第23話 4両目。
斡真は結乃を抱き締めた儘、車窓から見える暗闇を見つめる。
(ここにいられる分には安全……国生の力が俺達を守る、だけど……)
『この電車が停まって、駅に降ろされたと同時、現実の僕らの心臓も止まる』
『辛うじて生きているんだよ、現実の僕らは』
(ただ黙って電車に乗ってれば安らかだと、とんだ勘違いをしていた。
死はいつやって来るか分からない。どんな死に名指しされるか分からない。
黄泉があんだけ残酷だってなら、地獄は一体どうなっちまうんだって……)
斡真は地獄行きに腹を括っている。
然し、地獄がどれ程恐ろしい場所なのかは考えてもいなかったのだ。
黄泉の闇に閉じ込められれば、次にやって来るのは飢えと乾きによる苦しみ。
そして、黄泉の物を屠るのだ。
腐った水に湧き出す蛆を口にしてしまえば最期。生前の姿は失われ、醜態の化け物と化す。
『地獄に比べれば、まだ黄泉の方がマシなのでは?』と言う安易すぎた発想に体が震える。
(ただじゃ済まねぇ……)
斡真の震えを感じ、結乃は頭を上げる。
「斡真サン……」
「! ―― ぁ、あぁ、ワリぃ……」
結乃を懐から解放すると、斡真は壁に凭れる。
そして、そのまま言葉を失えば、由嗣は今一度言う。
「大丈夫だよ、斡真。意富加牟豆美命を手に入れられれば、ここから抜け出せる」
「簡単に言うんじゃねぇよ……
大体、その、オオカ ―― 何とかってのだって、何に化けてんのか分かんねぇのに……」
これ迄をみても、有り得ない所に国生の所望品が転がっている。
注意深い観点で探しても、見つけ出せたものでは無い。
クリアする毎に難易度も上がっている様に感じるから、4両目にはどれ程の困難と恐怖が待ち構えているのか、想像するだけだけでも気が滅入る。
「それじゃ、諦めるのか!?
戻れる可能性が残されているのに、このまま黙って迎えが来るのを待つって言うのか!?
僕は嫌だ! そんなの絶対に認めない!」
「ゅ、由嗣、、」
由嗣がこれ程の激情を見せるとは思いもしない。
斡真と結乃は瞠若のまま由嗣を見上げる。
「必ず見つけて来る! だから諦めるな! 絶対に2人をここから出してやるから!!
国生サン、お願いします! 次のドアを開けてください!」
由嗣の強い意志に、国生は深く頷く。
「ヤツガレの所望は、意富加牟豆美命。制限時間は60分。
それ迄に意富加牟豆美命を探し出し、ヤツガレに届けて頂きたい。宜しいか?」
「はい!」
国生が片手を上げれば、4両目に続く貫通扉が開錠される。
「由嗣ッ、」
「斡真、僕を信じて」
「!」
由嗣の背には、必ず帰ると言う強い信念が感じられる。
もう何を言っても由嗣を引き止める事は出来ないだろう。
「俺も行く」
「斡真っ、」
「まぁ、1度は行くって決めたんだ。仲間が減ってビビるってのもカッコワリぃ、」
次は誰が死に迎えられるか分からない。
同じく黄泉が迎えの主だったなら、今動かなかった事を後悔するだろう。
地獄であったなら尚更だ。
(俺の体力が次のエリアで どんだけもつのか、ハッキリ言って期待できねぇけど。
でも、どーせ地獄行き。黄泉に掴まったって結果オーライ。
上手くすりゃ、由嗣とチビを元の世界に戻してやる事が出来る。
ここで引き下がるわけにゃいかねぇ、)
斡真は結乃の頭を一撫ですると調子よく笑う。
「お前の迎えが来る前に何とかしてやっからさ」
「斡真サンっ、」
「でも、もし間に合わなかったら、ごめんな?」
「っ、、」
この言い草、斡真は黄泉から戻れなくなる事を覚悟している。
