第8話
「ヒ、ヒィッ、嫌だッ、助けてッ、誰か!!」
鎖骨までが沈み込めば、何れは頭の天辺まで飲み下されると認識させられる。
そうなってはまず助からないだろう。
アテも無い助けを呼びながら、結乃は体に残る感覚のみで踠く。
まだ塗り固められてはいない。
動けばグチョグチョと音を立てるから、無理矢理に片腕を引っ張り出す。
ぬちゃぁ……
「うぅぅ……」
天井の質感は 脂肪分の多い肉の固まりの様だ。
抜け出た左腕は、しっとりと湿っぽい。
同様に右腕も引っ張り出す事に成功すれば、気味悪がってはいられない。
飲み込まれる前に体を掻き出そう。
グチャ、グチャ、グチャ、
ブチッ、、グチャ、
指先に絡まる蔓や蔦も相俟って、触り心地が悪すぎる。
心中で神頼みを繰り返しながら、泳ぐ様に天井を掻く。
「家、早く帰らなきゃ……
お姉チャン、ケーキ買って来てあげるって、
之登が学校から戻るまでにって、約束したのに、何でこんな目に……
うぅぅ、やっぱり外に出なきゃ良かった……
私なんか、ずっと部屋に閉じ籠もってれば良かった……
こんなんじゃ間に合わない、祝ってあげられない……何で、何でぇ……」
頭に浮かぶのは中学生の弟。
引き篭もりな結乃を献身的に支える出来の良さには毎度 感謝して止まない姉として、
誕生日ぐらいは祝ってやりたかったからこそ、勇気を持って外出したにも関わらず、この始末。
「オナカ、空いた……喉、渇いた……」
呑気な言い草だが、猛烈な空腹感と乾きに襲われるのだから仕方が無い。
まるで、天井に体のエネルギーを吸い取られるかの様だ。
結乃は体を掘り返すのを止め、手は食べ物を求める様に左右に動く。
そして、蔓から ぶら下がった果実に指が触れる。
「ぶ、どぉ?」
葡萄。
こんな所に食べられる物があるとは思えないが、丸い粒が鈴なりに実った、見た目は葡萄。
その1粒を摘み取る。これを食べれば、少しは飢えを凌げるだろう。
然し、口に運ぼうとすれば、それを凝視する黄泉醜女達からの視線に食欲が躊躇われる。
「こ、こんな所の物を食べたら絶対 病気になる……でも、、」
葛藤。
決めかねる結乃は息を上げ、だらりと手を投げ出す。
今は葡萄を食べないにしろ手放さずにいるのは、抑えられない食い気ゆえ。
こうして戦意を喪失している間に、掻き出した分の体がもう1度 飲み込まれて行く。
「戻らなきゃ、良かった……」
四つん這いになった薫子を助けに戻らなければ、こんな事にはならなかった。
結乃を突き飛ばして逃げ果せた薫子の行動は、恐れがあったとは言え、まるで生贄を与え、逃亡時間を稼ごうとでもするかのよう。まさに、恩を仇で返されたと言う訳だ。
「いっつも そう……」
いつも。
「皆、自分の事ばかり……人が どうなったって構わない……
いつも私はそうされて、もう懲りていたのに……馬鹿みたい、、」
結乃の日常は身勝手な他人が包囲している。丁度、今の現状と変わらない。
結乃はいつでも身動きが取れず、ただ成される儘の生贄生活。
「之登だけだったのに……だから、ちゃんと言いたかった……いつも ありがとうって……」
意識が遠のく。せめて、最期くらいは唯一の味方であった弟を思っていたい。
「ゆき、と……」
「俺は斡真だ!」
「!?」
意識が引き戻される。パッと目を見開けば、眼下に見える斡真の姿。
結乃は大きく息を吸う。
「ど、どうして……?」
「はぁ!? 助けに着てやったんだろが! つか、何々だテメェは!?
天井から生えてんのか!? もう人間じゃねぇなら、俺はこのまま帰るぞ!」
「に、人間ですっ、人間です!」
結乃が両手を伸ばせば、斡真の大きな手が力強く手首を掴む。
人の温かみに、結乃の目からは涙が零れる。
然し、異形等は斡真が結乃を引っ張り出す間を与えない。
凶暴性を高め、斡真に襲いかかる。
「うあぁあッ、」
「ぁ、斡真サン!!」
雪崩の如く襲いかかる異形に、繋がれた2人の手は解かれ、斡真は押し倒される。
「やめて! やめて! やめてぇ!!」
斡真に覆い被さる異形の重量は増すばかり。
結乃がどれだけ手を伸ばそうと、斡真を助ける事は出来ない。
(クソ重ッ、臭ッ、フザケんなって、……オイ! 俺の体、埋まってってねぇか!?)
メリメリと左肩から埋まって行く。
(の、飲み込まれてる!?)
この現象に、漸く理解が追い着く。
これは完全なるノンフィクションであり、空間そのものが生きていると言う事。
そして、空間の一部にすっかり収まれば、次に現れた人間を四方八方から監視し、
襲いかかる異形に変化すると言う事。
『黄泉に囚われれば、浄土へ向かうは適わぬ事』
「国生めッ、、」
『では、ご冥福を』
「じょ、ッ、だんじゃ、ねぇ!!」
冗談でも願い下げ。斡真は残った右腕1本で異形達を押し返す。
然し、それも僅かな隙間を作るばかり。
その隙間を潰す様に、新たな黄泉醜女の顔が突き出される。
ゴチン! と、斡真と黄泉醜女の額がぶつかれば、双方の顔は目と鼻の先。
「イッ、テッ、うぅぅ!!」
半ナマ死体の顔面が鼻先スレスレ。声を引き攣らせずにはいられない。
(フザケンな、フザケンな、フザケンなぁ!!)
黄泉醜女はガコン……と顎を外して口を開ける。
口内から這い上がって来るのは、蛆の集団だ。
斡真の口に入り込めよと、ワラワラと吐き出す。
「うぅぅッ、うう!!」
頭を振り、唸るばかりの抵抗の中、国生の言葉を思い出す。
『捕まれば、黄泉の物を屠らされる。黄泉の物を口にすれば時機にああなる』
(何で こんなヒデェ
ここじゃ蛆も食いモンですか! 人間である以上ゼッテェ食えねぇよ、こんなモン!!)
口を真一文字に結び、訳も分からずジタバタと暴れさせながら右手を伸ばす。
すると、指先に硬い感触。柄の様な、棒の様な質感に斡真は首を捻る。
(え? 刀……?)
この暗闇ではシルエットを掴むばかりだが、刀と言うよりは剣の様な刃渡り。
視線を更に進ませれば、足を投げ出し、壁に寄りかかった姿で俯く男の姿。
壁に侵食され、
(俺達だけじゃ無かった……
以前にもここに送り込まれて来たヤツはいたんだ……これは そいつの持ち物か、)
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