第22話

「ヤツガレの所望は、意富加牟豆美命。では、」

「待ってくださいっ、、駄目……駄目です、そんなの危険すぎる……」


 4両目に続く扉を開錠しようと言う所で、結乃は体を起こし、頭を振る。

奇跡的にも斡真は3度目をクリアしたが、4度目ともなれば生還は不可能と言っても過言では無い。

そもそも、国生の所望が端から3つだとしたら、3度目の挑戦は残存量は限りなくゼロに近いライフポイントでの計算。4度目は有り得ないのだ。

斡真が戻らない予測が出来る以上、結乃も止めずにはいられない。


「チビ、心配すんなっつの。次も俺がバッチし決めてやっから」

「そうだよ、次は僕に任せて」

「オイ、由嗣。テメェの自信過剰どーにかしろ」

「そのままそっくり返すよ」

「違う、違うんです……駄目なんです……だって、絶対に無理だから……」

「時間がねぇ。行くぞ、由嗣」

「うん」

「駄目、駄目……」


 行かせてはならない。国生に貫通扉を開けさせてはならない。

斡真と由嗣が4両目に向けて踵を返せば、結乃は僅かに回復した力を振り絞り、2人に体当たり。



  ドン!!



 結乃は両手で2人の背中を押し退け、3両目の中央座席へと走る。

そして、小金井の腕を抱え上げるのだ。


「チビ!? お前、何やってんだ!」

「た、多分、私だと思う……私が選ばれたんだと思う!」

「ゅ、結乃チャン、落ち着いて!

 誰が選ばれたって、僕は次に進むつもりだったんだ、責任を感じているようなら、」

「ゎ、私、友達作れなくて、学校にも行ってない……

 お父サンもお母サンも私には呆れてる……

 全部気づいてて、でも、どうにも出来なくて、ずっと部屋に籠もってた……

 勉強もしてないし、働いてもいない……ちゃんと生きてない……うぅっ、」

「そんなもん、これからどうにでも変えられるだろぉが!」

「黄泉が私を選んだんだ! ずっと閉じ籠っていられる場所に呼んでるんだ!!」


 結乃はボロボロと泣きながら、降車扉に向かって後ずさる。


「結乃チャン! 駄目だ、戻って!」

「だ、大丈夫……怖くない……

 だって、小金井サン、いる筈だから……腕が無くて、きっと、困ってる筈だから……」


 顔見知りがいない訳では無い。今の内なら小金井も結乃を忘れてはいないだろう。

そんなコミカルな発想に、結乃は泣き笑い。


「ふざけんな!!」


 斡真の怒声に、結乃はビクリ!! と肩を震わせる。


「斡真、サン……」

「絶対に帰るって言ったの、お前だろ! この俺相手に大ボラ吹きやがったか、クソガキ!

 迎えが着たから行くって!? はぁあぁ!? かぐや姫にもなったつもりか!?

