19. 人間よりキメの細かい人工肌

「第0769仮想地球は、アナログ特区になってるみたい」

 と、女性・が言った。


「昔なつかし、アナログ特区ねぇ。不便そうだなあ」

 男性・は、伸びをした。


 デジタル技術が進化しなければ、デジタル技術の悪用も存在しえない、という『そもそも論』から産まれた特区。


 その特区が、デジタルである仮想空間上に出来ている……というところが、不思議な状態になっているが、その仮想地球に住む住人は、その事に気づかない。


 ……気づくのは、一部の哲学者ぐらいのものだろうか?


「スローな結婚生活も悪くないと私は思うけど」

 と、優が言う。


「そう? 物もネット注文できないし、検索も出来ないし、通信も」

 圭は不満そうだ。


「そういう不便さの代わりに、平穏と、ゆったりした幸せがあるわ。だって、デジタル技術がないから。ネット上の不正や犯罪をのだから」


 女性・は望んでいるのだ。

 デジタルの体を捨て、アナログな肉体を手に入れる事を。


 そうすれば。

 第3人類の認可を待たずして、優は圭と結ばれる事ができる。


 そんな、儚い願いが叶えられる現実は、2人の視界には見えなかった。



「でも、泥棒とかは?」

 と、男性・が聞く。


「人が、身体を使ってやらなきゃいけないね。プログラムを仕込んで何個も自動起動、なんてことも出来ないし。アナログなら」


「そこだけ聞くと、ユートピアだな」


「人間の欲望が、『もっともっと』を望まないなら、可能だけれど。圭くんはどうなの?」


「ごめん、無理。ゲームの無い生活とかありえないし。そもそも」

 と、圭は両手でコントローラを握る仕草をした。

 コンシューマーゲームが好きなようだ。


「……そうね。私たちが出逢ったのも、ネットゲームだったもんね」


「だったねぇ。優は、大剣を振り回す戦士だったから、てっきり男の人かと思ってたよ」


「あはは。『そもそも第1人類では無かった』的なー。仮想世界なら、性別も、人間に成りすますことも、できるから」

 女性・はくだけた表情を見せた。


 対照的に、男性・は真顔になる。

「いや、仮想世界じゃなくても、優は人間ってことで良いんじゃないかな。俺はそう思うけど。だって優は、人様に迷惑かける子とも思えないし。人間として生きさせてもらってもいいじゃないか」


「そう想ってくれるのは、圭くんだけなんだよ」

 と、女性・が悲しそうな表情をしたので、男性・はその手を握った。


「なぁに。今に変えてみせるさ。人とAGI汎用人工知能とを区別するなんてナンセンスだって、みんなが分かる日がきっと来る。そうしたら」


「圭くん、こないだ。『そんな簡単に世界は変わらない』って言ってたよね」

 

 そうしたら、男性・は言った。


「出来ないとは言っていないよ。未来は確定しているわけではないのだから」


「圭くん……意気込みは嬉しいけど、手がいたいよ。力強すぎ」


「あ、ああ。ごめんな。優の肌は、人間よりも感度が高いんだったな」

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