第15話
苔むした壁を前に、由嗣は途方に暮れる。
腰に結んだロープの余りは無いから、丁度20メートル。
「行き止まりだ、」
1車両分の長さを探索した訳だが、国生が所望する湯津津間櫛らしき物は見つからない。
生臭い水に、体力と体温が奪われるばかりの結末。
「ょ、呼ぼう! まだ、時間はあるんだろっ?
待機してる2人にも探させよう! ロープ引っ張るぞ!」
「待ってください、小金井サン、もう少し、」
「時間制限があるんだぞ!? ムキになって探したって、無い物は無いんだ!」
そう言って、小金井は力強くロープを引っ張る。
この反動は20メートルを伝い、2両目に留まる斡真の手に届く。
「!」
ロープが引っ張られた感触に、斡真は颯爽と立ち上がる。
再確認に引き直せば、あちらからも引っ張り返される。
どうやら、湯津津間櫛は見つかっていないらしい。
斡真の険しい表情に状況を理解すると、結乃は貫通扉に1歩を踏み出す。
「チビ!」
斡真は慌てて結乃の腕を掴む。
2両目でのダメージは回復していないのだろう、結乃の手は冷たい。
「俺が行く。お前はここで待ってろ」
「大丈夫です、私、今度も絶対見つけて来ますからっ」
「そう何度もお前に花持たせてたまるかっつの。今度は俺が見っけてやるよ」
「でもっ、」
「由嗣と約束しちまったし、どっち道だわ」
斡真は手に巻きつけていたロープを結乃に握らせ、国生を見やる。
「あと何分だ?」
「30分程」
「よし。チビ、念の為。念の為だ。
お前の力じゃ逆に こん中に引っ張り込まれちまうかも知れねぇ。
ヤバくなったらロープを放せ」
「え!?」
「国生、アンタに言っても無駄かも知んねぇけど、
最後の生き残りに多少の便宜は図ってやれよ?
例えばぁ、終点まで笑い話の1つくらいはしてやるとか」
「吝かでは無い」
「うは! マジか! ちと聞きてぇなぁ、アンタの漫談!」
湯津津間櫛を手に入れられなければ、地上に戻る事は出来ない。
このまま終点まで電車に揺られるばかりだ。
結乃はフルフルと唇を震わせ、斡真を見上げる。
「だ、駄目だったら呼んでください! 私、アテにされるの、待ってますから!」
「ハハ! お前、カッケェなぁ!」
笑いながら、斡真は3両目の闇に消えて行く。
「斡真サン……」
結乃はロープを握る手を硬くする。
決して離すまいとするその姿に、国生は言い零す。
「人間とは、奇なるもの」
結乃は国生を振り返る。
「まるで、自分は人ではないみたいな言い方……」
「言わずもがな」
言う迄も無い。
目を閉ざした国生の穏やかな横顔は人間の一線を越えた静寂の表れに、結乃は実感する。
「人では無い……?」
「うむ。ヤツガレは変わらぬ。何一つ。故に、人間に無し」
「……」
「もう長い事、ヤツガレはヤツガレの儘だ。
お主らのように移ろいもせぬ。故に、お主らが些か羨ましくもある」
国生は不変。事象は国生に影響を齎さない。
そう断言する国生に、結乃は小さく頭を振る。
「そんな事ない。きっと、移ろってる……国生サンは」
「――」
国生は目を開け、結乃を流し見る。
*
苔むした天井から滴る結露は水面に波紋を作る。
「さ、む!!」
水温は20度以下。長く浸かっていては体が冷えてしまうだろう。
行き止まりで由嗣達を待たせるのも憚れる。
斡真は引かれたロープを伝いながら、焦燥のまま水底を浚う。
「うあ~~……キモ!! つか、泥! 何かアレだわッ、ラードだわ!」
油っぽさのある泥の手触りに、やはり自分が来て正解だったと強く思う斡真だ。
「つか、難易度上がってっし……」
携帯電話のライトを水面に向けるも、灯りは飲み込まれ、水中を映す事は無い。
(暗くて水の中が見えない……
いや、明るくたってこんなドブ水に見通し何かありゃしねぇ。見つける所か……
見つかったとして、身動きも取りにくい この足場でどうやって逃げ切りゃイイ?)
「由嗣! いるか!? オイ! 俺の声、聞こえるか!?」
……
……
返答は無い。
きっと由嗣も斡真を呼んでいるに違いないが、20メートルばかり離れているだけだと言うのに、声が聞こえないと言うのも不気味な事だ。
この暗闇に遮られているのだと思えば、漂う空気すら異形に感じられる。
(頑張りますけども、
3人がかりで探して見つからなかったモンを、俺なら見つけられるとは思えねんだけどな?)
ザバザバと水をかく。
(クロミカズラは葡萄だった。今度は何に化けてやがるのか、共通点はねぇのか?
そもそも、こんな空間に食い物が生息してるってのがどーかしてんだろうよ、)
「どーかしてる。全てがどーかしてっから、今更どーでもイイっつぅ……」
(あぁ、食いモンの事 考えたら急激に腹減ったし、喉乾いたしよぉ……
やっぱ体力の消費ハンパねぇ、目ぇ回る。ホント、目ぇ……)
「立ち、くら、み、……」
強力な重力が体に圧し掛かる。
斡真の膝はガクリと抜け、そのままうつ伏せに倒れる。
(ヤベぇ……力出ねぇ……つか、使い切った……)
水面に顔面が浸かっているのは感覚で分かるが、体を起こす力が湧かない。
(息、出来ねんですけど……水位10センチありゃ余裕で溺死するって、ホントだな……
いや、待て。クシ、クシだよ。それをお持ち帰りするんだろぉが……
こんな生臭ぇトコでウッカリ死んでられるかよ、起きろ、俺……
そんなに寝たけりゃ家に帰ってから起きるまで寝りゃぁイイだろ、が……)
……
……
国生は目を伏せる。
「力尽きたか」
「ぇ?」
結乃は国生に向き直る。
「何です? それ、どうゆう意味ですか……?」
国生は懐中時計に目を落とす。制限時間の60分迄は残り20分。
「やはり、黄泉の消耗には堪えられぬよのぉ、高槻斡真」
「ぁ、斡真サン、斡真サンがどうしたんですか!? 何かあったんですか!?」
国生は立ち上がり、3両目の闇を見つめる。
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