第13話 3両目。

 国生は手を上げる。

2両目と同様、誰が手を触れるでも無く3両目に続く貫通扉が開かれる。


「ヤツガレがその扉を開けておけるのは60分」

「それまでに戻れなかったら?」

「扉を閉ざす。でなくば黄泉の者の侵入を許す事となる。

 次に開ける事が許されるのは、千年後になろうぞ」

「聞いたか、由嗣。千年は缶詰だってよ。

 時間が近づいたら力ずくで引っ張り戻すからな」

「た、頼んだよ、」

「60分以内に湯津津間櫛を探し出し、ヤツガレに届けて頂きたい。宜しいか?」


 電車の揺れに合わせて扉がスライドすれば、墨汁を零したかの様な闇が広がる。

由嗣はゴクリと固唾を飲んで頷く。


「……皆サン、行きましょう」


 何度も深呼吸を繰り返しながら、由嗣は恐る恐る3両目に片足を突っ込む。



  ピシャン……



「ん!? み、水!?」

「何だって!?」

「で、でも、深さは……えっと、あぁ、膝くらいかな?」

「オイ! そんなんでどうやって探すんだ!? 潜ってでも探せって言うのか!?」

「そ、それは自己判断で……」


 由嗣は諦観と覚悟を胸に前進。3両目の闇に消えて行く。

小金井は『こんな事なら2両目で見栄を張っておけば良かった』と言いたげに由嗣の後に続く。

最後尾の薫子は斡真を振り返り、助けを求める様な視線を送る。

2両目に引き続き3両目にも駆り出される上、フィールドが水場ともなれば嫌気も差す。


「どうした?」

「あの、その、えっとぉ……」


 『代わってくれ』とは言い難い。

出来れば察して欲しいでいる薫子の半泣き顔に、斡真は溜息をつく様に頷く。


「分かった、俺が行く」


 その言葉に薫子がパッと表情を明るくすれば、結乃が素早く1歩を踏み出す。



「私が行きます」



 結乃のまさかの自己申告に斡真は瞠若。薫子は嫌悪に眉を顰める。


「な、何でよ……?」

「チビ、イイからお前は少し休んどけ」

「皆サンには迷惑をかけてしまいました。

 それに、万一の事を考えたら、斡真サンが残ってくれた方が良いと思うんです……」


 理由は何であれ、結乃は2両目を逃げ遅れ、一同に気を揉ませている。

ここで休んでは厚かましいとすら思うのだ。

加えて、斡真はたった1人きりであっても闇空間に飛び込む勇気を持っている。

保険をかけるなら、結乃より斡真に軍配が上がるのは目に見える。


 そんな結乃の思量に斡真は言葉を失うが、薫子は良い気がしない。

結乃の行為は斡真に好かれる為の得点稼ぎにしか見えないから、口をへの字に曲げて言う。


「イイですぅ! アタシが行きますからぁ!」

「でも、」

「ハイハイ、お気遣いアリガトウゴザイマスぅ!」

「……、」


 感謝されこそすれ嫌われる覚えもないのだが、押し問答するのも不毛。

結乃は素直に引き下がる。


「分かりました。それじゃ、気をつけて」


 せめて労いの言葉をかけると、薫子は結乃の耳に口を近づけ、ボソリと言う。


「イイ女ぶって そんなコト言ったって、アタシは信用しませんからぁ」


 結乃を嘲笑する薫子の言い草。

本来なら、2両目で突き飛ばされた事を憤慨しているだろうに、

文句を言うでも無い結乃の しおらしい態度が却って薫子には癪に障るのだ。

付け加えて言えば、女としての価値を競わずにはいられない。

薫子の目にかかれば どんな良心も得点稼ぎにしか見えない事に、結乃は落胆し、目を細める。



「解かった。それじゃ、次は助けない」


「!」



 まさか、そんな言葉を返されるとは思いもしない。

長い前髪に隠された先にはどんな睥睨が浮かんでいるのか、見るも適わない不気味さ。

薫子は息を飲み込むと、結乃から逃れる様に3両目に飛び込む。


「オイ! 遅いぞ! 何やってるんだ、キミはぁ!」


 浸水した足場にボチャ! と踏み込めば、早速と小金井に口煩い事を言われる。


「ちょっと準備してただけですぅ!」

「そんなもん先に済ませておけ! どれだけ時間があったと思ってるんだ!」

「まぁまぁ小金井サン、今は探す事に専念しましょう」


 壁は苔むし、左右に見られる低木の枝が水面から突き出した人骨の様だ。

由嗣は両手で水の底を撫でる様に探索。

然し、指先に泥や水草が引っかかるばかりで それらしい物は見つからない。

そんな気色の悪い事は出来ない小金井は両手は確りとロープを掴み、足を伸ばして水底を弄る。


「く、臭い水だなッ、いきなり深くなったりしないだろうな!?」

「そうなれば、僕が真っ先に沈むだけですから」

「み、水でロープが解けたりはしないだろうな!?」

「水に濡れた分、却って結びがキツくなると思うんで、心配ないと思いますよ?」

「オイ、後ろの子! ちゃんと探してるか!?」

「探してますぅ!」


 薫子も虫の居所が悪い。探していると言いながら、暗闇の中を見回すばかりだ。

背中に2人分の苛立ちを背負わなくてはならない由嗣が1番のハズレ籤。


 10メートル程進んだだろうか、電車の中央部辺りに差しかかるも、これと言った発見は無い。

『丹念に探したつもりだけど……』と言いたげに由嗣は首を傾げる。

背後からは2人の溜息が連投される。


「本当に不気味な所だな……

 壁には海虫も這ってるし、水の中も実際どうなってるんだか……」

「ゃ、やめてくださいよ、小金井サン、僕、何も考えないようにしてるんですから、」

「あのぉ、クシがどんな形になってるかって、国生サンには分からないんでしょぉかぁ?」

「見ないと分からないって言っていたよ?」

「ハァ……何々だ、あの男は本当に! 人を使うばっかりで自分は何もしやしない!」

「自分ではどうにも出来ないから人に頼んでるんでしょうね」

「人に物を頼む態度じゃないって言ってるんだ、俺は!」

「あ~も~、ヤダ~、どんな形なんだろぉ……」


 薫子と小金井は不満を吐露するばかりだ。

闇空間にエネルギーを吸収されている事もあってか、捜索の集中力すら欠いている。

この儘では勝手な行動を取られかねない。由嗣は立ち止まり、考え込む。


「オイ、どうたんだ? 何か見つけたのか?」

「いえ。闇雲に探しても疲れるだけかも知れないなぁ、と」

「何だ、そんな解かり切った事を今更!」

「2両目の黒御鬘は葡萄でしたが、それには少し心当たりがあるかもと……」

「心当たりって何だ!?」

「以前に読んだ日本神話の記述にあったような……」

「―― く、下らない!! もっと現実的な話をしろよ、キミも!」

「でも、小金井サン、国生サンはここを『ヨミヒラサカ』と言っていました。

 それは日本神話、古事記にあった黄泉比良坂なのかも、と。違うでしょうか?」

「そんな事知るか! どうでも良いから先に進め! でなけりゃキミを置いて戻るぞ!」


 実際にあったかも分からない神話を思い返せる程、小金井は博学でも無ければ信心深くも無い。頭ごなしに由嗣の思考を跳ね除け、先を急がせる。




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