仮想地球2110 サイバー税関のある世界

03. この仮想地球には税関がある

 イルセは、仮想地球2110に迷い込みました。


 忖度ソンタクロースからイルセが貰った金色の腕輪。

 忖度そんたくリングがピカピカと光ります。


 はい。が光りました。


 創造主が与えた名前の通り。

 仮想世界の空気を読んで、『ここは、サイバー税関が幅を効かせる世界です』とイルセに教えます。


 地球2110そのものが仮想世界なので、中からみると、ただの税関。

 ですが、イルセは「ゼイカンってなあに?」と聞いてきます。


 そうでした。


 イルセは、仮想世界にダイブする度に、記憶を消されてしまう子なのでした。

 まるで、次の料理を味見する時に、水を飲んで、舌をリセットするみたいに。


「世界の外から、困ったちゃんが入ってくるのを防ぐところです」

 と回答します。


「そっかー。じゃあ、あたしは『困ったちゃん』じゃないってことー?」

 と、無垢な目線をわたしに向けます。なので。


「そうです。イルセは、この世界のしくみを見学に来ただけですから。肺炎球菌とは働く細胞の違います見すぎ

 と回答しました。


 見学したデータは、次の仮想世界に行く時に、イルセの記憶から綺麗に消去デリートされてしまうというのに。


 ◆


 ベルトコンベヤーの上を、沢山のデジタルオブジェクトが流れていきます。


 マスターKとマスターUが住むという、天上現実世界。その世界の物体に似せて作られた、デジタルオブジェクト達です。


 ブランドバッグに拳銃。

 自動車に、自由の女神像と不自由の社畜像のセット。 

 露出度の異常に高い女性の人形。


 そんなこんなが、右から左へと流れていきます。


 イルセが「わー、かわいい! クマのお人形さんだ!」

 と言って、流れてきたクマ人形に手を伸ばし、つかもうとします。


 ですが。


 まるで、回転寿司のコンベヤの、ひとつ下流の席に、大喰らいの客が居た時のように。


 大人の長い手が、イルセの背中の方からニュッ! と伸びました。

 イルセより一足速く、そのクマ人形をつかまえたのでした。


 むしろ、一速く。


「えー!」

 と言って頬をふくらまし、イルセが左後背を見上げると、淡い紺色のツナギを着たおじさんが居ました。


 ツナギを着たおじさんは、イルセに向かって「コイツは、ヤバいニオイがするんだぜ?」と、かっこよさげな事をい言いました。


 イルセがきょとんとしていると、おじさんは、ポッケからナイフを取り出し、クマのお腹を、バッサー! と切り裂きました。


「きゃー! おじさんひどい!」


「なにが酷いもんかね。ほれ、見てみろ嬢ちゃん」 

 クマ人形のお腹から、たくさんの黒い虫が這い出てきたのでした。


 モゾモゾ、モ、ゾ、ゾ、


 ワラワラワラワラワラワラワラ!


「ぎゃー! あたし虫きらい!」

 水色の長尺スカートをたくし上げ、イルセは逃げ回ります。


 ドウン! ドウン! ドウン!

 おじさんは、地面に落ちた黒い虫を、銃で撃ちまくりました。


 強烈な酸が銃弾に含まれているのでしょうか? 黒い虫は、溶けて消えてしまったのでした。


 忖度そんたくリングであるわたしは状況を忖度し、「その銃は、ウィルス消去銃という名前です」と言いました。

 マスターKとマスターUがこの世界を走査スキャンし、その銃の名前を、わたしに教えてくれたのでした。


 ひと仕事終えたおじさんは、イルセに言いました。


「このクマ人形は、『デラックマ』という人気キャラクターでな。神様達がこぞって飛びつく捧げ物なんだ。ただ……形が少しいびつだろ?」


 と、お腹が裂かれたデラックマを握って、イルセに見せました。

 クマは、お腹がデロンと裂かれていて、生きていたなら「ぐえええ」と言ったかもしれません。


 幼児教育の観点からは、非常によろしくない行為です。


「……かわいそう……。あれ? クマさんのお鼻が、ちょっとヘン」

 イルセがソレに気づきました。


 実際、そのクマの鼻は、いびつにゆがんでいました。 


「かしこいお嬢ちゃんだね。そう。これはニセモノ、模倣品」

 と、淡い紺色のツナギを着たおじさんが言いました。


 わたしは流れを忖度そんたくし、「デラックマは、ニセックマだったわけですね?」と補足しました。


 淡い紺色のツナギを着たおじさんは「んっんー!」と咳払い。

「このクマを作った悪い神様は、ニセモノのクマにウィルスを仕込んで、他の神を欺こうとしてるんだ」


 おじさんは、イルセの頭をなでました。

 天上神の世界なら、不審者の烙印を押され、ポリスにしょっぴかれかねない行為です。


「そんなことがあるんだ……」

 と、イルセはびっくりしてました。


「だから俺たちは、善良な神が虫の被害に遭わないように、こうして、ウィルスを見つけて、退治してるわけだな」

 と、おじさんは胸を張り、ウィルス消去銃を散々見せびらかしました。


「すごいんだね……どうやって、虫を見つけるの?」

 と、純真な目でイルセが聞きます。


「そりゃあ、長年仕事してるからね。ニオイでわかるんだよ」

 と笑うおじさん。下の歯が1つ欠けています。


「あれ?」

 イルセは、おじさんを見て首をかしげます。


 長年、虫と接しているからでしょうか?


 ……おじさんの鼻も、ほんの少しだけ、いびつにゆがんでいたのです。

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