第9話 ミリアとウルル
俺が傘を発明してからもう2週間がたった。本格的な雨期に入ったが、今年の風邪の患者は従来の100分の1らしい。多くの命が助かったのは良かったのだが、あれ以来ミリアがより俺に敬意を前面に出すようになった。どうやら、やむを得ないとはいえ途中退室したことを悔やんでいるらしい。
「シュウ様、ご機嫌麗しゅうでございましょう」
「お、おう」
ミリアの家に遊びに行くと、第一声がそれだった。さすがに気を使いすぎではと思う。というか、気を使いすぎてむしろ変な言葉遣いになっている。
「なあ、ミリア」
「なんでございましょうか、シュウ様」
「いつもどおり話してくんない?」
なんとなく距離を感じて寂しいのだ。
「……今、なんとおっしゃったのでございましょうか?」
ミリアは目をぱちくりさせて聞き返してきた。自分の耳をしきりにがんがんと叩いているが、別に聞き間違いではない。
「むしろ、敬語も別にいらないかなと思うんだが」
「そ、そんな! 滅相もありませんでございまするのごとし!」
テンパったのか、ミリアの口調はもはや敬語ではない。ただの忍者だ。
「ウルルもいいと思うのです! その方がご主人様とも仲良くなれると思うのです!」
そういえば、いつの間にかウルルとミリアはお互いを名前で呼び合うようになっていた。なにやら意気投合したらしく、2人で会ってもいる。そのことが、余計に俺の孤独感を募らせたと言えなくもない。
「でも、ウルルが敬語なのに、私が敬語をやめるというのはよくないのではないかと……」
ミリアはウルルに遠慮するように言った。
「俺はウルルにも敬語をやめてほしいんだが、肝心のウルルが……」
「ウルルが敬語をやめるのは無理なのです。理由は、ご主人様のそばにいられるだけでも幸せすぎるくらいなのに、これ以上幸せになったら昇天してしまうからなのです!」
そう語るウルルは満面の笑顔である。
「こう言って聞かないんだ」
「ウルルの場合、冗談にならないですからね……。2人きりでシュウ様について話していた時に突然倒れた際は本当に驚きました」
ウルルは生来の体の弱さのせいか、少し興奮するとすぐ気絶する。敬語をやめさせるだけで命をリスクにするのはあまりにも割に合わないので、ウルルについては敬語をやめさせるのは無理に強制しないことにしたのだ。
「ウルルは思うんだけど、ミリアがもっとご主人様と仲良くなったらうれしいのです。だってウルルはご主人様もミリアも大好きだから!」
ウルルはクリアブルーの瞳を輝かせて言った。
ウルルの純粋さに、ミリアはふう、と軽く息を吐く。その顔はすっきりと晴れ渡っていた。
「……ウルルには敵いませんね」
そうつぶやくミリアの言葉遣いは、以前のものに戻っている。
俺は嬉しさで口の端が上がるのを感じた。
「ああ、ウルルはすごいよ」
「あれ、ご主人様今ウルルのこと褒めました? ……嬉しくて昇天しそうなのです」
そう言って倒れこんだウルルを俺が抱え込み、ミリアが癒魔法をかける。
「ったく……危なっかしすぎる」
「でも可愛いです。妹ができたみたいで」
「やっぱりさ、ミリアにはその話し方が似合ってるよ」
俺の言葉に、ミリアは頬を赤らめた。
「改めて……よろしくお願いします。シュウ様、ウルル」
「ああ、よろしくな」
「よろしく、なのです」
俺たちは互いに握手をした。手から互いの感情が伝わりあうかのごとく、今の俺たちは互いのことなら何でもわかってしまうような、そんな気がした。
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