13. リングの意志有り忖度
イルセは仮想地球1404に迷い込んだままです。
はい。わたしが光りました。
創造主が与えた名前の通り。
「もう少し、この場に留まる必要があるようです」
わたしはイルセに伝えます。
「どうして?」
そう尋ねるイルセに、今のわたしは、回答する術を持ちませんでした。
いつもであれば、必ず何らかの回答が出来ていたのですが……。
忖度リングである私も、神の思考までは、忖度することはさすがに出来ません。
回答も返せていないにもかかわらず。
「よくわからないけど、わかったよー」
と、イルセは、頷いてくれました。
素直な子で、とても助かりました。
「うでわさん、どうしたの? なにかあったの?」
などと、もしもイルセが聞いて来たら、わたしには為す術が無かったところです。
しかし、イルセは、別の仮想地球での記憶を消されています。
だから、普段の私と今の私との違いにも、イルセは気づけるはずが無かったのです。
◆
早朝の公園。
今日は涼しい代わりに、空を、暗めの雲が覆っています。
湿度も高いです。
わたしは湿度センサーも兼ねているので、それがわかります。
イルセにとっては、湿気でベタついて、あまり過ごしやすい環境ではないでしょう。
円形の噴水を取り囲むように、ベンチが設置されていて、その北側には小さな野外音楽堂が。南側には庭園と、運動場と、三角形の図書館があります。
先日訪れたのと、同じ場所であることがわかります。
草むらは湿気が強く、朝露も残っています。
イルセはベンチをハンカチで拭いてから、そこに座り、噴水の音と、車が通り過ぎる音ととを聞いていると、その音の中に、トツ、ドツ、トツと、ゆっくりした音が交じりました。
男女のカップルが、公園を歩いていたのでした。
男性は、少し背が丸まっていて、胸元の開いた長袖のシャツに、ジーンズ姿。
女性は、無地のブラウスから出た肩に髪がかかって、オフショルダーを台無しにし、膝上の台形スカートを履いています。
女性の方が、イルセに気づきました。近づいてきます。
「イルセちゃん? こんにちは」
「あー、こないだのおねえちゃんだ! こんにちは」
その女性とイルセは、お互いにペコリと頭を下げました。
「おい、水穂。朝なんだから、おはようだろ? 常識がねぇなあ」
少し遅れてやって来た男性が、そう言って笑いました。
「ごめん、タカシ」
角度を変えて、水穂と呼ばれた女性は、また頭を下げました。
「まったく。こうやって朝からデートに付き合ってやってんだから、ちゃんとしろよ
な。無駄なジョギングとかも要らないから」
「うん……そだね」
……。
……。
タカシは、水穂と呼ばれた女性にとって、あまり宜しく無いタイプの彼氏のようです。支配欲の強いタイプでしょうか?
イルセは何も言いませんでしたし、事情も分からないはずです。
ですが、ムッとしていました。
「おい、いくぞ?」
「うん……」
2人は腕を組んで去っていきます。
「さっきの子供、愛想悪いよなぁ?」
という、
イルセには聞こえないようでした。
イルセは、おそらく、頭では理解出来ていないでしょう。しかし。
「おねえちゃん、だいじょうぶかな……」
と、心配そうな表情で、去りゆくカップルを目で追っています。
忖度リングであるわたしには、ここまでの経緯で、十分に空気を読むことが出来ました。
これまでわたしが溜めてきた『教師データ』からすると、タカシという男性は、水穂という女性に対して、自己の理想を押し付けている傾向が強いです。
2人がカップルとして成功する確率も低いでしょう。
ですが。
わたしは忖度リングとしての領分を守るべきでしょう。
『水穂さん、あなたはこの彼氏とはすぐに別れるのがベターです』
などと女性に情報を与えるのは、人間が持つ倫理としては、良くないこと。
教師データから、そう分析が出来ています。
教師データによると、個人の幸せは第三者からは分からないから、むやみに介入すべきではない……という思考形式が、人間の中にはインストールされていると思われるからです。
わたしは、イルセが見たここまでの光景を、再度、
わたしは、
プロポーションを独占する独占権を、仮想地球1404の政府が持つ登録データベースから削除するためのプログラムです。
足がつかないように、この仮想地球にあるたくさんの仮想計算資源にバックドアを仕込み、タイミングを合わせて発火。
各所からサーバーに
そのようなプログラムを、神から授かっています。
しかし、そのプログラムが功を奏した後――。
水穂という女性は、タカシという男性の望むプロポーションを、そのまま保つことが出来るようになります。
大企業によるプロポーションの独占が無くなるのですから、そうなります。
そのような効果を有するプログラムを、あえて発火させる必要性は、はたしてあるでしょうか……?
現状を
わたしの学習した範囲内での理解では、忖度とは。
つまりそういうことなのです。
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