのあまりにも巨大な体は天井をぶち抜いた。全長15メートルくらいだろうか。

 ヅラが勝ち誇ったように大声を上げた。


「フハハハハ! 驚いただろう、こいつは俺が使役しているキングオークだ! オークの中でも最上種、狂気の全身凶器ってやつよ! 人間が倒せる相手ではないわ!」


 キングオークと呼ばれた魔物はゆっくりとした動きで一歩を踏み出そうとして――――地に伏せた。


「なっ!? な、何が起きている!」

「いや、俺の雷魔法喰らって生きてられるわけないだろ?」

「ば、馬鹿なっ! キングオークを一撃だと!? お前の方がよっぽど化け物じゃねえか!」

「じゃあな、ヅラ野郎」


 俺は雷魔法をヅラに放った。真正面から魔法を喰らったヅラは、びりびりと体を痺らせながら地面に倒れこんだ。










 リーダーを倒した俺は3人が無事かどうか確かめに行く。


「あれ、もう倒したのかい?」

「なんだ、今から援護してやろうと思ってたのにね」

「さすがご主人様です!」


 3人はすでに雑魚狩りを終えていた。どうやら俺が遊びすぎてしまったようだ。


 4人揃って洞窟の外に出る。先ほど倒したオークキングの身体が洞窟から飛び出ていた。横になってもなお洞窟に収まりきらないサイズとか、ふざけた大きさだ。


「って、なにあれ!」

「あれってもしかして……キングオークじゃないかい?」


 シェリーとライアンがオークキングに反応する。

 あの魔物は有名らしいな。


「なんかヅラ……リーダーが使役してたから倒した」

「シュウは、なんというか無茶苦茶だね」

「現れたら国が亡びるとまで言われる魔物を一人で倒すとか、意味が分かんないわ……」

「え、でもあいつ一撃で死んだぞ?」


 俺がそう言うと2人は絶句した。

 ウルルだけは「さすがご主人様なのです!」と言っていた。












 ギルドへと帰還した俺たちは、依頼の達成を知らせる。オークの群れとオークキングもついでに倒したことをしらせると、なぜか奥の部屋へと通された。


「なんなんだ? 早く帰りたいんだが」

「すまんのう。だが、盗賊団の殲滅のほかに、オークの群れを倒し、キングオークまで倒したとあってはギルドとしても放ってはおけんのじゃよ」


 そんなに凄いことをした実感はないんだがなぁ。


「さて……ライアン、シェリー、それにウルル。その優秀な能力、人柄を考慮し、お主らをSランクと認める」


 ほう……。俺は内心驚いた。3人は驚きを隠そうともしていない。


「まあ、当然だよな。俺たちはそれだけのことをやってのけたんだから」

「まさにその通りじゃ。お主らに勝てる冒険者はもはや存在しないじゃろう。この国の未来はお主らにかかっていると言っても過言ではない。これからも研鑽を続けて自信を高めていくのじゃ」


 ギルド長の部屋から退出し、ギルドを出た3人はまだ夢見心地のようだった。


「まさか僕たちがSランクになれるなんて……夢みたいだよ」

「あたし、まだ信じられないわ」

「びっくりして昇天しかけたのです」

「これで俺と並んだな」


 俺は3人ににやりと笑いかける。

 3人は揃ってぶんぶんと首を横に振った。


「君に並んだなんて口が裂けても言えないよ」

「そうよ、シュウが本気になったらあたしたちなんて一瞬で消し炭だもの」

「いや、そんなことは……ないぞ?」

「何よその間は! できるのね!? あたしたちを一瞬で消し炭に!」

「はははは……さ、ウルル、帰るぞ」

「はいなのです!」


 訳の分からないことを言っているシェリーとライアンを置いて、俺たちは家へと帰った。

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