仮想地球1078 IoTが極度進展し、センサが人体に埋め込まれた世界

09. 骨の髄から

 イルセは仮想地球1078に迷い込みました。


 忖度ソンタクロースからイルセが貰った金色の腕輪。

 忖度そんたくリングがピカピカと光ります。


 はい。が光りました。

 創造主が与えた名前の通り。


 仮想地球の空気を読んで、『ここは、IoTHが進展した世界です』とイルセに教えます。


 イルセは「IoTHってなあに?」と聞いてきました。


 そうでした。

 イルセの精神年齢は、今回も、幼子ぐらいなのでした。

 まるで、リセット可能なSTAP細胞のような。


 そもそも、IoTを知らないであろうイルセが、その拡張理論であるIoTHを把握できるわけがありません。言葉の噛み砕きが必要でしょう。


「世界にある物と人間とをぜんぶ、糸で繋げよう、という考え方のことです」

 と回答します。


 その糸が、縦の糸、横の糸、ななめの糸、ねじれの位置にある糸。たくさん繋がった状態。


「そっかぁ。糸電話みたいなものかな?」

 と、無垢な目をわたしに向けます。


 糸電話だとすると、混線が甚だしいことになるので、相手先の住所IP管理が必要になるでしょうが、そんな事を伝えても、イルセはポカーンとするだけでしょう。

 なので。


「そうです。いろんな物や人と話せる、とても便利な糸電話でできた世界です」

「そうなんだー。友達いっぱいできるかなぁ?」

 イルセはとても楽しそうでした。


 この世界の糸電話の真実を知って、この表情が曇らなければいいのですが。


 ◆


 忖度そんたくエージェントであるわたしには、この仮想地球の情報が入ってきます。


 マスターKとマスターUから、適宜メッセージが送られて来ます。


 いわゆる『資本ディバイド』。

 身分の二極化が極めて進んでいて、階級が『常民』と『可民』とに、分断されているようです。


 イルセがたどり着いたのは、『可民』の住む区画でした。


 優でも良でもなく『可』。

 生きることを『許可』された民。


 まるで新宿駅のように、多くの人が慌ただしく行き交う駅前。

 スクラップで駅が埋もれている……わけでもなく、ハードウェアとしては普通の、都心の駅です。


「なんだか、みんな疲れてるみたいだね」

 イルセは言って、照りつける日差しを避けるように、屋根付きの道を行きます。


「あついなー」

 と、イルセが言うので、アイスキャンディを買いました。

 平屋建ての、画像マッチングの機械学習ならば『昔懐かしの雑貨屋』というタグが付いていそうなお店でした。


 わたしはキャッシュ機能も備えています。

 神の世界の『SUICA』と同様の、非接触決済を行うことがわたしは出来ます。


 イルセが、腕輪わたしをはめてある方の腕を、店番のおばあさんが差し出した機器にピッとかざすと、それで決済完了。


 アイスキャンディ『グレゴリくん』のミルク味は、もはやイルセの持ち物アイテムです。


 その一方で。

 決済先のサーバーから、『イルセのブロフィールを教えろ』と命令が飛んできました。


 要求されている個人情報は、イルセのID、年齢、性別、趣味、購入履歴などです。

 統計情報として、役立てるんだそうです。


 3サイズと、付き合った異性の遍歴も、本来ならば提供必須の情報のようですが、今のイルセの場合は提出不要でした。


「あっ、あたりが出たよ!」

 食べ終わったアイスの棒には、「あたり」と書いていました。


 イルセがもう一本食べたいか、それを推し量るついでに、この仮想地球の忖度そんたく処理も行いました。 


 すると、『グレゴリくん』アイスの棒も、糸に、ネットワークにつながっているようでした。


 店員のおばあさんが差し出す機器のカメラの前に、あたりと書かれた部分を差し出すと、まるでバーコードリーダーのように当たり情報を読取。そして、「もう一本アイスを渡せ」という指示が、ネットワーク経由でこの駄菓子屋に飛ぶようになっているようでした。


 おばあさんが、のっそりと立ち上がり、アイスケースに手をつっこでいます。

「はいよ」


 ご満悦のイルセは、もらった2本めの『グレゴリくん』もすぐに食べ終え、暑い日差しの中を歩いて、本屋に入りました。


 大きな本屋の中は、涼しくて快適です。


 本の後ろについたバーコードを、謎のペン型機器で、ピッ、ピッと読み取っている男性が居ました。本屋のエプロンをしていない為、店員とは思えない『謎の男』に分類される男性でした。


 その男性の横を通り過ぎると、ゆったりとしたリクライニングチェアが並んでいました。テーブルもあって、カフェカウンターも併設されていました。


 コーヒーや紅茶を飲みながら、売り物の本を、自由に読めるスタイルのようです。


 リクライニングには、先客が居ました。

 背広をピシッと決めた紳士は、優雅に足を組み、ハードカバーのビジネス書を、テーブルの上に何冊も積んでいました。


 ちょこんと椅子に座ったイルセに「うむ」と軽く頷いたその紳士は、懐からスマホを取り出しました。

 そして、フリック入力。


「立ち読み、っていうの?」

 今のイルセの精神年齢は子供です。

 思ったことを、素直に言葉にします。

 大人だったら、思っていても、言わないようなことも。


『立ち読みは情報の泥棒行為だ』という所まで、はたしてイルセは認識しているでしょうか?


 紳士はイルセの顔を無言で見やり、左右の足を組み替えてから、悠然と口を開きました。

「座っているから、座り読みだな? お嬢ちゃん。そして私は、やましいことなどしていない」

 

「そうなんだー」


 実際、濃い緑色のエプロンをつけた店員が、近くを通り過ぎましたが、紳士のその『座り読み』行為を咎めることはありませんでした。


「よし」

 小さく呟いた紳士は、スマホへのフリック入力を終え、画面を親指でタップ。

 その瞬間、紳士の体が小刻みに震えました。


 その震えに、紳士自体が気づかない様子。

 何事も無かったかのように、テーブル上の、別のハードカバー本を手にとり、そして読み出したのでした。

 

「あれ?」

 イルセが気づきました。


 テーブルの上をよく見ると、積んであるビジネス書の著者名が、すべて同一の、『押尾次作推しを、自作』となっていることに。


 そして、忖度そんたくリングであるわたしには、もう少しだけ、詳しい事がわかりました。


 仮想地球の忖度処理を、スキミ隙見ングモードで行ったところ。


 紳士が先刻、スマホから無線送信した情報には、電子署名が付いていました。


 ……いえ。その署名は。

 紳士のDNAパターンに基づいたハッシュ情報。

 いわば『人間署名』。


 誰がそれを送信したのか、個人レベルで特定されている通信……。


 紳士の行為が、『可』とされるのか? 『不可』とされるのか?


 それを認識・判断出来るのは、きっと。

 この仮想地球1078の『常民』達だけなのでしょう。


 ――わたしのマスターである、KとUを除いては。

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