言い残す言葉が無いよう謝罪を言って聞かせられれば、結乃の目には忽ち涙が溜まる。
「国生、チビを頼む。最期まで、頼む」
斡真と由嗣が4両目から戻れなければ、結乃はたった1人で迎えを待つ事になる。
最期を看取る者もいないでは余りにも気の毒だ。
せめて結乃の恐れが少しでも和らぐよう、国生には見守っていて貰いたい。
斡真の思いに、国生は頷く。
「無論、笑い話の1つでも」
3両目に突入する際、斡真が冗談で言った言葉を引用。
「ハハハ! イイな、ソレ。お前を見直した!」
2人は4両目の闇に消えて行く。
*
訪れた4両目は、やはり暗い。
携帯電話をポケットから取り出すも、どうやら3両目の水没のダメージが効いている。
ライトはチカチカと点いたり消えたりを繰り返す。
「ヤベェな、」
「1つ消そう。その間に乾いてくれれば復活するかも知れない」
言下、由嗣は自分の携帯電話のライトを消すと、斡真に預ける。
「あ? 何で俺だよ?」
「僕のスマホ、預かってて。落しそうで怖いから」
「なーんだ、そりゃ?」
「良いじゃないか。役に立つかもよ?」
勇んで4両目に飛び込んだ割りに、由嗣は情けない事を言う。
これだから一緒に来て良かったとも思う斡真だ。
携帯電話を受け取り、ボトムのポケットに捻じ込む。
そして、頼りないライトを周囲に向け、状況を確認する。
「今度はトンネルか……」
足元には線路。
「地下鉄……もしかしてここ、山武本線が通る地下トンネルじゃないかな?」
「それっぽいな。つか、これまでとは様式が違わねぇか?」
「うん」
2両目は洞窟。3両目は冠水した沼地。
今回の4両目は、蔦や蔓が張り巡らされているでも無ければ、虫が這っているでも無い。
暗さを除けば常識的な景観だ。
足元は線路の骨組みで歩きにくいが、慣れたコンクリートの質感には安心させられる。
「斡真、大丈夫?」
「何が?」
「体力」
「……大丈夫、なわけねぇし。俺、ここ入れっと4回目の突入だっつの。死亡フラグだわ」
「ハハハ、だよね」
由嗣は苦笑しながら、点滅するライトが照らす周囲を見回す。
「斡真、僕の予測なんだけど、意富加牟豆美命は桃かも知れない、って」
「桃? また食いモンかよ……って、国生から聞いたのか?
アイツ、見なけりゃ分かんねぇとかほざいて無かったか?」
「うん。でも、桃だよ。桃としてここに落ちてるかは分からないけど」
「俺達が拾って来た食いモンに国生が触ると何かに変わる、ってゆうのがパターンだろ?」
「それが、僕が知る限り、桃は桃のまま何だ」
「どうゆう意味だよ?」
「髪留めだった黒御鬘は葡萄に、和櫛だった湯津津間櫛はタケノコに変わった。
でも最後に国生サンが黄泉に向かって投げたのは桃だったんだ。
桃は黄泉に落ちても桃のまま。ちょっと、その辺が引っかかるけどね」
「そんな話、いつ聞いた?」
「聞いたわけじゃないけど……でも、そう何だ。
国生サンは その3つを犠牲にして、黄泉から生還したんだよ」
「アイツもココに入った事あんのか……」
「うん。ある人を追い駆けて、黄泉を訪れたんだ。
だけど、想像していた世界とは違ったもんだから、戻る事にしたんだろうね」
「それで俺らみてぇにヒデェ目に遭ったと」
「ハハハ。そう。でも逃げ切った。
だから、黄泉からすれば、国生サンは憎たらしくて堪らない男なんだよ。
箒を逆さに立てたくなる程にね」
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