第30話 神の座

「……なんだ、ここは?」


 俺たちは何もない白い空間に立っていた。上も下もわからないような、真っ白の空間だ。


「ご主人様、他の人もいるのです」


 ウルルの言うとおり、周りには俺たちの他にも人間がたくさんいた。人間だけでなく、魔族は動物、魔物までいる。皆一様に何が起こったのか分からないという顔をしている。


 俺は警戒してその場を離れないことにした。


「ようこそ、時空のはざまへ」


 すると、天から降り注ぐ光と共に、白い服の老人がこの場に表れる。その声は先ほどまで話していた神のものだった。


「何をしやがったんだ!」

「今から店を回転させるところだったのに、どうしてくれんだよ!」

「私なんて今まさに魔物と戦闘中だったのよ!?」


 どうみても首謀者である神に向かって、人々は口々にやじをとばす。

 しかし神はそれらを一蹴した。


「はっ。創造主たる神に向かって随分な言い草だな。これだから愚かな生物は……」


 神が手を向けると、文句を言っていた人たちは煙のように霧散してしまった。


「頭の悪い存在は消去に限る。お前たちを消し去って、新たな世界を創造することにしよう」


 そして神は魔力を高めた。そして不可視の弾丸を発射する。


「させるかよ」


 俺はそれを火魔法で相殺した。


「シュウ、貴様はとことん儂の邪魔をするのだな。小さな存在のくせに」

「小さいのはどっちだ。お前の器の小ささは世界で一番だろうが」

「ぬかせ。全能である儂が、器が小さいわけがないだろう」


 俺と神は向かい合った。

 その迫力に冷や汗が垂れるのを感じる。……なるほど、これが神か。


「死ね!」


 神は一瞬で魔力を圧縮し、その膨大な魔力を全て俺へとぶつけてきた。


「ちっ!」


 その威力を推測した俺は、あまりの破壊力に舌打ちをする。これを止めるには全魔力を使い切らないと駄目だ。


 俺は体中に力をみなぎらせ、壁をイメージした。この世界の住人を守り抜く壁を。


 神の放った魔法と俺の魔法がぶつかり、轟音が場に響く。


「シュウ様、ご無事ですか!? ……シュウ様!?」

「大丈夫だ、問題ない」


 ミリアが俺を見て声にならない声を上げた。今の攻防で俺は右腕を失っていた。


「ふはははは。儂の一撃を喰らって生きているとは驚きだが、やはり人間。随分と脆弱な魂だな」


 神が俺の状態を見て、勝ち誇ったように高笑いした。

 いらつくやつだが、実力は凄い。このままでは俺の勝ち目はない。


「どうする……考えろ、考えるんだ……!」


 俺は必死で逆転の目を探した。あいつの言ったことを全て脳内で復唱する。どこかに勝ちへの鍵があるはずなんだ。


「シュウ、頑張れ! 神に勝てるのはシュウだけなのじゃ!」

「シュウ様は今まで何度も不可能を可能にしてきたんです! シュウ様ならきっと勝てます!」


 エレーナとミリアが俺に応援を送る。

 その声が発端となって、世界中のすべての存在が、俺へと声援を送った。


「頑張れー! お前ならできるぞー!」

「あの人、世界王だろ? なら大丈夫なはずだ。だってあの人は神より凄いからな!」

「そうだ、あの人は俺たちに様々な知恵を授けてくれた。あの人ならきっと……!」

「シュウさん、あんなやつぶっ飛ばしちゃってくださいー!」


 それらの声の中から、俺は一人の声を正確に聞き分けた。


「ウルルはいつまでもご主人様のそばにいるのです。約束ですよ?」


 ウルルの、そして皆の言葉で、俺の脳は今までにないほどの回転を始める。

 もはや俺の知力は神を抜いていた。


「ふん、くだらない。……終わりにしてやる!」

「おい、神とやら」

「……なんだ」


 俺のあまりの迫力に、神はその動作を中断した。

 よし、いいぞ。このまま押し切る……!


「お前、神って言うんなら出来ないことはないんだよな?」

「あたりまえだ。我は全知全能の存在だぞ」


「全能」……ねぇ。俺は内心でにたりと笑う。

 そう、ここに付け入る隙があったのだ。


 俺は神に命令した。


「命令だ。誰にも上れない山を創れ。もちろんお前にもな」

「ふっ、簡単だ」


 神が自分の目の前を注視すると、そこに山が誕生した。

 凄い芸当だ、俺にもできないかもしれない。――だが、勝つのは俺だ。


「ほら、創ってやったぞ。どうだ、儂の力は凄いだろう」

「創れるってことは、お前はその山を登れない。つまり全能じゃないってことだ」


 そう、全能ならば「登れない」なんてことはあってはならないのだ。その時点で全能ではないからな。


「な、なにぃっ!?」


 俺の鋭い指摘に、神は狼狽した。


「す、少し待て! 考える時間をもらう!」


 そう言って、神は目をつぶって考えをまとめ始める。

 俺はその神に向かって全力で突っ込んだ。


「死ねえええぇぇぇ!」

「ぐはっ!」


 俺の魔法が神の腹を貫通する。

 神は力なく地に倒れ伏した。

 一瞬の静寂の後、世界中から歓声が聞こえてくる。


「勝った……か」


 その声によって勝利を認識した俺は、ふらふらとその場に倒れこんだ。

 ぎりぎりだった。俺じゃなかったら負けてたな。


「……ん?」


 どこからか力が流れ込んでくるのを感じた俺は、その力がやってくる方を向く。そこには息も絶え絶えの神がいた。


「ああ……儂の力が抜けていく……! 儂の神の力がぁぁぁ!」


 なるほど、な。俺は神になったようだ。失われた右腕もいつのまにか元通りになっていた。


「ご主人様ー!」


 俺の元に、ウルルがやってくる。


「おうウルル……勝ったぞ」

「凄いのです、凄すぎるのです。凄すぎてウルルはもうあばばばば」


 錯乱状態に陥ったウルルの頭をなで、癒魔法をかけてやる。


「シュウならやれるとは思っていたが、まさか本当に神を打ち倒すとはのぅ……。さすが、私が見込んだ男じゃ」

「シュウ様、この世界はシュウ様のおかげで救われました。感謝しかありません」


 エレーナとミリアも嬉しそうだ。


「皆、安心してくれ。俺が新しい神になった。この世界の将来は明るい」


 俺はその場の全員に聞こえる声で勝ちを宣言した。

 そして、時空の狭間から抜け出したのだった。

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