第10話
「化け物は!? 動く壁は!? あれは全部 夢だったってのか!?」
「お主らが見事ヤツガレの所望を果したがゆえ、そこな黄泉を切り離す事に成功した」
「どうゆう事だ……その刀、お前の欲しがってたモンじゃねぇって……」
「ヤツガレの所望は、羅川結乃、お主の手の内にある」
「!?」
座り込んだ儘の結乃は、慌てて手を広げる。
そこには、葡萄の1粒。
「これ、持ったままだった……」
「それよ、それ。それこそが黒御鬘」
葡萄に黒御鬘と言う品目なぞあっただろうか、
然し、これこそが所望の品。国生の喜色は言い知れない。
結乃の掌から葡萄の1粒を摘み上げると、忽ち国生の手の内で髪を結う飾り紐に変化する。
「嘘!?」
「葡萄が、どうして……?」
「まじないが施された物は黄泉の世界では形を変える」
「そ、そんなん分かるかよ!?」
剣は剣の儘であったにも関わらず、葡萄が髪飾りに変化するとは誰も想像しないだろう。
斡真は頭を掻き毟って地団駄を踏むと、息を荒げて国生を睨む。
「テメェの話は何度聞いても解かる気がしねぇが、お望み通りゲームはクリアだ!
これで満足だろ! 約束通り、俺達を元の場所に帰せよ!」
「否」
喚き立てる斡真を素通る国生は貫通扉を跨ぎ、2両目へ。
そして、3両目に続く貫通扉を指差すのだ。
「ヤツガレの所望は、」
「まだあんのか!?」
落し物の多い男だ。
由嗣は駆け出し、2両目の貫通扉の先を覗き込む。
「さ、3両目、まだ停電してる……」
この先も、あの恐ろしい世界が広がっていると言う予測に由嗣は青褪める。
国生は黒御鬘を懐に仕舞うと、一同の顔色を窺いもせずに続ける。
「ヤツガレの所望は、
又も聞きなれない言葉だが、一同には言い逆らう気力も湧かない。
「制限時間は60分。
それ迄に湯津津間櫛を探し出し、ヤツガレに届けて頂きたい。宜しいか?」
「ま、待て。待て待て待て。ちと、タイム!」
この展開は、2つ目の所望も果さなければ地上に帰さないと言う事なのだろう。
帰る手段を持たない一同に拒む権利が無い事は好い加減 悟ったが、初戦で失った体力を回復させない事には、次に臨む事は出来ない。
「今更お前の言う事を疑いやしねぇが、連戦連勝できる程メンタル逞しくねぇぞ、俺は……」
これに同意する結乃は強く頷く。
すると、国生は顎に手を添え、目を細める。
「お主等らの余命は黄泉比良坂を上りきる迄の事。
ここを過ぎてはヤツガレの力は及ばぬぞ」
「こ、ここが何処なのか分からないままだが、ここを過ぎてしまったら、
どんなに我々が頑張っても、元いた場所へは戻して貰えなくなるって事か……?」
「小金井良男に相違無し」
「え? え? え? それじゃぁ、え~っと……
ヨミヒラサカってトコを上ったらゴールで、終わりってコトですよねぇ?」
「然様。列車は止まる」
「それって、いつ何ですかぁ?」
「置管薫子、それはヤツガレにも知れぬ事」
「いつ止まるか分かんなくても、どっち道、止まったら降ろして貰えるんですよねぇ?」
「須らく」
国生が頷けば、薫子は『それなら慌てる事は無いだろうに』と言う様に首を傾げる。
「何だぁ、だったら終点まで座って待ってればイイだけじゃないですかぁ。
降ろして貰ったトコから、皆で帰ればイイだけでぇ」
黄泉比良坂を上り切った所で自動的に電車は止まる。そこが終点。
そうなれば電車を降りなければならないが、出た先が相変わらずの暗闇だったら どうするつもりなのか、置かれている状況を理解していない薫子に、小金井は露骨に敬遠する。
「あのなぁキミ、今までの話をちゃんと聞いてたのかッ?
