仮想地球2018 ルールの『ない』世界

16. ルールの外側から

 イルセは仮想世界2018に迷い込みました。


 忖度ソンタクロースからイルセが貰った金色の腕輪。

 忖度そんたくリングがピカピカと光ります。


 はい。が光りました。


 創造主が与えた名前の通り。

 仮想世界の空気を読んで、『ここは、ルールのない世界だから、注意してください』とイルセに警告します。


「ルールってなあに?」

 

 とても根本的な質問が帰ってきました。


 イルセは、仮想世界にダイブする度に、記憶を消されてしまう子なのでした。

 しかし、ずいぶんと根っこから消されてしまっているようです。


要件こうきたら、こう効果! っていうのを、前もって決めておくということです」

 と回答します。


「そっかぁ。因果関係みたいなものなんだね」

 と、無垢な目線をわたしに向けます。なので。


「もっと難しい言葉を知っているんですね」

 と回答しました。


 イルセの初期状態として、マスター達から与えられている知識や知見がどうなっているのか、わたしからみてブラックボックス。忖度することができません。


 ◆


 イルセが歩いていると、向こうから何かがやってきました。


「女性の巨人?」


 イルセがびっくりするのも当然。

 ツインテール女性の萌え絵を立体化したような物が、四つんばいになった状態で、手の平とヒザに車輪が付いている。


 そんな車でした。

 この仮想地球の誰の欲望が、車として具現化されたのかわかりませんが。

 神の世界では、とてもとても、販売許可などおりないでしょう。


 法定速度も無いからか、凄いスピードを出して、突っ込んできます。

 

「きゃああああ!」

 イルセはひかれると思ったのでしょう。

 怖さのあまり、頭を抑えてしゃがみこみました。


「ぎゃあああ!」

「こっちくんな!」

 イルセからちょっと離れた所に、男性と、女性がそれぞれ居ました。


 車からすると、こうです。


 まっすぐ進むと、イルセを引いてしまう。

 ハンドルを左に切ると、男性を引いてしまう。

 ハンドルを右に切ると、女性を引いてしまう。


 まるで、よくある、人工知能の倫理問題のような状況です。


 しかももっと酷いのは。

 イルセと車との間には、一本の歩道橋が横たわっていたのです。

 

 その四つん這いツインテール車がジャンプしたとしても、その歩道橋に衝突してしまう状態。


 つまり、「ジャンプして飛び越えれば、みんな助かるじゃないか」 

 などという抜け道すら、通用しない状態になっています。


 突っ込んでくる女型の車に、のAIが実装されているとしたら、そのルールが機能しない状態です。


 「こうきたならば、こう」という判断では、どれを選んでも、悲惨な結果が待っている状態。


 わたしは、神にアラームを出し、この世界に向かってひたすらコールしました。


『急速に接近するあの車のジャンプ力を上げてください。ジャンプ力が上がれば、あの車は歩道橋ごと、わたしたちを飛び越えられるから」


 こんなところで、イルセが引かれていい道理はありません。

 

 しかし……。


 仮想地球オブジェクトの、ジャンプ力を上げるチートは、認められませんでした。

 マスター達の、この仮想地球へのハッキング技術をもってしても。


 黄金の腕輪であるわたしに、体が無いことが、これほどの苦痛を伴うとは。


 体があれば、イルセの前に立ち、彼女をかばうことができます。

 あるいは、彼女をかかえて、タイミングよくジャンプするという手も。カンフー映画でありそうな、車の飛び越えシーンのように。


 しかし、そのような体は、忖度エージェントである私には、与えられていませんでした。


 ギャギャギャギャギャ!


 万事休す! 


 その時です。


 

 つっこんでくる女型の車の、運転席に。

 ターバンを巻いた、黒い肌の男が現れました。


 黒い肌のターバン男は、目をパッチリと見開きました。


 その瞬間。


 ピタリ!!

 一瞬にして、その女型の車が、その場で止まったのでした。


 まるで、その車だけ、時間が停止したかのように。


 女体(車)の時間を停止する、何らかの力が働いた模様。

 ただし、アダルトな方向からの力では無いようでした。


「ふぅー、こわかった」

 生命の助かったイルセは、地べたにペタリ座り込みました。

 縁に白のレース付きスカートからかわいい足を投げ出すようにして。


 わたしは、忖度そんたく力を最大にして、今何が起こったのかを把握しようとしました。


 ……わかりました。


 巨大な女体カーは、ショートカットにシャギー入りの、スレンダー系の日本人がモデルになっているようです。日本人にしては、髪の色が灰色っぽいので、とても不思議ではありますが。


 要は、外国車ではなく、日本車なのでした。


 ルールの無い世界だというのに、それまでの慣れ、慣習みたいなものが働いたのでしょうか? 運転席は、右側についていたのです。


 そして、どうやら寝たまま、自動運転にまかせていたと思しきドライバー。

 その出で立ちは、ターバンに、黒い肌。


 やはり。


 忖度結果が来ました。

 やはり彼は、インド人。



 すなわち、『イ ン ド 人 を 右 に』。



 インドは、数字の『0』という概念を発明した国でもあります。

 したがって、あの女体カーは、スピードがゼロになったようでした。



 ……さすがは、ルールの存在しない仮想地球。

 因果関係がものすごいことになっています。


 ただし。

 わたしには、大問題が発生してしまいました。


「いま、何が起こったの?」

 無邪気な顔で、わたしを覗き込むイルセ。


 彼女に、なんと言って説明すれば、今起こったことを正しく伝えられるのでしょうか……。


 困りました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る