第6話

 最も呑気に高みの見物をしていたのは、この男だろう。

斡真は国生を睨みつけ、壁を殴りつける。


「手ぶらだよ! 出戻りの俺らをバカしてんのか!」

「それは困った……」

「どうでもイイが、チビと はぐれちまったよ!

 これも打ち合わせ通りってなら、探しに行く手間も省けんだけどなぁ!」

「どうしたものか……」

「そりゃこっちのセリフだ! 好い加減、種明かししやがれ!」


 国生は懐中時計に目を落とす。

60分後を知らせる針は、現在20分ばかりが経過。

まだ時間はあるにも関わらず、国生はパチン……と懐中時計の蓋を閉める。


「行きは良いが、帰りは怖い」

「歌って誤魔化そうって!? もう我慢ならねぇ!!」

「待て、斡真っ」


 我慢の限界に斡真が国生に詰め寄ろうとすれば、由嗣は肩を掴んで制する。

そして、国生を真っ直ぐに見つめるのだ。


「国生サン! ここで何が起こってるのか、本当の事を解かるように説明してくれませんか!?

 でなきゃ、斡真がアンタを殴る前に、僕がアンタを蹴り飛ばす事になる!」

「ゅ、由嗣、」

「あの中はどうなってるんです!?

 作り物にしては手が混んでる……いや、作り物とは思えない!」


 有り得ないだろう非現実的な状況を由嗣が肯定して聞かせれば、国生は伏せていた目を見開く。


「然様、全てが偽り無き事実」

「戻って来られないかと思った、」

「そうであろう。行きは良いのだ。

 然し、帰ろうとする者を、ああして飲み込もうとする」

「飲み込む?」

「見てはならぬのだ。決して。見る事、即ちそれは、黄泉の者を辱める事となる。

 故に、立ち入った者を帰さぬよう襲いかかるのだ」

「それが本当だとして、アナタはそれを知ってて僕達をけしかけたのか!?」

「すまぬな、中谷由嗣。ヤツガレは何としても黒御鬘を取り戻さねばならぬ」


 国生にとって、黒御鬘は大事な物。

然し、知った事では無いのが無関係な斡真達だ。


「テメェで探しに行くって考えはねぇのかよ!?」

「ヤツガレは、あらゆるものの中で最も黄泉に憎まれし者。

 そして、ヤツガレこそ、黄泉に囚われてはならぬ者」

「所謂、そこのオッサンと同じか! 危険なトコには行きたくねぇって!?」

「なッ、俺は無闇に動きたくないだけでッ、」

「逃げ遅れ、囚われれば、戻る事は適わん。今のヤツガレには許されぬ事」


 誰が黄泉に囚われようと、国生だけはその身を守らなければならない。

そんな手前勝手な言い草が通じると思っているのか、

国生の言葉が真実か否かは別として、未だ戻らない結乃を探す様に、一同は貫通扉の先に目を向ける。


「結乃チャンは……」

「戻らぬのなら、黄泉に堕ちたのであろう」

「堕ちると、どうなんだよ?」

「窓の外にいた物と同一の物となる」

「!」


 国生が黄泉醜女や八雷神と呼んでいた、醜態の化け物だ。


「ゾンビ、かよ……」

「捕まれば、黄泉の物を屠らされる。黄泉の物を口にすれば時機に ああなる」

「食べなければ……?」

「あるいは」


 助かる可能性はあると言う事だ。ならば、こうしてはいられない。

由嗣が再び2両目に飛び込もうとすれば、国生は呼び止める様に続ける。


「その先は既に異形が目覚め、闊歩する場。

 今度は無事に向かう事も出来なければ、戻る事は一層と困難であろう」

「ッ、」

「信じるも信じぬも お主ら次第。

 然し、黄泉に囚われれば浄土へ向かうは適わぬ事。

 皆には、向かいの道中にてヤツガレの所望を果して貰いたかった」


 行きは良いのだ。無条件に向かう事を許される。

然し、踵を返す行為が異形を目覚めさせる。

向かったならば危険を最小限に抑え、その1度きりで用を果さなければならなかったのだ。


(コイツの言う事を信じるのか、俺は、、)


 そもそも、黄泉と浄土の違いが良く解からない。

浄土と言えば極楽。

一切の迷いを捨て去った清い魂が向かう、所謂、天国と言う次元と思えば良いだろうか、

あの おどろおどろしい闇空間と比べれば、どちらに向かいたいかは一目瞭然。


「俺達が死んでるって設定は相変わらずか、」

「でなくば、ヤツガレが お主らと逢うも適わぬ事」


 自分が死んでいるとは思えない。だが、黄泉に留まるのは遠慮したい。


(こんなのフィクションだろ、現実であって堪るかよ!

