第9話
錆のザラつきは感じるも、どんな鈍らにしろ今なら大歓迎だ。
斡真は柄を握り、剣を振り上げる。片手で振り回すには重い代物だが、充分な破壊力。
一振りで黄泉醜女の一塊が弾け飛ぶ。
〈ぎゃぁあぁあぁ!!〉
身が軽くなれば飲み込まれた半身を取り戻すのは容易い。
力任せに左肩を引っ張り出し、顔にへばりついていた蛆を払い飛ばす。
(何だこれ、スゲェ刀だな!? 錆びてるとは思えねぇ!)
「ハッ、ハァ、ハァハァッ!!」
「斡真サン、大丈夫ですか!?」
「全然 大丈夫じゃねぇ! 余りのグロさにメンタル傷つきまくりだ!」
襲いかかる異形達を剣を振り回して追いやるも、後から後から湧いて来る。
斡真は剣の刃先で周囲を牽制しながら、もう一方の手を伸ばす。
「チビ、捕まれ!」
「は、はい!」
結乃は今度こそ斡真の手を掴む。
片手で結乃を引き出せるとは思えないが、異形に2度も押し倒されては堪らない。
結乃も体をくねらせながら必死に踠く。
そして、体の半分ばかりが表に出れば、牛や馬が生れ落ちる様にズルリ……と滑り落ちる。
「走れるか!?」
「ッ、頑張ります、」
「良し! じゃぁ行け!」
斡真が道を切り開き、結乃は両手で空を掻く様に走る。
だが、1両目の灯りは容赦なく遠のく。
どうあっても、ここから2人を逃がす訳にはいかない、そんな黄泉の執念だ。
〈何者であろうと、我々を辱めた罰からは逃れられぬ……〉
禍々しい怨言が空間に響く。まるで呪いだ。
こんな妄執から逃れられる気もしないから、結乃は嗚咽を零す。
「うぅぅ、……駄目、追いつかないっ、」
「泣く体力あるなら走る事に集中しろ!」
「ハァ、ハァ……ぁ、斡真サンだけでも……」
「フザケんな! 何の為に戻って来たと思ってんだ! 意味ねぇだろ!」
「でも、私、追いつけないっ、私なんか置いて……」
「ッ、」
前に走っていても後ろ向きな結乃の言葉に、斡真は奥歯を噛み鳴らす。
それと共に、小金井に浴びせられた言葉も思い出すのだ。
『まさかキミら、女の子をこんな暗い中に置いて来たんじゃないだろうな!?
どうゆう神経してるんだ!』
(あのオッサンに言われて、俺は自分の相変わらずな ご都合主義に気づかされた。
チビが震える程 怖がってたのは気づいてたのに、どうせ それもヤラセだろぉって、
俺は自分の事ばかりで、振り返りもしなかったんだから……)
結乃は斡真の裾に手を伸ばしている。
それをも振り払って逃げたと思うと、自分が情けなくて堪らない。
「俺に縋ったのは お前の方だろ!
ビビッて泣いてたクセに、今更つまんねぇ事気にしてんじゃねぇよ!!
前向いて走ってりゃ いつか追いつくんだよ!
之登ってヤツに会って言う事があんだろが! 勝手に諦めてんじゃねぇ!!」
「!」
結乃の遺言じみた言葉を斡真は聞いていたのだ。
こうして言い返されては、諦める事は許されない。
結乃は下唇を噛み、今に消えそうな灯りを見つめ、前へ前へと足を運ばせる。
その決死の思いが、徐々に灯りを引き寄せるのだ。
「斡真! 結乃チャン!」
1両目から伸ばされる由嗣の手が結乃の腕を掴む。
結乃を引っ張り込み、抱きかかえる様に横転。その上に、斡真が転がり込む。
2人が無事に生還するとは思いもしない薫子と小金井は、驚きを隠せずに硬直。
「ぉ、重いぃ、、」
斡真と結乃の下敷きにされ、由嗣はくぐもった声を上げるも表情は晴れやかだ。
「つか、マジに戻って来られっとは……俺、強運っ、」
「ゎ、私も、強運、」
全力疾走に体力は完全燃焼。
2人は起き上がれず、そのままゴロリと寝転がる。
由嗣は斡真の肩をポンポンと叩く事で労いの言葉に換えると、次には首を傾げる。
「斡真、それは?」
「あ?」
斡真の手に握られる茶色く錆びた剣らしき物を、薫子と小金井も遠巻きに覗き込む。
「拾った」
「向こうでか!?」
「ああ。何か良く分からんけど、落ちてたから拾った。スゲェ役ん立ったっつの」
照明の下で見れば、激しい刃零れ。
切れ味は期待できない代物に見えるが、こんな場違いな物が あの闇空間に落ちていたとは驚きだ。薫子は手を叩き、声を上げる。
「もしかして、それじゃないですかぁ!? あの人が欲しがってた物!?」
国生が所望した黒御鬘。
そう噂をしてやれば、間を置くでも無く国生が現れる。
「まさか危険と承知で黄泉へと舞い戻るとは、底の知れぬ男よ、高槻斡真」
「国生!」
霧の様に消えた筈の国生が再び車内に姿を現せば、一同は驚愕に言葉を失う。
国生は斡真の手に握られた剣を見やり、小さく息を吸う。
「それは、
黒御鬘では無い。一同の肩は自然と落ちる。
斡真は床を滑らせる様に、国生へ向けて剣を放る。
「的ハズレだって わざわざ笑いに来たか、フザケたヤローだッ、」
国生は足の爪先にぶつかって止まる剣を懐かしむ様に拾い上げる。
「ヤツガレの剣だ。遥か昔、出会った人間に貸し与えた」
「そぉかよ。そいじゃ、あれが その人間だったんだろな」
「高槻斡真、あの者に逢ったのか?」
「死んでんのを見かけただけだ」
斡真が言い捨てれば、国生は目を伏せる。
2両目の様子を一切知らない小金井は、斡真の物騒な言葉に
「し、死んでた!? 死体を見たって事か!?」
「ああ、そうだよ。あ~もぉ、今更それっぽっちじゃ驚かねぇ神経になっちまったよぉ」
相手にして来たのは無数のリビングデッド。
死体として素直に留まった あの男には感謝して止まない。
却って、
「テメェ、俺達の前にも結構な数の人間をあっちに派遣してやがっただろ?
お陰で 半ナマ死体がわんさか湧いて来たっつの」
「無事、生還したのは お主らくらいなもの。人間とは、まっこと奇なり」
「奇っつぅのはテメェみてぇなのを言うんだよ!
大体な、こんなゲーム、クリア出来るヤツぁいねぇぞ!
諦めて俺達を解放しろ!つか、そうして下サイ!!」
怒りながら頭を下げる斡真の混乱を余所に、国生が手を上げれば、
開いていた貫通扉がバタン! と閉まる。
「丁度、60分が経過した」
時間が経てばこうして容赦なく扉が閉ざされていた事を知れば、遅ればせながら背筋が凍る。
小金井は恐る恐る閉まった貫通扉の窓を覗き込み、2両目を見やる。
「ん??
何だ、キミらがあんまりにも怯えるもんだから、一体どうなっているのかと思えば、
何て事ないじゃないか」
聞き捨てなら無い言い。
斡真は勇んで立ち上がり、小金井を押し退けて2両目を覗き込む。
「は!? そ、そんな……何だよ、これ!?」
2両目は照明を取り戻し、貫通扉のドアノブを捻れば今度は難なく開いてしまう。
何度 見返そうと、あの暗闇で見た醜悪なモノは1つとして存在しないから、狐に摘まれた気分だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます