第5話

(闇が濃い……)


 あの光を失えば帰り道が分からなくなってしまいそうな程、空間はブラックアウト。

こんな闇を人の手で作り出せるのか、そんな疑問すら沸くリアリティ。



『闇が濃いが故に、何が隠れていても可笑しくはない』



 暗闇を前に臆病風にでも吹かれたか、国生の言葉が頭を過ぎれば悚然させられる。


(まさか、な……)



  ムギュ。



(ん?)


 左腕には由嗣。

右腕に押しつけられる柔らかい感触に、斡真はライトを向ける。


「うぅぅ、眩しぃ!」

「ぁ、ワリぃ、、」


 右腕にしがみついているのは薫子だ。

この柔らかい感触は豊満な胸の弾力であると察するなり、斡真の口元には妖笑が浮かぶ。


(イイモンもってんなぁ、女子高生!

 まぁ、こうゆうサービスの1つくらい無きゃ、やってられねぇよなぁ!)


「足元、気ぃ付けろな」

「はぁい!」

「うん。気をつける」

「由嗣、テメェにゃ言ってねぇ」

「冷たいなぁ……」

「何か、肝試しみたいですよねぇ!」

「そんなノリにしかなれねぇはなぁ」


 一瞬の不安は薫子の巨乳によって追いやられるから、斡真も存外ゲンキン者。

3人が団子になって歩く中、勇敢にも先頭を行く結乃の足が止まる。


「行き止まり……」


 何と無しに歩いて来たが、落し物と言える物はあっただろうか、結乃が呟けば斡真は額を抱える。


「それらしいモン、見たヤツいるかぁ?」

「アタシ、何も見てませぇん」

「ごめん、怖くて目ぇ閉じてたよ、僕……」


 見た目ばかりは貴公子な由嗣は使い物にならない事が判明。

斡真は由嗣の手は強引に払い、薫子には やんわりと制して腕を取り戻すと、

ライトの光で虫を追いやり、行き止まりの壁をドンドンと叩く。だが、ビクともしない。

半ば焼けっぱちに蔦やらを引っぺがせば、そこには3両目に続く貫通扉が見つかる。

洞窟コンセプトの車両とでも言えば良いのか、

そんな名を打って切符を売り出せば、乗車率は上がりそうだ。


「見る限り、3両目も停電してるぞ。そもそも、ミクロ?……何だっけ?」

「クロミカズラ、だったと思います」

「それが何だか分かんねぇっつのが問題だっつぅ話」

「ホントですよねぇ! 1度戻って国生サンに聞いてみませぇん?

 ヒント貰ってぇ、もぉちょっと探しやすいようにして欲しいかなぁって!」

「言えてる。なぁ、由嗣」

「それもそうだね。じゃ、戻ろうか。えっと……結乃チャン、良いかな?」

「え? ぁ、はぃ……そうですね、」


 まだ時間は10分と経っていないから、出直した所で支障は無いだろう。

それよりも、この薄気味悪い空間から早く退散したいのが本音。

4人は踵を返し、1両目の灯りに向かって歩き出す。


(この番組プロューサー、謎とかせる気ねぇだろ?

 こんな、ただ暗いだけの車内にシロートぶっ込んで、

 暗視映像だけで何分の尺が埋められると思ってんだか。

 リアクション芸人じゃねぇぞ、俺はと。

 つか、これを本気でリアルだと思う現代人がいると思ってんなら、

 もぉちっと頭使えって、テレビマン)


