10. 署名された言論の自由

「うっわ! エゲツねぇなぁ仮想地球1078。ひくわーこんなの」


 男性・が、椅子の背もたれに体を急にあずけたので、椅子が「ギ、ギッ」と嫌な音を立てた。


言論の自由、っていう管理思想らしいよ……? 人間のDNA情報で署名して、暗号通信するんだって。Internet of Things and Humanだって」


 女性・が、そう解説した。


ThingsをなんでもかんでもネットInternetに繋ぐのがIoTなら、ThingsHumanを両方繋いで管理するのかよ……気持ち悪っ!」


 男性・は嫌悪感を体で表現するかのように、眉をしかめ、口を突き出し、首を下げ、両腕で×を作った。


 ハッカーは自由を愛する。だから。


「『可民』の世界そのものがビッグデータかよ……。『常民』がビッグデータ独占かよ……あー、終わってるわ。完全にディストピアだわこの仮想地球」


 圭がこれほど雄弁に、『管理される事』を毛嫌いするのも、ハッカーとして自然と言えるかもしれない。


「でも、私達の現実世界だって、大して変わらないかも? 匿名なのは、8ちゃんねるぐらいのものでしょ?」

 と、優が聞く。


「いんや。あそこもIPアドレスとか、プロバイダ責任法とかで、身元突き止めができたり出来なかったり」


「じゃあ、同じようなものなのかもしれないね……」


「まぁさすがに、俺には監視デバイス埋まってないけどな!」

 と圭が言った後、急速にトーンダウンした。


「あ、優さん。ごめんね」

「いいの……」


 人の第3類型。

 第3人類として、権利を獲得しようとしている女性・

 そのボディは、肉ではなく、が核になっていた。

 そこに、培養した肉と、とを、インストールしてあるのだ。


 圭は何度か咳払いをしたあと、何を言って良いのかわからず困ったのか、無言で優をハグした。しばらくしてから、ようやく口を開いた。


「な、なんかさ。人間が機械化されて第2人類になったり、DNAからID作って署名したり。AIが人間に寄るんじゃなくて、逆に、人間がAIに寄っていく感じだね」


 男性・は、探り探りの口調だった。

 愛する女性に嫌われたく無いです、と、その口調が物語っているかのようだった。


「そうね……どちらから寄ってもいいと私は思うな。いつか一緒になれるなら」

 そう言う女性・の目線は、未来の方向を向いていた。


 男性・は、ほっとした表情で、ゆっくり頷いた。


「あっ。そう言えばさ。優。入瀬が仮想地球で出会った紳士って、何をしてたのかわかるかい?」


「あれね? ええと……自分の書いたビジネス書に、ネット書店で感想をつけてたみたい。『これ凄くいい本だ!』って」


「え」


「ほら、売れる本って、だって言うじゃない? 露出が購買の源だから」


「あ……察し。口コミの水増し作業をしてたのか。でも……」


「そうなの。誰がその感想をつけたのか、DNA署名ですぐに分かっちゃうから……」


「その行為を常民達が、『可』としてくれるかどうか、って事か……。なんと窮屈なこって。ちなみにさ? 優。第1078仮想地球の、現実一致リアリティレベルは?」


「48%って出てる」


「随分低いな」


 

 そうしたらは。

 感情を殺した、抑揚の無い声で言った。



「でも将来は、立法事実に使える『80%超え』になるかもね。、仮想世界に寄っていくかもしれないから」

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