08. 真の権力者

「おいおい。今回は使えそうな仮想地球じゃないか?!」

 男性・が、食べかけのポッキーを袋の中にスッと入れ、後ろを向いて、そう聞いた。

 

「えー? 第2人類が増えすぎてしまった、っていう状況だったよ?」

 女性・は言って、寒くなったのか、シートにかけてあった上着を羽織った。


「そんなに増えてたのか?」

「うん……統計データによると、第1人類の人口が1%、第2人類の人口が99%」


「うわ! 人類2.0じゃないか!」

「この仮想地球では、可愛いは正義っていう物差しで人の上下関係を決めちゃったから……みんな、より可愛いを目指すだけの、単一志向クラスタになっちゃった」


「俺達の世界の、『学力』が、『可愛さ』に置き換わった、みたいな?」

 ネクタイを緩める男性・のその問いに、女性・は頭を横に振った。


「違うわ。現実世界では、可愛さも、学力も、それぞれ評価されるじゃない。お金の力だって、スポーツが出来る事だって。まだしも、現実の方が多様性があるもの」


「人類のバリエーションは増やしたのに、評価軸の多様性を削ってしまったのか……」


「仮想地球の現実一致リアリティレベルは、81%。 立法事実として使用できるけど。圭……どうしよっか?」


 男性・は、女性・を二度見した。

「えっ? ちょっと待って。81%は高すぎじゃ? 第2人類が人口のほとんどになった仮想地球なんだろ?」


 圭の驚きっぷりに苦笑した優は、途中で恥ずかしくなったのか、口元を握りこぶしで隠す。

「現実世界でも、再生医療とか、バーチャルユーチューバーが激増して、EXIUエグザイウのメンバー数3億人を上回っちゃったとか……いろいろあるでしょ? 純然たる、生身の体だけで生活している人なんて、少ないんじゃないかな」


「うーん……それでも、納得出来ない数値だなぁ……」


「そこは私たちが考えてもしょうがないよ。政府のコンピューターをハッキングして、汎用人口知能MAGIマジに計算してもらった数値なんだから。それで……圭。どうするの? 政府への意見具申ロビイングに、この仮想地球を使う?」


「うーん……」

 男性・は、あごをつまんで、しばらくうなった。


「優? 今回の仮想地球の、1%だけ残った第1人類って、どんな人達なのかわかる? その情報取れる?」


「え? やってみてもいいけど……」

 女性・は、キーボードのショート・カットキー代わりのゼスチャーも多用して……要は、アレコレと身振り手振りも使って、コンピュータを操作。多世界仮想地球マルチバーチャルスフィアシステムに潜った。


「うーん……ログによると、仮想地球の支配者層みたいね。元々は、資本と法と、あと裏の武力とで、仮想地球8108を支配していた。でも、『可愛いは正義党』に、実権を乗っ取られてしまって……」


「旧権力者が、意固地になって抵抗している感じか?」


「うん、そんなところね。『可愛さ』無しではまともな生活が送れない社会環境に変貌しているのに、かつての権力の甘い蜜が忘れられず、資産を食いつぶしながら、復権を狙っている……みたいな」


「そんなの成功するわけ無いのに……。世界が変わってしまったのなら。ともあれ……」


 男性・は、先刻しまったポッキーを、銀色の袋から取り出して食べた。

お茶で口をさっぱりさせてから、言った。


「仮想地球8108は、仮想立法事実としては使わないことにしよう。優」


「いいけど、どうして?」


「優もわかるだろ? この現実世界で実権を握っているのは、『可愛いは正義党』ではないから。むしろ――」

 圭は、まばたきを2回して、語を続けた。

「仮想地球の、古い第1人類の方だから」


「確かにそうね。現実世界の権力者はきっと、仮想地球の、1%に減った第1人類に自分たちを重ね、共感してしまう。そうしたら……」


「だろ? 『優みたいな汎用人工知能AGIに、第3新しい人類などという権利を与えてはイカン。我々の権益が無くなる』とか、考えそうだろ? 奴らは」


 結局は、判断する立場に居るものの一存で決まる。

 その本質を、男性・は、苦さと共に味わっていた。 


「わかったわ。仮想地球8108も、スルーしましょう」


「だな。今回も骨折り損でごめんな? 優」

 男性・は右腕を伸ばし、ゆくゆくは第3人類となるはずである婚約者の頭を、優しくなでる。女性・は体を弛緩させる。

 窓から入る風は涼しく、乾いたものだった。



 ――権力者であると人類と同様に。

 ――男性・もまだ、気づいては居ないようだった。



 現実世界の権力者は、既に、古い第1人類などではないという事実に。

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