第10話 スライムかわいそう

 ある日。


「ウルル、俺はギルドの依頼を受けようと思っている」


 俺はウルルにそう打ち明けた。前々から思っていたことではあるが、魔物がいる世界で冒険者にならないわけにはいかないだろう。男のロマンが俺を待っている。


「はい、ウルルもお供するのです」

「そのことなんだがな……ウルルは戦闘ができないだろう? だからミリアのところで――」


 待っていてくれないか。そういう暇もなく。ウルルが口をはさんだ。


「嫌なのです! ウルルはご主人様にお供したいのです」


 確かにその気持ちは汲んでやりたい。だが実際問題危険なのだ。

 俺は諭すようにウルルに言う。


「だが、俺はSランクだ。当然危険な依頼も多いだろう。ウルルを守ってやることができないかもしれないんだぞ」


 もちろん命を懸けてウルルを守るつもりではいるが、それが可能であるかは不明である。冒険者とはそういう世界なのだ。

 しかし、ウルルは折れなかった。


「なら、ウルルも強くなるのです! ご主人様、ウルルに稽古をつけてください!」


 ウルルのクリアブルーの眼がまっすぐ俺を捉える。その眼の光を見て、俺は初めてウルルから力強さを感じた。


「……わかった、そうしよう。だが、俺の稽古は厳しいぞ?」

「ありがとうございますなのです!」


 結局、ウルルの志のこもった眼に、俺が折れることとなった。

 ウルルの気持ちの強さは凄いものがある。俺が教えてやれば凄い冒険者になるに違いない。





 ギルドにやってきた俺とウルルはEランクの依頼を受けることにする。俺はSランクだがウルルはEランクだから、一緒に受けられる依頼はEランクまでなのだ。


「この依頼を受ける」

「これ、ですか? 失礼ながら、貴方様でしたらもっと上のランクの依頼も受けられますが……」


 俺がカウンターにEランクの依頼を持っていくと、ギルド嬢はおずおずとそう言った。それはそうだろう、俺はSランクなのだからな。

 俺はギルド嬢に説明をしてやる。


「いや、いいんだ。この子を強くしたいんでな」


 俺はウルルの頭をなでる。


「強くなるのです」


 ウルルは頭をくしゃくしゃにされながら、両手で握り拳をつくった。


「自身だけでなく周りの修練も手伝うとは……さすがは賢者様ですね。素晴らしいお考えです。どうぞ、お気を付けて」


 ギルド嬢に見送られ、俺とウルルは依頼の場所へと向かった。







 到着した場所は何の変哲もない平原である。どうやらここにいるスライムを倒せばいいらしい。


「なになに……。スライムはこちらから攻撃を仕掛けない限り襲ってきません……か」


 俺は依頼をもう一度読み込む。

 さすがはEランクとでも言おうか、討伐対象はかなり弱いモンスターである。


「さて、ではウルル。これより訓練を始める。準備は良いか?」

「はいなのです」


 よし、いい返事だ。


「まず最初に、ウルルができる一番威力の強い魔法をあのスライムに向けて撃ってみろ」

「わかったのです」


 ウルルは集中し始めた。ウルルの身体から魔力があふれ出し、空気中に霧散していく。

 数十秒がたったところで、ウルルは顔程の大きさの水魔法をスライムに向けて撃ちだした。


「ピギィィィィィィィィ!」


 スライムは死んだ。


「最低限の威力はあるな。だが、まだまだだ」

「はいなのです」

「今の魔法、魔力はどれくらい使った?」

「えーっと……60くらいなのです」

「今から2回、魔法を見せる。そこから向上するためのヒントを掴め」

「ドンと来い、なのです」


ウルルはとん、と自分の胸を叩いた。


「まず1度目、これはさっきのウルルの真似だ」


 俺は先ほどのウルルの動きをコピーして水魔法を発動する。体から魔力が流れだし、数十秒後に顔大の水魔法が完成した。それをスライムにぶつける。


「ピギィィィィィィィィ!」


 スライムは死んだ。


「次は俺流の魔法だ。良く見てろよ」


 俺は魔力を高める。しかし、体の外には一滴も逃がさない。体の外にでた魔力は魔法には使えない。極力魔力を逃がすことはしてはならないのだ。

 わずか3秒後、俺の掌にはバランスボール大の水魔法ができていた。俺はそれをスライムに発射する。


「ピッギィィィャァァァァァァァァァァァ!」


 スライムは死んだ。

 スライムがいた場所には、小さなクレーターができていた。


「す、凄いのです!」

「今のも魔力消費は同じ60だ。何か違いには気が付いたか?」

「体の外に魔力が溢れていなかったのです。それと、魔法が完成するのが速かったのです。……あと、魔法の大きさも大きかったのです」


 ウルルの意見に俺は首を縦に振った。


「真剣に観察していたみたいだな。今度はそれをイメージしてやってみるんだ」

「はい、なのです!」


 ウルルが再び水魔法を唱える。


「こ、こうですか?」


 ウルルが不安げに俺を振り返るが、俺は内心で舌を巻いていた。


「ウルル……お前、天才か?」


 ウルルは俺が見せた技術を全て吸収していた。まさか1回目から完璧にできるとはさすがに思っていなかった俺にとって、それは驚くべきことだった。

 俺に褒められたウルルははにかんで頬をぽりぽりと掻く。


「そんなに褒められると昇天してしま――――あ、やばいのです。魔力制御が狂ったのです。…………なのです!」


 ウルルは爆発した。


「ウルル、大丈夫か!?」


 俺はすぐさまウルルへと駆け寄り癒魔法を全力でかける。


「し、死ぬかと思ったのです……」


 ウルルは額にかいた汗を腕で拭った。


「魔法を使う上で一番大事なのは心の安定だ、それを絶対に忘れるなよ」

「肝に銘じたのです! ウルルは死にたくないのです!」

「よし、さっきの癒魔法で魔力は全回復したはずだから、もう一回やってみろ」

「はいなのです!」


 ウルルは立ち上がり、再び水魔法を唱える。今度は暴発することもなく、スライムにぶつけることに成功した。


「ピッギィィィャァァァァァァァァァァァ!」

「いいぞ、その調子だ。もう一度やってみろ、体に感覚を叩き込むんだ!」

「はいなのです!」


 ウルルは再び水魔法を唱える。


「ピッギィィィャァァァァァァァァァァァ!」

「よし、今度はもう少し高度な技術を教えるぞ!」

「望むところなのです!」


 ウルルは再び水魔法を唱える。


「ピッギィィィャァァァァァァァァァァァ!」

「大分いい感じになってきてる。ここが正念場だぞ!」

「な、の、で……す~~!」


 ウルルは再び水魔法を唱える。


「ピッギィィィャァァァァァァァァァァァ!」

「ピッギィィィャァァァァァァァァァァァ!」

「ピッギィィィャァァァァァァァァァァァ!」

「ピッギィィィャァァァァァァァァァァァ!」


 平原にはスライムの断末魔だけがいつまでも木霊していた。

 この数日後、ウルルはBランクに到達した。

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