第12話

「僕としては、斡真と結乃チャンは置いていきたいんですけど、どうですか?」

「あぁ? なに言ってんだよ、由嗣」

「全員で行くより待機する人がいた方が良い。それは僕も賛成だよ。

 言いたくないけど ―― 無事に戻れるとは限らないから、」


 2両目は、それこそビギナーズラックだったか知れない。

異常の一片を垣間見ただけか知れない。

3両目も同じであるとは限らない以上、無事に湯津津間櫛を探し出せるのか、走って逃げ切れるかも分からない。経験者の戦歴なぞ成功の確約になりはしないのだ。


「体力が尽きればアウト。それは絶対だと思う。

 ケーキ1つでスタミナが取り戻せるとは思えない。斡真と結乃チャンは待機すべきだと思う」

「ゎ、我々だけで行こうって言うのか……?」


 小金井は由嗣と薫子を見やる。どうにも頼りないチーム編成だ。

口は悪くても、威勢の良い斡真がアテになる様な気がする。

あれこれ言ってはみても、小金井なりに斡真を評価している様だ。

由嗣は話を続ける。


「2両目と性質が同じだと仮定しての考えですけど、

 あの中に入ってしまえば、目視できるのは2メートルも無い距離です。

 その間隔を保ちながら、1列になって進むのはどうでしょう?

 なるべく、見落としが無いようにしたいから」


 行ったり着たりを繰り返す事は出来ない。

見つけにくい物を見つけなくてはならない点も併せれば、何度でも確認できる目をとっておきたい。団子になって歩くのは賢明では無いと言う事だ。


「斡真、結乃チャンを助けに行った時、僕の声は聞こえていたか?

 ずっと声をかけていたんだけど」

「いや、何も聞こえなかった」

「そっか。それじゃ、外は中の、中は外の声や音が聞こえないようになっているのかも。

 だったら、シートを剥いでロープを作って、1人に括りつけるってのはどうだろ?

 それを引っ張る事で、中と外で合図が送れると思うんだけど」

「ロープと言っても、どれくらいの長さが必要だッ? 見当もつかないぞッ、」

「一先ず、1車両分を考えましょう。行きの距離は その程度だったと思います。

 それらしい物が見つかったらロープを引いて2両目の斡真に合図を送る。

 そうしたら、僕達が無事に帰れるようにロープを引き戻してくれ。

 ここの灯りを見失う心配も無くなると思う」

「ど、どうせなら、全員分のロープを作った方が良くないかッ?」

「駄目ですよ、小金井サン。

 そんな事したら、いざって時にお互いのロープが絡まってしまうかも知れない」


 退路が成長する事も考慮すれば、ロープは命綱にもなる。

然し、提案通りに遂行できるかが問題だ。小金井は脂汗をかく。


「じ、じゃぁ、見つからなかったら どうするんだ!?」

「うーん……そうしたら、そう合図を送る事にしましょうか。

 往復するのは危険だから、斡真と結乃チャンには悪いけど、探しに出て貰う事になる。

 斡真達がユツツマグシを見つけるまで、僕達は行き止まりで待機するような感じで」


 見つける迄は戻るべきでは無い。

それ等を一貫する為にも、向かう行為を繰り返す事。


「そ、それでも見つからなかったら どうする……?」

「ダッシュで戻るしかないと思います」

「そんな計画性の無い方法、誰が賛成するんだ!」

「俺は由嗣の案に乗っかるぜ?」


 斡真は鞄の中からペンケースを取り出し、文房具のカッターを手に取る。

これでシートを剥ごうと言う魂胆だ。

ならば、薫子も遅れを取ってはならない。素早く学校鞄を取りに戻る。

何にせよ、無事に元の世界に生還するには国生の所望を見つけ出さなくてはならないのだから、今できる限りの事をすべきだろう。不服は残るも、小金井は項垂れる様に頷く。


「しょうがない、、」


 決まれば膳は急げ。

斡真は目を閉ざしたまま動かない国生を見やる。


「なぁ国生サン、その刀、アンタの何だろ? だったら剣術でも披露してくれねぇかなぁ?

 この辺のシートにパッパと切れ目を入れてくれりゃ、俺達の手間も省けるってもんだ」


 車両1両分の長さは約20メートル。

ある程度の余裕も作る事を考えると、持ち寄った文具のカッターで処理するには時間がかかりそうだ。冷やかし半分で斡真が頼めば、意外にも国生は剣を手に腰を上げる。



「ならば、吝かでは無い」



 まさかの協力態勢。

その後、国生の見事な剣捌きに一同が驚愕したのは言う迄も無い。



*



 国生の手伝いもあって作業の手は早まったが、随分な労力を使った事に変わりは無い。

それでも疲労が残らないのが この異空間の特徴だ。


「揃々頃合。悠長にしていては迫る刻に出鼻を挫かれてしまうぞ」


 黄泉比良坂の終点が近づいている事を仄めかされれば、一同は固唾を飲む。

由嗣は座席シートを繋いで作ったロープの先端を自分の腰に括りつける。


「それじゃ、言い出しぃの俺が先頭を歩きますから、

 小金井サン・薫子チャンの順で1メートルずつの間隔で掴まってください」

「ビビリの由嗣が先頭って……つか、やっぱ俺が行った方が良くねぇか?」

「随分な事を言ってくれるよね、斡真はぁ」


 確かにオカルトも暗闇も苦手な由嗣だが、チーム編成を見れば自分が先頭を歩くべきだと思わされる。


(確かに、小金井サンじゃ一目散にUターンしそうだし、薫子に任せんのもなぁ、)


「無理すんなよ? やっぱ進めねぇって思ったら合図送れよ?」

「うん。その辺は斡真をアテにしてるから大丈夫だよ」


 小金井は即席の心許ないロープを手に、辟易した様子で国生を見やる。


「国生サン、これで上手くいくと思いますかね……?」

「人間の考え至る先なぞ、ヤツガレには分からぬ事」

「あのなぁ、こっちはアンタの頼みを聞いてやってるんだぞ!? 無責任な事を言うな!」

「ヤツガレの所望を果せば、ヤツガレはお主等を地上に戻す。

 それを望まぬのであれば、ヤツガレの所望を果す甲斐も無し」


 嫌ならやらなければ良い。それだけの事。

そう言い纏められては反論の余地も無い。

ならば、自分の安全を少しでも高める為に思量するまでだ。


「そ、それじゃぁ、その剣を貸してくれ!

 錆びてる割りに斬れ味は良いようだし、そんなモンでも無いよりはマシだろう!」

「ならば、吝かでは無い」

「オイ、待てよ! 両手が塞がった状態で、どうやって探すって!?」

「危険な所に敢えて行くんだぞ!? 手ぶらで何て行けるか!」

「国生サン、行きはイイんだよな!?」

「相違なし」

「帰って来る時の護身用だ!」

「戦ってる暇なんてねぇよ! 突っ走るだけ何だよ! こんなモン荷物になるだけだ!」

「キミはそれを使って戻って来たんだろ! 良いから貸せ!」


 そう言って国生の手から剣を奪い取れば、思いほか重量があるから驚かされる。

受け取れきれずに床に落としてしまう小金井に、斡真は憫笑を送る。


「これ、片手で振り回すんは結構パワーいるぜ?

 ロープを諦めて両手でそいつを構えるってなら、何とかなんだろぉけど?」

「……」


 国生は片手で振り回していたが、それにはコツがいる様だ。

扱いきれない以上、荷物になるだけか知れない。

命綱を取るか武器を取るかの究極の選択に、小金井は渋々とロープを握る。

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