 こうやって俺らの反応を面白おかしく試してんだろぉが!)


 国生の言葉を信じるなら自らの死を認めなければならないのだが、生きてる感覚がある以上、眉唾なのだ。雖も、どちらかを認めなければ収拾がつかない気もする。

そんな一同の困惑を視界に、国生はハットの黒縁に指を添え、小さく頭を垂れる。


「残念だが、お主らの余命も幾許。然し、こうして出会えたもえにし

 せめて苦しむ事無きよう、今暫くは この場に安住するが宜しい。

 では、ご冥福を」


 言下、国生は一同の目の前から胡散霧消。


「え? ……消え、た……?」


 まさに、降って湧き、風に攫われる霧の如く消える。

これ程 痛快に姿を消すマジシャンがいるだろうか、小金井は国生の立っていた場所まで走り、周囲を見回す。


「どうやって、消えたんだ……?」

「ゅ、幽霊!?」


 怯える薫子の言う通り、幽霊と言えば1番しっくり来る。

ならば、テレビどころか、種も仕掛けも無いリアリティー。

納得する前に、この現状が真実だと押し付けられる。


(何処か、気づいてた筈なんだ……俺が見ているものにニセモノは無いんだって……)



『お主らは浄土へ向かう死者なりて』



(死んだ覚えはねぇよ……ただ、嘘臭ぇトコが1つも見つけられなかったんだ……)


 幾ら何でも出来すぎている。それ程、落ち度の無い空間。

だが、国生がいなくなった今、あれこれ捲くし立てる事も適わない。

小金井は頭を抱えてしゃがみ込む。


「このままジッとしてれば、そのうち降ろして貰える、きっと……」


 虚しい願望を聴き流し、斡真は貫通扉に足を運ばせる。

2両目の闇は何処まで育っただろうか、目を凝らせど、結乃が駆け戻る様子は無い。


「由嗣、何か武器になるモン、持ってねぇか?」

「え?」

「この先、ゾンビ徘徊中。要注意、だろ?

 流石に丸腰で もっかいこん中に入るとか、キッツイわぁ……」

「結乃チャンを探しに行くのか?」

「生きてるとか死んでるとか実感わかねぇけど、このまんまだと胸焼けする」

「それなら僕も行く!」

「運動神経は買いだけどよ、ビビリのお前はアテにならねっつの。

 ここで招き猫してろ。それに、多少動けるヤツが残ってねぇとな」


 薫子と小金井を残して行くには心許ない。

結果的に斡真にアテにされていると気づけば、由嗣は強張った表情を緩め、恨事を忍ばせながらも頷く。


「解かった……でも斡真、僕、自分の運動神経以外の武器なんて持って無いよ」

「そぉかよぉ、自慢かよぉ」


 由嗣の自信過剰には安心させられるのも事実。


「そんじゃ、俺は昔取った杵柄で乗り切るしかねぇな! 由嗣、後は任せたぞ!」

「あぁ! 斡真、気をつけて!」


 斡真は深呼吸をすると、携帯電話のライトのみを頼りに2両目に飛び込む。

その背は闇に飲み込まれ、アッと言う間に見えなくなる。

薫子は不安気に闇を見守る由嗣を見上げると、訝しんで問う。


「あのぉ、2人は友達なんですかぁ?」


 斡真と由嗣の遣り取りには、互いに向けた信頼を感じる。それはまるで旧知の仲。

だが、由嗣は笑う。


「斡真とはここで会ったのが初めてだよ。名前しか知らない。

 でも、こうゆう時だからかな、協力しなきゃって思うし、斡真は……頼りになる気がする」




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