第21話

 マヌケ面の斡真を他所に、由嗣は善は急げと言う様に腰を上げる。


「ま、待てよ、何でっ、」

「このまま死にたくない」

「ゎ、解かってんのか!? 次はもっとヒデェか知れねぇ、、小金井サンみたいに……」

「うん」


 充分 理解している。

そう頷く由嗣の面持ちには、何処か吹っ切れた様な清々しささえ見える。


「大丈夫。今度は僕が取って来るから、斡真達はここで休んでて」

「は、は? ひ、1人で行く気かッ?」

「うん。動けそうなのは僕くらいだし」

「な、なにヤセ我慢してんだよ! バカな事言ってんじゃねぇよ!!」

「取って来たら今度こそ帰して貰おう」

「由嗣ッ、」


 由嗣は踵を返し、3両目で待つ国生を目指す。

引き止めたくも、その腕が重い。追い駆けたくても、その足が重い。


(兄貴、兄貴、俺は、優しい人に何かなれなくたってイイ……

 一生 出来損ないだ、地獄で詫びるよ、、

 ただその前に、戻りたい……コイツらを元の世界に戻してやりたい!!)


「由嗣! 止まれよ!!」



  キキィイィイィイィ!!

  ギギギギギギギ……


  シュゥゥゥゥゥゥ……



 電車が停まる。

斡真の声がお門違いも聞き届けられたのか、突然の出来事に一同は呆ける。


「電車が、停まった……」

「え? え? え? 何でぇ、どぉして……誰か、降ろされるのぉ……?」


 結果的に由嗣の足は止まった訳だが、こうして電車が停車した以上、降りる者がいると言う事だ。

皆が揃って電車内を見回せば、1両目から3両目の全ての降車扉が静かに開く。

ゾッとする程の冷気が車内に流れ込み、生臭さが鼻に憑く。

これは全員が嗅いだ事のある、闇空間の臭いだ。斡真はゴクリと唾を飲む。


(まさか、ヤツらが乗り込んで来るのか!? ここはまだ安全なんじゃねぇのか!?)


 斡真はフラつきながらも立ち上がり、由嗣の手を取ると、結乃と薫子の側へと移動。

結乃は震え上がり、薫子は手摺りにしがみつく。



「迎えが来たようだ」



 斡真は3両目から聞こえる国生の声を振り返る。


「誰が降りるんだ……?」

「時機に知れよう」


 誰も降りる意志は無い。

音沙汰も無い様子に斡真は降車扉に近づく。


「ぁ、斡真っ」

「大丈夫だ、様子を見る。お前はチビと薫子のフォローしてろ」


 開け放たれた降車扉から見えるのは、只管に続く暗闇。

迎える死によって降りた先の景色は変わると聞いたが、これがその世界だろうか、

斡真は恐る恐る暗闇に手を伸ばす。



「!! ……出られない?」



 まるでガラスの壁に遮られている様だ。これでは扉が開いても降りる事は出来ない。

すると、国生が2両目に現れる。



「選ばれた者のみ、列車を降りる事が許される」



 ならば、斡真は対象外と言う事だ。


(俺以外の誰かが ここで降ろされる……いや、降りなければ電車は停まったままか?

 なら、ここで時間を稼げばイイ。体力が戻るなり、次の作戦を考えるなり、

 兎に角だ、由嗣を1人で向かわせるワケにゃいかねんだよ!)


 そんな悪知恵働かせている所に、扉の先から呻き声が聞こえて来る。



〈ウゥゥゥ……アァァァ……〉



 聞き覚えのある声に、一同の背筋は凍る。


「ャ、ヤツらか……」

「ドア閉めなきゃ! バケモノが入って来ちゃう!」

「置管薫子、それは無理な事。降りるべき者が降りねば扉は閉まらぬ」

「それじゃ、見す見す奴らの侵入を許す事になる!」

「案ずる事なかれよ、中谷由嗣。

 ここは賽の河原にて、黄泉の者は易々と介入できぬゆえ」

「じゃぁ、このままほっときゃイイって事か!?」

「否。高槻斡真よ、ヤツガレが黄泉の者の侵入を阻めるは60分に限られる。

 それを越えても降りるべきが降りねば、この車両は再び黄泉に蹂躙されるであろう」


 又も時間制限つき。

他の車両に移動すれば逃げられる訳で無く、こちらが然るべき対応を見せなければ、全ての車両が再び闇に覆われ、完全なるチェックメイトを迎える。

斡真は後ずさり、頭を抱える。


(また究極の選択かよ!? 1時間以内にここにいる誰かを外にほっぽり出せって!?

 自分が助かりたけりゃ、犠牲は否めねぇって!?

 そんな選択、易々やってのける程、俺の頭は事務的に出来てねんだよ!!)


 安易に『いってらっしゃい』と送り出せない世界が目の前に広がっている。

すると、由嗣は急ぐ様に降車扉へと向かう。


「由嗣!」

「僕かも知れないっ、だったら直ぐに降りなけりゃっ、」

「よせ!」


 斡真の制止を振り払い、由嗣は扉の外に手を伸ばす。


「!」


 出られない。

どうやら、降りるべきは由嗣でも無いようだ。ならば人物は絞られる。

結乃と薫子はお互いを見やり、表情を強張らせる。


「ゎ、わた、し……?」

「アタシ……ヤダ……絶対、ヤダから……、、」


 水没の3両目を脱出したにも関わらず、その甲斐なくも電車を降ろされては堪らない。

由嗣は国生を振り返る。


「国生サン、この先はどうなってるんですかっ?

 ここから見える世界と、降りた先の世界は違うんですよね!?」

「否。黄泉の闇に堕ちるが相応しき者がおるのだろう」

「そ、そんな……」


 結乃か、薫子か、黄泉が魂を迎えにやって来たのだ。

余りの恐怖に、結乃は目を回して座席に横たわる。


「だ、大丈夫か、チビっ、」

「国生サン、僕が降ります! 何とかして貰えませんか!?」

「死に急ぐ事なかれよ、中谷由嗣。

 黄泉が相応しき魂を選んだのだ。ヤツガレとて覆す事は出来ぬ」


 死に魅入られれば逃れる事は出来ない。

たった1つ手段があるとすれば、国生の所望を果し、今すぐ生還するばかりだ。

斡真は覚悟を決める。


「国生、次の扉を開けろ! お前の望みを叶えてやる!」

「吝かでは無いが」

「今度こそ、今度こそ終わりだよな!?

 お前の頼みを聞き届けりゃ、今度こそ俺達は生きて ここを出られるって約束しろ!!」


 無制限に所望されては堪らない。斡真の詰問に、国生は深く頷く。


「相違なし。約束しよう」


 3度目の正直。

次の所望品=意富加牟豆美命を手に入れ、戻る事が出来れば、元の世界に帰る事が出来る。


(今の内に4両目を攻略する! そうすれば、誰も降りなくて済む!!)


 そう考えたのは斡真だけでは無い。由嗣も同じ思いだ。

体力は取り戻してはいないが、一刻の猶予もならない。

2人は目を合わせ、4両目の貫通扉を睨む。その強い意志が揺らぐ事は無いだろう。

国生は頷き、片手を上げる。

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