電車の外、見ただろッ? 真っ暗で、変な化け物みたいなのが沢山いたじゃないか!
あれが本物なら、外に出るのは危険で、明かりのある車内にいられた方が安全だとは
思わないのかッ?」
「ぁ、そっかぁ……でも、国生サンの頼みを聞くのだってぇ……
それに、アタシ、いつまでもこんなトコにいたくないですしぃ……」
「そんなの皆 同じだ! だから困ってるんだろうが!」
「あの、終点がどんな場所か、国生サンはご存知ですか?」
「夫々の生き様により、降りる駅や時は異なるが故、語り尽くせぬ事よ、中谷由嗣」
「えっ、全員一緒じゃなく、別々に降ろされるんですかっ?」
「然様。淡き光に包まれる者もおれば、黄泉に引き摺り込まれる者もおる。
奈落に堕ちる者も少なくは無い」
終点は夫々に用意されている。
ならば、人によっては今にこそ電車から ほっぽり出されるか知れない。
『嫌だ!』と抵抗しても国生の事だ、容赦なく追い出すだろうから、斡真は頭を抱える。
「一貫して、俺達は死んでるって設定な?
お前の言う事を疑うのも疲れるから取り敢えず信じてやるけど、
俺には死んだ記憶がねんだけどな? 覚えてるヤツいるか?」
斡真の問いに、一同は揃って頭を振る。
何せ、血も出てなければ痛くも無い。至って健康。
国生は自覚できずにいる一同を目送すると、小さく笑う。
「強い影響を受けて死んだ者の多くが、その瞬間を忘れてしまう。珍しい事では無い」
「知ってんなら教えてくれねぇかなぁ?」
「残念だが高槻斡真、それはヤツガレであっても許されぬ事。
なに、黄泉比良坂を上り切るには未だ猶予もありそうだ。
各々が如何な選択をするのか、今の内に協議するも一手。
支度が出来たなら声をかけるが良い。あの扉を開ける」
国生は2両目の中央座席に腰をかけ、静かに目を閉じる。
ああして国生が静観している間に体力を取り戻すしか無さそうだ。
「ここが何処だか分からねぇは、いつ外に追い出されるか知れねぇは、
何だか分かんねぇモンを拾って来いだとか、散々じゃねぇか……
こっちが死人だってなら、もぉちっと労われっつの……」
斡真は力ない声で呟くと、手荷物を預けていた1両目の座席に腰を落す。
背凭れに寄りかって足を投げ出す疲労困憊な様子に、由嗣は愁眉してならない。
「斡真、大丈夫か? 顔色が悪いぞ、横になった方が良い」
「大丈夫だって。何つぅか……あん中いっと、やたら体力とられるっつぅか……
まぁ、座ってりゃ時機に回復するって」
2人の遣り取りが耳に入るなり、薫子は そそくさと駆け寄って斡真の隣に腰を下ろす。
そして、身を寄せて不安げに声を曇らせるのだ。
「アタシ、その感じ何か分かるぅ。さっきだって、ホントにダメかと思いましたもん。
斡真サンと由嗣サンが引っ張ってくれなかったら、アタシ、
絶対に戻れなかったと思うんですよぉ? そぉ考えると……アタシぃ、
もぉ怖くてたまんないです!」
そう言い切った後に、薫子は結乃へと目を側み、表情を強張らせる。
手を差し伸べた結乃を突き飛ばして逃げ果せた自覚はあるのだろう、
疲弊して座り込んだ儘の結乃と目が合うも、薫子は礼も言わなければ謝罪も無しに視線を反らす。事の起こりを皆に知られていないなら、すっとぼけ様と言う魂胆だ。
これが薫子の処世術。
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