仮想地球0888 ブドウの房の王が産まれる世界

26. ブドウでできたリスト木

 イルセは仮想地球0888に迷い込みました。


 忖度ソンタクロースからイルセが貰った金色の腕輪。

 忖度そんたくリングがピカピカと光ります。


 はい。が光りました。

 創造主が与えた名前の通り。


 仮想地球の空気を読んで、『ここは、個人の力の偏りが、極めて進んだ世界です』と告げます。


 イルセは「カタヨリって?」と聞いてきました。


『バランスが悪いという意味です』

 と回答します。


 しかし、個々のバランスは悪いのに。

 仮想地球全体でみると、バランスが取れている。


 このあたりが、人間の思考方式に基づくと、皮肉なところかもしれません。


 生命にそもそも埋め込まれている、『弱肉強食』というシステムが、そのまま発揮されているから……でしょうか?



 ◆


 イルセは、ある男に出会いました。

 今や、『ブドウの房の王』である、セキグチという男です。


 イルセが初めて彼と会った時。

 ブドウの房の王様は、ただの街の子でした。


 物心ついた頃には、既に親はおらず、スリと泥棒とで命を繋いでいました。


「あっ!」

 オープンカフェの円形テーブルに置いてあるノートPCを、セキグチがスッと置き引きする瞬間を、イルセは目撃したのです。


 仮想地球を忖度すると、そのノートPCの中には、違法プログラムがありました。


『あの中には、良くないものが入っています』

 とイルセに教えました。


「良くないもの? じゃあ、教えてあげないと」

 と、イルセは駆け足で、セキグチの元へ行きました。


「おにいちゃん。その中に、良くないものが入ってるんでしょ?」

「なんだ? このガキ」

 捨て台詞1つ残して、セキグチは逃げ去りました。



「あのおにいちゃん、笑ってなかったけど、どうしたのかなぁ……? 」


 イルセのその言葉に応じるように、わたしはこの、仮想地球の忖度を続けました。


 スリで手に入れたなけなしの金を使って、セキグチはネットカフェへ。

 もしくは、無線Wifiの管理の甘い建物の近くに、張り付くように座って。


 セキグチは、盗品のノートPCをネットワークに接続し、そのブログラムを起動させます。


 世界中のあちこちのネットワーク機器に、ナニカが仕込まれます。

 しかし、そのナニカが、一体何であるのか? セキグチはそれを理解していません。


 ともあれ。

 セキグチがそんな行動を取ると、彼はなぜだか、誰かからお金を貰うことができたのでした。


 親玉は手を下さない。

 鉄砲玉にやらせる。

 それが基本形。


 セキグチの元には、お金がどんどん貯まりました。

 食べ物を買って、なお余る程のお金。


 喜び勇んで、セキグチはソレを続けます。

 なにせ、あちらこちらでプログラムを起動するだけで、儲かるのですから。


 勤勉にやりすぎると、さすがに目をつけられるもの。

 セキグチはランダムにあちこち移動し、ネットワークへと繋ぐ場所を変えたはずなのですが、どうやら、そのパターンを警察に解析されたようです。


 セキグチは捕まりそうになりました。

 その捜査は、セキグチを狙い撃ちしたものではなかったようです。


 AIによる分析で、「次はこの辺で犯行が行われるだろう」と予測された、郊外のエリアD。


 そのエリアDに、警察の人間が大量増員され、警備の網が張られたのでした。

 その網の中に、たまたま、セキグチが居たのです。


 ポリスに捕まりそうになった彼は、持ち前の足の速さで、からくもその網をくぐり抜けました。スリで生き延びてきたのですから、俊敏さは伊達ではありません。


 ヒヤリ。

 喉元を過ぎれば、熱さも冷たさも、忘れるもの。

 セキグチは、その後もハッキングの『鉄砲玉』役を続けました。


 なぜなら、それが1番効率的に稼げるから。


 スリや泥棒は己の肉体を使います。

 顔も見られるおそれがあります。

 リスクが大きい割に、一日に狙えるターゲットの数も限られます。


 そんなセキグチが、ブドウの房の王になる、その一歩目は。

 彼に、部下が出来たことでした。


 セキグチと同じような境遇の、街の子、ニトウ。

 俊敏な身体以外に何も持たないニトウに、セキグチは、そのプログラムを分け与えたのでした。


 ニトウという名の、ブドウの1つの実が、セキグチという名のブドウ房に、ポンと育った瞬間でした。


 そうやって。

 セキグチのブドウ房は、どんどん成長していくのでした。


 セキグチ自身も。

 『顔も知らぬ誰か』の房に成った、1つのブドウの実でありました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る