第14話

 一方、待機組の斡真は貫通扉の前に座り込み、ロープを確りと握って闇空間を見据える。

これと言って やれる事も無い結乃は、せめてもの思いで斡真の隣に膝を抱えて座る。


「チビ、椅子に座っとけ。ケツ痛くなんぞ」

「だ、大丈夫です、」


 こんな時に自分だけ座席で寛ぐ訳にはいかない。そんな謙虚さに斡真は笑う。


「なぁ、女って仲良く出来ねぇもんなのか?」

「ぇ?」

「なーんか あの女子高生、お前の事、目の仇にしてるみてぇだったから?」

「……、」


 敢えて口を挟みはしなかったが、結乃と薫子の不穏当な遣り取りには斡真も気づいてる。

結乃も薫子の態度や言い草を腹立たしく感じているのは事実で、事の成り行きに愚痴の1つでも零したいのは山々。

だが、そんな事を言っても信じて貰えるか分からない。

薫子の調子からして、猫なで声で斡真達を上手い事 丸め込みそうだ。

そんな不信感に結乃は口を噤む。


(男の俺が、女の社会を理解できるわきゃねぇか、)


「つか、さっきビックリしたわぁ」

「?」

「代わりに行くとか言いだした件。根性あんのな、お前」

「そ、そんな事、無いです……」

「ンな事あんだろ。

 ちっと前まではビビッて泣いてたヤツが それを言うかって。ハハハハ!」

「だ、だってっ、、帰るって、絶対に帰るって決めたから……、」



『前向いて走ってりゃ いつか追いつくんだよ!

 之登ってヤツに会って言う事があんだろが! 勝手に諦めてんじゃねぇ!』



「帰るなら行かなきゃって、行かなきゃ帰れないと思ったから……」


 あの時の斡真の励ましが、結乃の生きる事への執着を目覚めさせたのだ。

最愛の弟と再会するには、決して逃げてはならないのだと、今は強く感じている。

そんな結乃の確信ある言葉に、斡真はやはり笑う。


「何だそりゃ、メチャクチャ格好イイじゃねぇか。ハハハハ!」

「……ぁ、ありがとう、ございます、」

「つか、お前、年は?」

「17です……」

「高校生か!? 中坊かと思ってたわ!」


 顔容を隠す長い前髪もあって、華奢で小柄な結乃は実年齢よりも幼く見える。

肉づきの良い薫子と比べれば尚の事。


(分かっちゃいても、女のピンキリ具合はスゲぇなぁ。

 巨乳もいりゃぁ、コイツみてぇにモヤシみたいなのもいるんだから)


 結乃は抱え込んだ膝に顎を乗せ、小さく丸まる。



「高校には ―― 行ってないので……」



 だから、高校生に見えなくても仕方が無いと言いたいのだろう。

ポツリと呟く結乃の声色は酷く寂しそうだ。


「何で?」

「何でって……」

「働いてるワケじゃねんだろ?」

「……はぃ、」

「サボッてんのか?」

「……はぃ、」


 長い前髪に、パッとしない服装。

終始、肩を竦めた様子は、所謂、引き篭もりの類であろう想像に斡真は苦笑する。


「そっか。まぁ、三流大の俺にアドバイス出来る事なんて1つもねぇなぁ」

「……」

「つか、俺も似たようなもんだったしなぁ」

「ぇ?」


 結乃はパッと顔を上げる。


「学校、嫌いだったんですか?」


 どうやら結乃は学校が嫌いらしい。

察する所、コミュニケーション力は低そうだから、クラスに馴染めずにいるのだろう。

雖も、斡真は結乃と同じ方向にいた訳では無いから眉を困らせる。


「嫌いっつぅかぁ、まぁ、最悪なパターンの極悪ヤンキーっつか。

 学級崩壊上等みてぇな?」

「ぇ……」

「まぁ、学校がとかじゃねぇよ。何もかんも嫌いだったんだろぉな、あん時の俺」


 『あの時』と言うからには、今は違うのだろう。

確かに これ迄の言動の限りでは、斡真の気性の荒さは見て取れる。

思った事は口にし、相手構わず言い逆らう力を持っている。

5人の中で1番 度胸があるのも斡真だ。

それが培われたヤンキー根性だと言われれば、納得せざる負えない。

然し、助けられた結乃からすれば、斡真には包容力も感じている。


「変わったんですね?」

「うーん。まぁ、多少は?」

「どうしてですか?」

「うーん。―― 出来のイイ兄貴が、事故って死んだからかなぁ」

「!」


 結乃は息を飲む。

安易にも理由を聞いてしまった事の罪悪感に顔を伏せ、ギュッと目を閉じる。


「す、すみません……」

「何だよそれ、別にイイっつの」


(優しかったお袋が死んでからは、

 厳格な親父と出来損ないの俺との関係は、兄貴が取り持ってくれていた。

 親父は教員を目指す優秀な兄貴が自慢だった。勿論、俺も。

 だから、兄貴に『親子なんだから仲良くしろ』と言われてしまえば、それなりに……)


「兄貴が死んじまってから、親父がヤケに老け込みやがってさ。

 あぁ、こりゃ俺が何とかしなきゃならんなぁ、とか思わされたっつーか。

 まぁ、何流だろぉが大学くらいは出て、親父の機嫌くらいとってやろぉ的な?

 見事な打算だわぁ」



『斡真、お前は長生きしろよ……』



(親父が俺に望んだのは、それだけだったけどな、)



『お主らは浄土へ向かう死者なりて』



(国生にそう言われて初めて思った。まだ死ぬワケにゃいかねぇんだって……)


 老け込んだ父親の背中を思い出せば、何事も無い顔をして帰ってやりたい。

傍らで塞ぎ込む小さな頭を撫でてやれば、結乃は僅かに顔を上げる。

そして、噛み締める様に言うのだ。


「帰りましょう、絶対に」

「ああ、絶対に」


 そう励ましあう2人の背に目を側み、国生は穏やかに笑う。




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