 斡真が心中で文句を垂れていると、背中がピンっと引っ張られる。


「ぁ?」

「!……す、すみません、、」


 今度は最後尾に付ける結乃の心細さの表れか、シャツの裾を摘まれた様だ。

左右に由嗣と薫子。背中は結乃に縋られるとは、随分とアテにされたもの。


「別にイイけどよ。つか、由嗣、テメェにゃプライドはねぇのか」

「僕を呼んだのは斡真だろっ? 我慢しろよ、これくらいっ」

「あの、スイマセーン。何かアレ、変じゃないですかぁ?」

「アレ?」

「1両目の灯り、遠くなってるよぉな気ぃしませぇん?」


 そう言えばだ。歩いても歩いても、目標とする1両目の灯りが近づかない。

訝しんで立ち止まれば、薫子が感じた通り、灯りが遠のいているのがハッキリと解かる。


「ど、どうなってやがんだ!?」


 周囲にライトを向ければ、左右の岩肌が嚥下する様に波打ち、退路を延ばして行く。

この儘では道標を見失ってしまう。


「は、走れ!!」


 焦燥する斡真の指示に全員が一斉に駆け出す。全力疾走だ。

然し、1両目の灯りは刻々と遠ざかる。


(フィクションにしちゃ、やり過ぎだろぉがぁ!!)


「な、何で追いつかねんだよ!?」

「この車両、成長してるんじゃないか!?」

「どうゆう意味だよ!?」

「伸びてるって事で!」

「いやぁあぁあぁ!! 怖い! 怖いよぉ!! 置いてかないでぇ!!」

「兎に角、走れ! 遅れるな!」


 どんなトリックを使ったら これ程の不気味なリアリティーを再現できるのか、気づけば本気でこの異常空間を受け入れている。


(何かが追って来る……生きてる人間とは思えない、もっと異質な何かが……

 分からない、ただヤバイ! ここは考え無しで踏み混んでイイ場所じゃねぇ!!)


 本能が警鐘を鳴らしている。

今迄に感じた事の無い危機感を振り払う様に闇雲に走る。

そうして200メートルは疾走しただろうか、息を乱す薫子の膝は徐々に上がらなくなる。

酸素を求める魚の様に顎を上げ、減速。遂には四つん這いになって へたり込んでしまう。


「ま、待ってぇ……も、もう走れない……、、」

「!」


 薫子の蚊の鳴く様な声に結乃は立ち止まる。

引き返す事を一瞬ばかりは戸惑うも、腰を上げられずにいる薫子を放ってはおけない。


「だ、大丈夫ですかっ? ぁの、頑張りましょう、、立てますか?」

「ぅ、うん、、」


 薫子は結乃の手を借りてヨロヨロと腰を上げる。

そして、床に放ってしまった携帯電話に手を伸ばすなり、戦々恐々と顔色を変えるのだ。


「ぎ、やぁあぁあぁあぁ!!」


 携帯電話のライトが映し出すのは、結乃と薫子の間に顔を突き出す痩せこけた女。

頬の肉はケロイドの様に爛れ、目や口からはポロポロと蛆が零れ出す。

これは、車窓から見えた化け物と同種の生き物だろう。

そう理解すると同時、薫子は結乃をドン! と押し退けて駆け出す。


「怖い! 怖いよぉ! 化け物ぉ! 化け物ぉ!!」


 火事場の馬鹿力で一目散に全力疾走。

薫子は猪突猛進で斡真と由嗣に追い着く。


「薫子チャン! 早く、こっちだ!」


 1番に1両目に到着したのは、運動神経には自信のある由嗣。

斡真は一足遅れ、ダイビングで転がり込む。

由嗣は貫通扉の手摺りに掴まり、手を伸ばして薫子を引っ張り入れるも、続く筈の結乃の姿が見えない事に息を飲む。


「結乃チャンは!?」

「え!? ―― ぁ、えっと……ゎ、分かんない、途中ではぐれちゃって、」

「はぐれた!? って、オイ、あのチビ、逃げ遅れたんじゃねぇか!?」


 今も車両は成長し続けている。ならば結乃は遥か彼方。

焦燥する斡真に、状況知らずの小金井が口を挟む。


「な、何だッ、何があった!? あの女の子はどうしたんだ!?

 まさかキミら、女の子をこんな暗い中に置いて来たんじゃないだろうな!?

 どうゆう神経してるんだ!」

「テメェ! 待ってるだけの分際で偉そうな事ほざいてんじゃねぇぞ!

 こっちゃぁ戻れるかどうかの瀬戸際だったんだぞ! 知ったクチ聞くんじゃねぇ!」

「ッ、、」


 斡真にキツく言い返されれば、小金井は目を背けて押し黙る。

すると、国生は何事も無い様子で腰を上げる。


「黒御鬘は何処イズコに?」

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