第6話 ギルド長とSランク
「そこの若者よ、ちょっといいかの」
声がした方を見やると、腰の曲がった老人がギルドの奥の扉から出てきたところだった。しわがれた声にはそれまで生きてきた人生の厚みが内包されており、皺の深く刻まれた顔は死線を何度も潜ってきたようなオーラを感じさせる。
前代未聞の事態に慌てていたギルド嬢は、老人の姿を見るや否や彼に助けを求めた。
「ギルド長、こういう場合はどうすればいいのでしょうか?」
やはりこの老人がギルド長か。俺は自分の頭の中で答え合わせをした。俺ぐらいになると一目見ただけで相手の実力もわかってしまうのだ。
「これほどの魔力量を持っている新人というのは初めてじゃからの、儂もどうすればいいか悩んでおるんじゃ」
困ったような顔のギルド長を見て、ウルルが俺に耳打ちをしてくる。
「もしかしたらいきなりSランクからの登録になるかもしれませんね、ご主人様!」
だが、その途端ギルド長の顔色が変わった。
「そう甘いものだと思われても困るんだがのう。Sランクというのは冒険者のトップなのじゃから」
一方俺はというと、ギルド長の話した内容よりも耳の良さに驚いていた。老人としては規格外な五感の鋭さである。さすがはギルド長を務めあげるだけのことはあるな。俺は目の前の腰の曲がった老人の評価を上方修正した。
こういう人物には、俺も本心で答えねばならないだろう。
「あいにくだが、俺は他人が付けるランクなんぞに興味がないんでね。俺の価値は俺が決める」
俺の言葉に込められた思いに、場が静まる。そんな中口を開くことができたのは、ウルルとギルド長だけだった。
「さ、さすがはご主人様です!」
「ふむ……よくぞ言った! それでこそじゃ! 特別にSランクにしてやろう!」
Sランク……か。やれやれ、俺はランクなんてどうでもいいんだがなぁ。まあ、優れた才能は世間が放っておかないということか。俺は諦めて小さくため息をついたのだった。
「おい、ちょっと待てよ!」
折角の良い雰囲気を乱すがなり声がギルドに響き渡る。その声の主は若い男だった。年は23,4といったところだろうか。線が細いところを見ると冒険者としてはまだDランクくらいだろう。
「なんじゃ? なんか文句でもあるのか?」
「当たり前だ! 俺はEランクから2年かかってやっとDランクになれたっていうのに、なんでそいつはいきなりSランクからなんだよ。納得いかねえぜ!」
青年の言を聞いたギルド長は一瞬青年を憐れむような眼をした後、その主張を一喝した。
「黙らんか! 貴様ごときとシュウを比べることすらおこがましいわ!」
ふむ……。これに関してはさすがにギルド長に全面的に賛成せざるを得ないな。
そもそも何の努力もしていないのに高待遇を声高に主張するとは……恥という概念を知らないのだろうか。俺は目の前の厚顔不遜な青年の態度が信じられなかった。
青年はギルド長に一喝され、涙目で俺を指さした。
「お前、絶対に許さないからな!」
絶対に許さない……か。やれやれ、俺が国語を教えてやる時間が来たようだ。
「許さないってことは、許すってことだぜ」
「な、何を言ってやがんだ!?」
青年は驚いたように声を震わせる。まあ、知らないのも無理はないか。何しろ俺が発見した物理法則だからな。
「知らないなら教えてやるよ。始まりあるものには必ず終わりがあるんだ。つまりはそういうことさ」
「な、何だって……? じゃ、じゃあ……」
俺を見るその眼には、すでにギルド長に口答えした時の勢いは完全になくなっていた。そして俺は青年にとどめを刺す。
「お前は無意識のうちにすでに俺を許しているんだよ」
「そうだったのか……! ちくしょう、何やってんだよ俺!」
青年は膝から崩れ落ち、悔しそうに床に拳をどんどんと繰り返し叩きつけた。
「さすがは賢者、と言ったところかの。すさまじい思考力じゃ」
「強いだけじゃ賢者としてはやっていけないからな。このくらいなら朝飯前だ」
「さすがはご主人様なのです!」
崩れ落ちていた青年は立ち上がり、俺の方を指さした。
「ちっ……今回は俺の負けだ。だが、いつか必ずお前に目にもの見せてやるからな! 覚えてやがれ!」
捨て台詞を残して去っていく青年に、俺は呆れた。そしてもう見えなくなった背中に言葉を返す。
「まずお前の名前を知らないんだが……」
俺の言葉に、ギルド内は爆笑の渦が起きた。
なにはともあれ、俺はギルドで登録をして冒険者となった。なにやら「史上最速のSランク」だとか周りは騒いでいたが、そんなことはどうでもいい。俺にとって重要なのは冒険者になったという事実のみだ。
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