 大体、之登ってヤツはどーすんだ! そいつに伝えたい事ってのはどーすんだ!!」

「之登、、」


 今日は弟・之登の誕生日。

姉はその日に潔く死のうとでも言うのか、そうなれば之登は一生、誕生日を祝えなくなる。

思えば思う程 辛くなるが、自分勝手な都合で2人を危険な目に遭わせる訳にもいかない。

そんな見っとも無い事をしては、それこそ之登に顔向け出来ないのだ。

結乃は下唇を噛み、頭を振って降車扉に向き直る。


「チビ!!」


 斡真の声が背中に突き刺さる。

最期くらいは名前で呼んでくれれば良いものを、そんな気遣いの無さが斡真らしくて笑える。



「逝ってきます、」



 降車扉に最後の1歩で近づくと、結乃を迎え入れる様に闇の中から腕が1本伸ばされる。

結乃は息を飲み、恐怖に体を固める。


「―― ぉ、降ります、、だから、ここへは入って来ないで……」


〈…〉


「お願いします……」


〈アァァ……キミかぁ……そうかぁ……持って来てくれたのか……〉


「小金井サン?」


 癇症の小金井はいちいち声を尖らせていたが、暗闇から聞こえて来るのは生気の欠片も無い。

然し、声色に間違いは無いから、一同は息を飲む。


「小金井サン、生きてたのか! だったら戻って来いよ、早く!」


〈もぉ無理だぁ……水を鱈腹 飲んじまった……〉


「そ、そんな、そんなモン、吐き出せよ!」


〈キミは本当にどぉしよぉも無い事ばァァっかり言う……〉


「文句なら後でちゃんと聞くからよ! 戻って来いよ、小金井サン! 一緒に帰ろうぜ!」


〈アァァァ……もぉ良く分からない……けれど良かった……腕、返して貰うぞぉ……〉


 闇から伸ばされた1本の手は暫し探る様に宙を掻き、軈て結乃の懐に自分の腕を見つけて掴み取る。そして、静かに引き下がるのだ。

そのまま結乃を闇の中に引きずり込むかと思いきや、小金井が あっさり引いてしまうから拍子抜け。斡真は呆けて佇む結乃の腕を掴み、力任せに抱き寄せる。


「チビ! 勝手な事すんじゃねぇ!!」

「斡真サン、」


 決して車外には出さないとする斡真の強い思いに、結乃は胸を打たれる。

然し、黄泉は小金井の腕を取り戻す為だけに電車を止めた訳では無いだろう。

魂を迎え入れる迄は、電車の走行を阻み続ける。


〈アァアァ……痛い、腕を取り戻してもまだ痛い……アァアァ……酷い目に遭った……〉


 小金井は闇の中をウロウロと彷徨いながら電車の左右を行き来し、ブツブツと愚痴を垂れる。


〈あの時、助けてくれりゃぁ こんな目には遭わなかったのに……

 キミは何度、俺を蹴りつけたか覚えているか?

 助けてくれと、何度も俺が頼んだのを覚えているか……?

 それなのにキミときたら、自分ばかりは助かろうとして……何てヤツだ……〉



  バン!!



「きやぁ!!」


 背後の窓が叩かれ、薫子は座席から転がり落ちる。


〈お前だよ、お前ェエェエェエェ!! この小娘がァアァアァ!!

 俺が水中で喰われてるのを知ってたクセに、何度も何度も蹴りやがってェエェエェ!!

 その所為で腕が捥げちまったァアァアァ!!〉


「いやぁ!!」


 薫子は両手で耳を押さえ、車内を逃げ惑う。

然し、向かう先、向かう先で窓が叩かれ、執拗に追い詰められる。



  バン!! バン!! バン!! バン!! バン!!



「知らない!! 知らない!! アタシ、知りません!! もぉやめてくださぁい!!」

「薫子チャンっ?」

「オイ、どうしたんだよ!?」


 薫子は車内のあちらこちらに体をぶつけながら逃げ道を探す。

薫子に何が起こっているのか、誰と喋っているのか、斡真や由嗣、結乃にはサッパリ分からない。1人で発狂している様にしか見えない薫子の惨めさに、国生は溜息を零す。


「降りるべきが降りぬが故に、黄泉が直接働きかけておるのだ」

「!?」

「何を吾程あれほど 恐れるのか、ヤツガレにも知れぬ所。

 然し、黄泉に選ばれるは相応の理由があっての事。

 置管薫子もヤツガレと同様、黄泉の者の怒りに触れたのであろうよ」


 黄泉の者となった小金井に名指しされたのだ。

生き残る為、薫子が緊急避難にとった行為は、決して逃れられない死のフラグを招いたに過ぎない。


「自分だけ助かろぉ何てしてない! だってだって、怖かったから!」


〈嘘をつくなァアァアァ!!〉


「嘘じゃナイ!! ホントに死ぬなんて思わなかった!!

 わざとじゃナイ!! もぉやめてぇえぇえぇえぇ!!」


 絶叫を上げ、薫子は降車扉からポン……と飛び出す。


「ォ、オイ!!」

「薫子チャン!!」


 薫子が降りれば全ての降車扉は静かに閉まり、電車は再び加速を始める。

サァァァ……と聞こえるホワイトノイズが空間に浮いて聞こえるのは、

実に呆気ない薫子の最期を見届けたからだろう。

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