15. 孤立世界を繋ぐ音

「ずいぶん情報伝達速度ビットレートが低いな」

 男性・が、握りこぶしで首をトントンと叩きながら言った。

 大分肩がこったようだ。


「ネットワークが無い仮想地球だからね……」

 女性・が、苦笑しながら応じた。


 デジタルな電子世界だけでなく、アナログな人間社会も、ネットワークが存在して然るべきところ。


 まるで、核家族のように。

 もしくは、引きこもりのように。

 仮想地球4910では、人間間のネットワークが、断絶されていたのだった。


「さすがに、立法事実を抽出するのは難しいな。このビットレートだと」

「うん。判断可能な程の情報を集めるのが、そもそも難しいと私も思う」

 男性・と女性・の意見は一致していた。


「しかし、自分がこの仮想地球の住人だったら……と想像すると、ゾッとするね」


「私もそう思う。だって、孤立は寂しいもの」

 優は圭にすり寄った。その綺麗な髪を、圭はやさしく撫でる。


「それだけじゃない。孤立すると、情報が入ってこないから。情報がなければ、正常な判断もできなくなってしまう」


 ゲーム理論でいう、囚人のジレンマだ。

 対話が出来るのであれば、もっと良い解を選ぶことが出来るにも関わらず。

 孤立している者は、利己的に行動する結果、全体最適な解を得られない。 


「人間が群れる理由って、そういうことなのかもね……」

 女性・が言った。


「その先に、情報の不均衡とか、一部の人間に情報が集中するとか、そういう嫌なやつが出てくるんだろうけどな」

 男性・は、自嘲気味に笑った。


 その笑いを納めた圭は、優の使用する左半球レフト・ヘミスフィアモニタを見ながら言った。


「しかし……ネットワークの無い世界を、よくモニタリングできたもんだね。どうやったの?」


「モスキート音を使ったの」

 女性・は、当然のように言った。


「ん? なにそれ」


「蚊の飛ぶ音のような、周波数の高い音のことなの」


「あー……あれか。歳を取ると、聴力が衰えて、聞こえなくなるっていう」


「そう、それ。この現実世界でも、PCのマイクとかスピーカーをハックして、音声で通信する技術があるでしょ? それを、仮想地球に応用したの」


 それを聞いた男性・は、膝を打った。

「なるほど! それなら、ネットワークが繋がってない世界でも、通信が出来る! ビットレートが低いのも、……そういうことか」


「どうしたって、通信速度は遅くなるもの。通常とは違うチャネルを使うなら」


「納得。じゃあ、入瀬を若年設定で送り込んだのは、正解だったんだな」

 と言う男性・


 女性・は、笑顔で応えて、こう言った。 

「子供は耳がいいから。入瀬ちゃんには、仮想地球に住む人達の歌も、しっかり聞こえたんだよ」

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