17. 先を見がちな男、今を見がちな女

「ルールが無いと、こういう感じになるみたい。この仮想地球では、だけど」

 女性・が、椅子に座ったまま振り返って言った。


「いや、すごい世界だなここ。何でもありじゃないか」

 男性・は、鼻の下を延ばしたまま、右半球ヘミスフィアモニターに釘付けだ。仮想地球内の女体カーをズームアップして、食い入るように観ている。


「……自由すぎるのも、ちょっとどうかと思う所があるよね」

 いずれ人間として扱われるようになり、圭と結婚したいと望む優は言った。



 ◆



 彼女の不満そうな表情の原因が、仮想地球なのか、圭の振る舞いなのか、そこはよく分からなかった。


「あのさ、優。どうして仮想地球2018は、ルールをなくしたんだろう?」

「ちょっと待ってね。この仮想地球の歴史ヒストリーログを確認してみる……あった」


 しばらくそのテキストを読んでいた彼女は言った。


「ほら、昔、人工知能が騒がれた時期があったでしょ。第3次AIブーム」

「そんなのあったっけ?」


「圭は勉強不足だよ。産まれる前の事でも、ある程度の歴史は知っておかないと」

「ごめんごめん」


「頼むよー? 未来のダンナ様。ええと、続きだけど。『ブレイクスルー思考』とか、『イノベーション思考』というのが、かつて流行ったみたい」


「なにそれ?」


「要は、あたらしいことをやろう! ってこと。『未来は、過去の延長線上にはない。新らしく作り出すんだ』って」


「ロマンあふれる大学生みたいなノリだな」

 先ほどまで女体カーに釘付けだった、まるで思春期の男子高校生のような圭が言った。優は苦笑した。


「ホラ、AIが出来る事が、どんどん増えたでしょ? 第3次AIブームで」


「それは知ってる。囲碁でAIがブロ棋士を負かしたりしたんだっけ」


「うん。機械化された第2人類が登場する前だし。『AIに負けない領域はどこだ!?』って、当時の第1人類が凄く焦って探したみたい」


「その負けない領域が、ブレイクスルーとか、イノベーションとか、ってこと?」

「うん。統計を積んでの未来予測とか、世界に潜んだルールの発見とかはAIの方が凄いけど、新しい概念、新しい世界を作るのは、人間の方がうまいはずだって。その実験場所としてできたのが、第2018仮想地球ってことみたい」


「ふーん」

「『こういう条件なら、こうなる』みたいなルールが通用しない状況を仮想でたくさん作り出して、それを人間が『どう感じるか?』を集める、みたいな」


「あー。感情ベースね。人は感情の生き物だから」

 男性・は何気なく言った。しかし――。


「私だってそうだよ。法が、それを認めてくれていないだけ」

 すねた女性・は、唇をとがらせた。


「た、たしかにそうだね。その口もかわいいよ? 優」

「かわいい言うな!」

 照れた優は、圭の頭をゴツゴツとやった。


 ◆


 2人は、入瀬を使ったハッキングにより得た、仮想地球2018の情報を分析した。


「……んで、歴史はどう進んだ? この仮想地球では」

「『ルールなし』というプロパティ設定だと、欲望と力の強い人が、やりたい放題になったみたい。現実世界の、封建制度とかが産まれる前みたいな」


「ははは。結局は、歴史は繰り返す、ってことか。現実でも、仮想でも」

「そうみたい。仮想地球の中でも、社会を効率良く動かす、『見えざる手』みたいな概念とか出てきて。条文が出来て、修正されて、廃れて……人類も廃れて。その無限ループみたいな」


「はあぁーー」

 と、圭がため息をついた。


「どうしたの? 圭」

「ほら、世界がさ、結局ループとして閉じてるならさ」


「うん」

「俺達が頑張ってこの世界を変えても、また、元の状態に戻っちゃうってことだろ?」

 圭はデスクの上に足を投げ出して、『二項分布でっぱりコーン』を食べた。


「いいじゃない。世界が元にもどっても」

「なんで?」


「元に戻ったころには、圭はもう寿命で死んでるでしょ? 地球が球だと観測確定する前に、圭の旅は終わるんだから」

「それは知ってるよ……」

 と、圭は頭をかいた。


 そして彼は、こう付け加えた。

「優。君はどうなんだ? 無限の生命を与えられた、第3種人類となるべき君は」


 優は、少し考えてから、にっこりと笑った。

「私が大事なのは、未来じゃなくて今なの。圭がそう想ってくれるだけで、私には充分」


 そして2人は、抱擁をかわしたのだった。

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