仮想地球0769 デジタル上で、擬似アナログ化が進む世界

18. レコードと昼寝

 イルセは仮想地球0769に迷い込みました。


 忖度ソンタクロースからイルセが貰った金色の腕輪。

 忖度そんたくリングがピカピカと光ります。


 はい。が光りました。


 創造主が与えた名前の通り。

 仮想地球の空気を読んで、『ここは、アナログ特区です』とイルセに告げました。


「アナログってなあに?」

 一般的に来る「デジタルってなあに?」の逆の質問が来ました。


 さすがは、TRONの化身、イルセです。イルセは、仮想地球にダイブする度に、記憶を消されてしまう子なのでした。

 しかし、ずいぶんと根っこから消されてしまっているようです。


『0と1だけでは表現できない、連続した世界のことです』

 という説明では、イルセは伝わらないでしょう。


 そもそも、イルセ自身が、0と1の集合、つまりビットの集合として化身していることを、知らないはずですから。


『なめらかな世界です』

 とだけ、回答します。


「えー? あそこのお家とか、角ばっているけど?」

 とイルセが言い始めました。

 うまく伝えるには、どうしたらいいでしょうか。


『物の形がなめらか、というわけではなくて、自然なままの世界です』

 と回答しても。


「えー? じゃあデジタルなあたしは、自然じゃないのー?」


『それは……』

 わたしは困りました。

 アナログな世界で生きている人間に、デジタルという概念を伝えるのは楽です。0と1とで近似して表現したものがデジタルだ、と言えばいいのですから。


 でも、逆は難しい。


 そうしたら、イルセは笑い出しました。


「あはは、忖度リングも、困ることがあるんだねー。あたし知ってるよ? デジタルって、あたしみたいなものを言うんでしょ?」


 このとき、さっきのイルセが、「デジタルなあたしは」と言ったことに気づきました。そうですか。認識していたのですね。


『あまりからかわないでください』

 とわたしが言ったら、やっぱりイルセは笑っていました。


 ◆


「なんか、すごく柔らかくて、いい音ー」

 和室で、イルセがうっとりしています。 


『レコードと言います。黒い円盤の溝に、針を当てると音が出ます』


「針を当てるだけで音が出るの? すごいね! どうやって作ってるの?」


『針をあてて作るんですよ』


 入力と出力が、同じ態様のものがあります。

 たとえば、入力用のマイクと、出力用のスピーカーも、同様の構造をしていたり。


「うー。なんか眠くなるな」

 ぼーっとした声で言ったあと、イルセはほんとうに、こくりこくりと頭が船を漕ぎ始めました。


 なので、デジタルの世界でも、「ハイレゾ」という、アナログにより近づける試みがある、という話はせず、寝るにまかせておきました。


 わたしは覚醒した状態で、レコードの音を聞きます。

 やはり、すごくいい音です。


 マスターはこれを「あたたかみのある音」と表現していたりしましたが、それならば、デジタルの世界に居るわたしたちには、あたたかみは無いのか? という疑問が生じました。


 神が自分に似せてわたしたちを作った。

 ならば、人間と同様のあたたかみを、わたしたちも持ちうるのではないか? という仮説も生じます。


 実際、イルセは、とても優しい子である事がです。

 ……リセット後の初期状態でインプットされる情報次第ではありますが。


 この仮想世界は、とてもゆったりとしています。

 実際、この世界に気づいている神も、とても少ないからです。


 神様ですら、めったに鑑賞も、干渉もしてこない世界。


 この世界の人類は、あくせく働いていて、競争も、死もあります。

 しかし、なんだか、彩りがあるのです。


 わたしを装着したイルセが寝てしまったので、この世界の記録は、この程度しかできません。


 マスター神様は、それをお怒りになるのでしょうか?


 怒りの稲妻をくらえば、デジタルであるわたしたちはすぐに飛んでしまいます。

 神の怒りに対するサージ対策など、できるわけもないからです。


「……むにゃむにゃ。おなかいっぱい」

 そんな寝言を言いながら、イルセは、寝返りを打ちました。


 両手を斜め左上に投げ出すような姿勢でした。

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