ヤツガレの所望。

坂戸樹水

第1話 1両目。


  ガタンゴトン。

  ガタンゴトン。



 電車の滑車音を煩わしげに、耳にイヤホンを押し込む。



(また浮気がバレた)



 座席は点々と空いているが、狭い隙間に腰を下ろそうとは思わない。


(今週だけで何人と付き合って何人と別れた?

 でぇ、来週は何人と付き合って何人と別れんだろぉなぁ、俺)


 ポジティブに言えば、甲斐性が有る。

ネガティブに言えば、タダの下衆。


(線路が何処までも続くなら、俺の手癖の悪さも続いたってイイだろーが。

 気負う事はねぇだろーが。って、この景色同様、俺の人生お先真っ暗って?)


 汽車旅の詩を引き合いに、心中 自己正当化。

壁に寄りかかり目を側めば、運転席からの景色が見える。

然し、先頭車両とは言え、地下を走る電車からの眺めは皆無。

自分の未来を暗示されているのかと思えば、気も滅入る。


(まぁまぁまぁまぁ、この電車だって時機に地上に出て陽の目を拝む。

 俺も明日には相変わらず陽の目を拝む。のらりくらりのキャンパスライフ。

 つか、あの女に張られた平手打ちがイテェの何のって)


 無機質な大学生活の唯一の刺激と言えば、

裏切りの代価に受けた元彼女からのビンタの痛みばかりだろうか、ヒリヒリする頬を摩る。



 ガタンゴトン。

 ガタンゴトン。



 電車は暗闇を切り裂く様に邁進。

そして、地下トンネルを抜けると同時、黄昏時の眩しい光が電車を包み込む。

差し込む日差しに目を閉ざせば、瞼の上が夕日色に染められる。


「眩し……」


 ポツリと呟く、その寸暇にパッと遠のく光。


「?」


 改めて目を開ければ、車窓の外は真っ暗だ。

又もトンネルに突入か、然し、毎日通学に利用している車窓の風景は否応無しにも記憶している。地下を出てからトンネルを潜る事は これ迄に無かったから、勢い余って窓にヘバリ着く。


(昨日の今日でトンネル作ったんか!?

 スゲェな、ジャパンクォリティー! っつか、ンなアホな!)


 電車を乗り違えただろうか、イヤホンのコードを引っ張って耳から外し、慌てて周囲を見回す。


(え?)


 口をポカーン。

狭苦しく感じていた筈の車内には乗客5人ばかりが取り残され、それ以外の人々が忽然と消えているのが その理由。

これは一体 何のトリックか、目を疑ってならない。


「はぁ?」


 心中も併せ、マヌケな疑問符しか口をつかない。


(アレだけの人数、いつ降りた? 電車、止まってねぇよな?

 何でイキナシこんなガラッガラになってんだよ!?)


 動揺しているのは1人だけでは無い。この異変に夫々が困惑の表情を見せている。

手元の電子パッドで作業中だった男は画面を頻りにつつく。

ネットの回線が途絶えてしまったらしく、不満げな溜息を吐き出している。

女子高生は怯えた様子でキョロキョロしながら、一先ず空いている座席に腰を下ろす。

青年は暫し瞠若した後、真向かいに座っている前髪の長い少女に問いかける。


「あの、すみません、この電車って、山武本線……ですよね?」

「そうだと、思いますけど……」


 この様子からして、状況を把握している者はいない様だ。

青年は腰を挙げ、後部車両に繋がる貫通扉へと足を運ぶ。

窓から2車両目を覗き見るも、真っ暗で何も見えない。

乗客の騒ぐ声も聞こえて来ないから奇妙だ。


「あのぉ、ここから見る限りでは後ろの車両は停電してしまっているようで……

 すみませんが、車掌サンを呼んで貰えませんか?」


 振り返り様の青年と目が合えば、自分に言われているのだと気づく。


(俺かよッ、って、そっか。俺が運転席に1番近いのか、)


 仕方が無い。

窓から運転席を覗き込み、ドアをノックしようとした所で手が止まる。


「いねぇ……」


 車掌がいない。

『電車に乗り込んだ時、何と何しに運転席を見やった時には車掌の背が見えた様な気がしたのだが……』と言いたげに、首を捻りながら振り返れば、顔を顰めた4人の視線に狼狽させられる。


(俺の所為かよ? そんな顔されても困るんだがぁ?)


「後ろの車両にいるんじゃねぇか?」


 車掌のいない責任を押しつけられた感を払拭すべく、貫通扉へ歩き、青年と肩を並べる。


(随分とまぁ小奇麗なツラした兄チャンだなぁ)


「うぁ。マジかよ、何も見えねぇじゃんか」


 青年が言った通り、後部車両は停電している。

電気が点いているのは この1両目ばかりの様だ。

ならば、車掌は今頃 他車両を巡回しているに違いない。

待っていれば その内ここにもやって来るだろう。

とは言え、何もしないでいては手持ち無沙汰。

奇妙な状況を把握する為にも、率先して動くとしよう。

鞄から携帯電話を取り出し、懐中電灯がわりにライトを点灯させ、貫通扉に手をかける。



  ガチャン、、



「ん? あぁ? 開かねぇし」


 押しても引いても貫通扉は開かない。

試しにドアを叩いてみるが、2車両目の乗客が顔を出す様子も無い。

混乱して誰も動けないでいるのだろうか、

舌打ちをして苛立たしげに頭を掻けば、青年が代わって扉に手をかける。

然し、結果は同じ事。


「うーん、開かないなぁ。電子機器の故障かも知れない」

「詳しいのか?」

「いえ、そうゆうわけじゃありませんが……」

「そうゆうモンが故障してても電車って走ってられるのか?」

「どうでしょうね? 運転には支障ないのかも。でも、心配ですね、」


 故障なら、いつこの1両目も停電してしまうか分からない。

そうなっては念仏でも唱えなければならない気さえするから、声を潜めて青年を問い詰める。


「オイ、脱線とかねぇだろぉなッ?」

「ま、まさか……え、、ぃゃ……どうだろう……」

「つか、トンネル長すぎんだろっ、

 切り替えポイント 逆に突っ込んで走ってるとかもアリじゃねぇかッ?

 行き止まりの車庫にブッ込まれるとかってオチはねぇだろぉなッ?」

「山武本線って単線でしたよね? 切り替えポイント何てあったかな……」

「そ、そっか……」

「いや。あるかも知れない。

 特に車庫行きのフラグは……現に無い筈のトンネルを走っているわけだから」

「だ、だろッ?」

「うん、」


 背を丸め、鼻っ面を合わせてのヒソヒソ話。

たまたま同車両に乗り合わせただけと言うのに、まるで学友の様な距離感に、2人は苦笑を挟む事で緊張を紛らわせる。


「ハ、ハハハ……何か変だな。俺、高槻斡真タカツキアツマ。斡真でイイから」

「僕は由嗣。中谷由嗣ナカタニユウシ。宜しく、斡真」

「まぁ、これも何かの縁か知れねぇから、それなりに協定をさ、組もうじゃねぇか」

「そうだね」

「ンじゃ、由嗣、こうゆう場合は どーしとくもんだ?」

「車掌サンもいないんじゃ……一先ず、非常ボタン押してみようかな?」


 まさか このボタンを押す日が来ようとは……と言いたげに、由嗣は直ぐ側にある降車扉脇の非常ボタンを押す。

電車によって異なるが、非常ボタンを押せば乗務員と通話が可能になるか、そうで無ければ非常ブレーキがかかる筈だ。



  ……

  ……



 待てど暮らせど反応なし。


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