第30話

「オイ、誰か……」


(皆、死んでるのか……? ―― あぁ、そうだろうよ、、

 あっちこっちおかしな方向に体がネジくれて、それでも生きてるって方が残酷だろ……)


 足を止める。


(あ……最新の電子パット。めちゃくちゃ高ぇんだよな、コレ……

 多分、このオッサンのだろうな……)


「あの、すいませ……うあッ!!」


 片腕が無い。

脱線の衝撃で失ってしまったのだろうと察すれば、忽ち吐き気に襲われる。

両手で口を覆い、喉の奥から込み上げて来る酸と格闘。

暫く後に吐き気が収まれば、もう生存者を探す気力も湧かない。


(何処もかしこも死体、死体、死体……)


「ふざけ……ポンコツ、走らせやがってッ、、」


 視界の端に見えるうつ伏せた女子高生の姿。

手にはカラーリップを握ったまま息絶えている。

助けを求める様に伸ばされた手が遣る瀬無い。


(あぁ、女子高生……こんなガキまで死んじまいやがるのかよ……)


「俺だけなのかよ、生きてんのはぁ、、何で……ふざけんなよ!!」


 この叫びに応える様に、グラッ……と座席の人影が動く。

生存者か、期待を胸に振り返れば、まるで眠るように腰かけた青年の姿。

足を怪我している様だ。墨を塗った様に黒ずんでいる。



「生きて ――」



 手を伸ばし、触れてみれば既に冷たくなっている。息は無い。



「小奇麗なツラした兄チャ……、、アレ……?」



 何故か、堰を切った様に涙が溢れ出す。


「何で、俺、、」


(何で、泣いてんだ?)


「何で、死んでんだよ、お前……」


(見ず知らずの相手なのに、何でこんなに、悲しいんだ……)


「どうして、生きてねんだよ、お前……」


 穏やかな死に顔。この死の姿に、身悶える程の悲しみが迫る。


「うわぁあぁあぁ!! あぁあぁ!! ッッ、うあぁあぁ……」


(母サンが死んで、兄貴が死んで、何度、何度、大事な人の死を見送ればイイ……

 優しいヤツばっかり先に逝って、俺みたいな出来損ないが生き残って……)


「クソ、クソ、クソ!! こんな理不尽な事があってイイのかよ!!

 返せ! 返せ! 返せ! 返せよぉ!!」


 泣き叫ぶ間に間、僅かに聞こえる呻き声。



「―― う、あ……ぁ……」


「!?」



 生存者だ。

何処かに生存者がいる確信に、蹲って泣き腫らした顔を上げ、大きく息を飲む。


「ぃ、生きてるのか!?」

「た、す……け……」

「何処だ!!」


 女のものと思われる声は、そう遠く無い距離から聞こえて来る。

床を這い蹲って声の主を探し、潰れたケーキの箱を見つけた所で発見。

丁度、ヘシ折れた降車扉が支えになって大事を逃れたのだろう。

見た所、傷を負っている様子も無さそうだ。


「ち、中学生かッ? オイ、大丈夫か! しっかりしろ!!」

「ゆ、き、と……」

「あぁ!? 俺は斡真だ!」


 誰と間違えているのか知れないが、斡真が強く名乗れば少女の目が開く。


「あ、つ、ま……?」

「呼びつけか……いや、まイっか。お前、意識は? 怪我はっ?」

「ぁ、あぁ……ゎ、分かりま、せん……でも、多分、大丈夫です……」

「そっか。名前は?」

「羅川、結乃……」

「結乃……お前、スマホ持ってっか?」

「えっと、カバン……」


 車内は乱雑。何が何やら分からない。手荷物は諦めた方が良さそうだ。


「俺もスマホ落としたみたいでな……

 クソっ、電話さえ使えりゃ外の状況が確認できんのにッ、」


 思い通りにならない苛立ちに当て所なく周囲を見回せば、結乃が指を指す。


「あの、ズボン……後ろのポケットに入ってるみたいですけど……」

「あぁ!?」


 ボトムのポケットに携帯電話を突っ込む習性は無いのだが、言われた通り手を回せば棚から牡丹餅。然し、そのフォルムは斡真の持ち物とは異なる。


「俺んじゃねぇけど、誰んだ?」


 考えた所で仕方が無い。これも強運の1つと思って笑納するとしよう。

斡真は携帯電話が機能する事を確認し、手っ取り早く警察に電話をかける。

あれこれの遣り取りは20分に及んだだろうか、一通り1両目の状況を説明すれば、救援の時間も短縮されるだろう。後はプロの助けを待つばかりだ。

斡真は結乃を降車扉の隙間から引っ張り出すと、なるべく惨状の見えずらい最前列へと移動する。


(他の車両は全滅なのか? 生き残ったのは俺達2人だけか?

 オイ、だったら どうすんだよ……素直に喜べねぇよ、何だよ、この罪悪感は……)


 多くの命が奪われた中での数少ない生存者。

それは日頃の行いや強運の言葉で片付けるべきものでは無い。

奇跡の喜びなぞ、失われた悲しみの嵩を知れば忽ち薄れてしまう。


 救出される前から罪悪感に項垂れる斡真の傍らで、結乃も言葉無く膝を抱えている。

同じ様な事を考えているのかも知れない。


(出来損ないの三流大学生と、パッとしねぇ暗い中学生女児……

 ハリウッド映画なら、製作中止のレベルだ、)


「ま。その内に助けが来っから、疲れたなら寝ててもイイぞ。何かありゃ起こすから、」

「ありがとうございます……」

「どっか、イテェとこあったら言えよ? 救急隊が来たら説明しなきゃなんねぇし、」

「痛い……」

「何処?」

「取り残されて……痛い……」

「―― 何、言ってんだよ……?」

「どうして……生き残っちゃったんだろう……、」


 やはり。やはりだ。生き残る事の重大性に、結乃も気づいている。

それは同時に、失われた命の尊さを痛感しているからだろう。

目の前に広がる多くの死が、生き残った事の意味を問いかけて来るのだ。

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