第31話
(何故、生き残ったのか ――)
『斡真、お前は長生きしろよ……』
(親父……)
『長生きして、優しい人になるんだろ?』
(誰の言葉だった?)
『自分で決めた事なんだ、兄チャンが見てなくたってもう大丈夫だろ?』
(兄貴? いつの、会話だ……?)
斡真は奥歯を噛み締める。
「―― ザケンな……、、」
「……?」
結乃の目が向けられれば、斡真は勢いの儘に小さな襟元を捻り上げる。
「俺に『助けてくれ』って縋ったのはお前だろ! それって死にたくねぇって事だろ!」
(そうだ、俺も必死に手を伸ばした。もがいてもがいて泥水を掻くように……)
「それが生き残った事の意味だって思わなかったら、死んじまったヤツらはどうなる!?
死んだら何処に飛ばされるか分かんねんだぞ!
ただ暗いだけの世界に ほっぽり込まれるかも知れねんだぞ!」
(ただ暗い、そんな景色ばかりを見ていたような気がする……)
「そんじゃ、生き残った方がイイに決まってんだろが!
今更つまんねぇ事気にしてんじゃねぇよ!! 勝手に人生諦めてんじゃねぇよ!!」
(俺は いつも怒鳴るばっかりだ。どうして優しい人になれないんだろう……)
初対面に頭ごなしに恫喝され、結乃は目を丸くして瞬きも忘れる。
「まず、そのクソ長ぇ前髪切れよ!」
「は、はぃ……」
「それから! 少し太れ! ガリガリ中坊!」
「こ、高校生です……」
「あぁ!? ハァ!? 見えねぇわ、全くと!」
「す、すみません……学校に、行ってないので……」
「行けよ! まず行けよ! やる事やってから生き死に考えろ!」
「は、はぃ……」
放り投げる様に乱暴に襟元を解放すると同時、車内に光が差し込む。
隙間から見えるレスキュー隊のユニホームに2人は息を飲む。
「生存者、発見しました! 無事です!」
無事。
外から向けられるその言葉に、漸く2人は生きている事を実感する。
「やっと、戻って来れた……」
「明るい、場所……」
解ける緊張感に、背が丸くなる。
レスキュー隊の手によって地上へと連れ戻されれば、頭上は既に夜空へと色を変えている。
然し、現場を照らすライトが煌々と眩しい。
一先ずは担架に寝かせられ、意識レベルのチェック。
救急車内にて早急に傷の手当と問診を受けるが、大事故に巻き込まれたにも関わらず、2人の怪我は軽傷であるから、『奇跡』と言う言葉が口々に囁かれる。
斡真の両手は包帯でグルグル巻き。
未だ、結乃の問診は済んでいない様だ。
寝て待つ程 重傷で無い斡真は、借りた毛布で肩を温めながら救急車両を出て喧騒に耳を傾ける。
(地下トンネルが古くなっていたらしい。工事の予定を立てた矢先、崩落したそうだ。
電車は1両目以外の全てが瓦礫に埋もれたんだと、
報道レポーターの金切り声が風に乗って聞こえて来た。
それから、生存者は俺達2名以外 確認されていないとも……)
「これ、誰のスマホだっつの……?」
ボトムのポケットから抜き出した携帯電話の持ち主に心当たりが無い。
暫し考え、中のデータを確認する。持ち主が分かれば届けてやれるだろう。
見やれば、携帯電話のトップページにメモがショートカットされている。
試しに これをクリックすれば、メモは大きく拡大される。
「ぇ……?」
『斡真 ――』
(何だ、今、フラッシュバックした……)
何かが一瞬 脳裏を過ぎったのだ。
それは、穏やかな笑顔だった様に思う。頼りなくも勇敢な背であった様にも思う。
(電車を降りて、中から見送ってくれた……これは、いつの事だった?)
『やっぱり……戻ったら皆、お互いの事を忘れちゃうのかな……?』
「何だ、この記憶……」
『斡真はもうとっくに ――』
(最期の言葉……)
聞き取れなかった最期の言葉が、携帯電話のメモ画面に記されている。
【斡真はもうとっくに優しい人だよ】
(由、―― 嗣……?)
目を見開き、背を伸ばす斡真の肩から毛布が落ちる。
「由嗣、お前……」
『僕のスマホ、預かってて。落しそうで怖いから』
『なーんだ、そりゃ』
『良いじゃないか。役に立つかもよ?』
「わざと俺に、預けたのか……?」
何処までも抜け目の無い男。否、全てを悟っていたのだろう。
いつ、何が起こっても、伝えたい言葉を言いそびれる事が無いよう努める由嗣の生真面目さが、随分と以前の事の様に感じられる。
斡真はギュッと携帯電話を握り締める。
そこに手を伸ばし、落ちた毛布を拾い上げるのは、問診を終えて戻る結乃だ。
「……どうか、しましたか?」
「ぃゃ……」
「これから、病院で検査をするそうです。2人とも救急車に乗るようにと、」
「……あぁ、」
斡真は車両で見かけた、眠るように安らかに息絶えた奇麗な面立ちの青年を思い出し、悲しげに笑う。
(お前みてぇなお人よしが、黄泉に堕ちるわけねぇもんな?)
「良かった……」
(ちゃんと思い出したぞ、お前の事……)
安らかな死に顔は、それ相応の場所へ向かったのだと信じられる。
せめて、冥福を。
目頭に滲む涙を服の裾で拭い、斡真は結乃に手を差し伸べる。
「そいじゃ行くぞ、チビ!」
何処か懐かしい響きに、結乃は頬を赤らめて笑う。
「はい、斡真サン!」
さぁ。奇跡を生きよう。
了
ヤツガレの所望。 坂戸樹水 @Kimi-Sakato
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