第11話
こんな あからさまな悪態は見ていられない。
眉を顰める結乃は立ち上がり、一同と距離を置く様に座席に置いた儘の手荷物を取りに戻る。
そして、ケーキの箱を見下し、呟く。
「之登……」
奇跡的にも黒御鬘を手に入れる事が出来たが、2度も同じ好機に恵まれはしないだろう。
当分は家に帰れない所か、未だその確約が無い事には肩が落ちる。
「ケーキ、一緒に食べたかったな……」
2両目でエネルギーを吸収され放題な目に遭った結乃の腹は、今にグ~っと唸りを上げそうだ。きっと、斡真も同じだけ消耗しているに違いない。
箱の中には弟=之登が好きなフルーツケーキが2つ入っている。
このまま腐らせてしまうなら食べてしまおうと思うも、6等分するのは難しい。
「どうしたの、結乃チャン」
「!」
顔を上げれば、穏やかな笑みの由嗣が傍らにいる事に気づく。
結乃はオロオロと視線を泳がせ、返す言葉が見つけられずに俯く。
そんな結乃の小心さは珍しい。由嗣はケーキ屋の箱を見やる。
「ケーキか。早く冷蔵庫に入れないと駄目になっちゃうね。
でも、どうせなら食べちゃったら?」
「でも……」
「さっき見たら、時計まで止まってるから驚いたよ。
今が何時なのか分からないけど、1時間は経ったようだし、小腹、空いてるでしょ?」
「2つしか無いので……」
「じゃぁ、こんなのはどうだろ? 結乃チャンと斡真で食べるのは」
「それは……」
「僕、2人が戻るのを待ちながらずっと考えてたんだ。
この世界が何なのか……国生サンの言う事を全面的に信用したわけじゃないけど、
ここが異常な空間だって事は解かる」
「はい……」
「ねぇ、1両目で待っていただけの小金井サンだけど、こんな状況なのに、
疲れた様子が無いと思わない? あんなに怒って声荒げてるのに、不思議だろ?」
小金井は癇症に顔を顰め、苛々に爪先をパタパタと動かすのも引っ切り無し。
然し、由嗣の言う様に疲労した様子は窺えない。
「走って逃げる時、普段の力が出なかった。怯えきっていたのもあるけど……
もしかしたら、あの暗闇の中にいる事で、体力を消耗するんじゃないかな?」
「そ、そうかも知れませんっ、私ずっと捕まってて、ドンドン力が奪われていくようで、
とてもオナカが空いて、喉が渇いて、
だから側にあった葡萄に手を出しちゃったんですけど……
勿論、食べませんでした、絶対 腐ってるって思ったし……」
「うん。良かった。あの中の物は食べちゃいけないみたいだから」
あの闇空間では容赦なくエネルギーが奪われて行く。
齎された空腹感と乾きに耐え切れなくなれば、蛆すらも食したくなるのだろう。
最も、そうなってしまえば須らく異形と成り果てるのだが。
由嗣はケーキの箱を持ち上げると、結乃に差し出す。
「尚更、結乃チャンと斡真で食べるべきだと思うよね、コレは」
誰よりも体力消耗しているだろう斡真と結乃には糖分が必要。
ケーキの箱を受け取る結乃が頷けは、由嗣は矮小の背を押して一同の元へ戻る。
「ねぇ斡真、結乃チャンがケーキくれるって!
2人で食べて、早く元気になってくれると助かるなぁ!」
由嗣の傍らには顔を真っ赤にした結乃。
長い前髪は相変わらず表情を隠すも、照れ臭そうに肩を竦める様は可愛げがある。
それで無くとも差し入れは有り難い斡真は、幼い子供の様に喜色する。
「マジで!? 実はスゲェ腹減ってた! マジ助かる!」
快く受け入れられた事に結乃はホッと肩を撫で下ろす。
薫子は座席を譲るよう由嗣に促されると、渋々と明け渡す。
「ワリぃな、チビ! 戻ったら新しいの買ってやるからな!」
「だ、大丈夫ですから、どうぞ、」
「ンじゃ、いっただき~」
ケーキを食べる陽気な2人は放って、小金井は由嗣に向き直る。
「で、ユツツマグシだったかな?」
「はい。クシってからには髪を梳く櫛って考えて良いのかなぁ、」
「何でも良いが、兎に角それを拾って来れば良いんだろう?」
「小金井サンよぉ、簡単に言うなって。さっき見ただろ?
髪留め1本が葡萄に化けてんだ、そのクシがどんな形で落っこってか分かったもんじゃねぇ」
「そんな事は分かってる! いちいち突っかからないでくれないか!?」
口の悪さはお互い様だ。
『ハイハイ』と適当に頷いてケーキを齧る斡真の白々しさに、由嗣は苦笑を交えて話を続ける。
「3両目も すごく暗いだろうから、物を探すのは難しいと思いますけど、
見落としが無いよう気をつけましょう。見つけたら全員で一斉にダッシュ。
諦めずに走れば、きっと戻って来られる」
「然しなぁ……俺は走るのは苦手なんだよ。膝が悪いんだ。
それに、鳥目なんだ! キミは運動神経が良いんだろ? だったらキミが、」
探索に加わりたくない小金井の顔は引き攣っている。
今回もまた傍観に留まろうとする口吻が聞き捨てならない斡真は、ケーキをすっかり食べ終えると指先をペロリと舐め、眉を吊り上げる。
「小金井サンよぉ、そうやって由嗣に押し付けようとしてんじゃねぇよ」
「何だと!? 俺は2両目がどんなんなのか、それすら知らないんだぞ!」
「それこそ知るか。テメェが尻込みして来なかっただけだろぉが」
「キミらが自主的に行ったんだろう! 大体、誰かしら ここに残らないでどうするんだ!」
「そんなのアンタじゃなくてもイイだろーが。次は誰が残るかってトコから決めようぜ」
「1度経験したヤツが行った方が成功率が高い! そんな事も解からないのか!」
「ビギナーズラックってのも使えるんじゃね?」
「こんな時に どうしようも無い事を言うんじゃない! これだから世間知らずな学生は!
良いか、俺が行っても足手纏いになるって話をしてるんだ!
それにな、この子みたいに置き去りにされたら堪ったもんじゃない!!」
「それをまだ言うか、テメェはぁ!!」
斡真が怒りに任せて立ち上がれば、結局、由嗣が両手で制止する。
「今はケンカしてる時じゃないだろ! 斡真はそうやって直ぐキレないで落ち着けって!」
「コイツ、いい年してしつけぇんだよ!」
「何だと!? このヤンキーが!」
「小金井サンも勘弁してくださいよっ、
斡真は結乃チャンを助け出した勇敢なヤツです、それは分かってるでしょうっ?
次は誰も置き去りに何かしません! 約束します!」
「そうゆうキミは行くんだろうな!?」
「行きますよ、勿論です! 嫌だけど……」
啖呵を切った直ぐ後に本音。
由嗣の素直さに小金井は毒気を抜かれてしまう。
2人が静まれば由嗣は一息をつく。これで冷静に話を進められそうだ。
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