第4話 2両目。

「な、何!? 僕が仕掛け人だとか言いたいのか!? そんなわけあるかよ!」

「あぁ、怪しいな、キミ!それなら そうと言ってくれ!

 俺の仕事は1分1秒を争うんだ! 売り買いの注文に乗り遅れたら大損しちまう!」

「イヤイヤ、僕じゃありませんってっ、勘弁してくださいよぉ……」

「俺以外全員サクラとかってオチなら、面目ねぇけど、

 俺のリアクションに期待しないでくれな?

 バイト代にもよるけど。つか、俺をハメた張本人教えろ。ソッコで〆っから」

「え? これ、ホントにテレビですか? カメラ回ってる? だったらヤバイっ」


 女子高生=薫子は、ウエーブのかかった長い茶髪を手櫛で梳き始める。

仕舞いにはカラーリップをつけ直す始末だから、この迷惑な企画に乗り気だ。

結乃は押し問答を続ける一同の輪から抜けると、国生に詰め寄る。


「あの……国生サンの頼みを聞けば、ここから出して貰えるんですね?」

「ヤツガレの言葉に二言は無い」

「解かりました。どうすれば良いんですか?

 私、早く家に帰りたいので、簡単な問題にしてください」


 座席に置かれた結乃の手荷物にはケーキ屋の箱。

保冷剤が効いているとは言え、早く帰らなければ生菓子が腐ってしまう。

雖も、これも周到な段取りの1つに違いないと思えるから、小金井は結乃の背に目を側んで呆れ返って溜息を零す。


「強引に話を進めようとしてるって事は、あの子がグルか?

 何なんだ、大人しそうな顔して、全く……」

「えッ、意外すぎるぅ、」


 番組関係者にしてはパッとしない結乃の外見に、薫子は思わず笑いを含める。

何であれ、結乃がやる気を見せれば、話は次の段階へ。

国生はスーツのポケットから懐中時計を取り出して言う。



「ヤツガレの所望は、黒御鬘クロミカズラ



 耳慣れない国生の要求に斡真は首を捻る。


「クロ、ミ?……は? 何だそれ?」

「黒御鬘は黒御鬘。次の車両の何処かにあると思うのだが」

「ドアが開かねんだよ。どぉやって行けって?」

「制限時間は60分。

 それ迄に黒御鬘を探し出し、ヤツガレに届けて頂きたい。宜しいか?」

「だからドアが、」



 ガコン。



 貫通扉が揺れに合わせて僅かに開閉する。


「開いた……」

「ヤツガレがその扉を開けておけるのは60分。さぁ、頼んだよ、皆の者」


 カチッ……とボタンを押せば、懐中時計の針が動き出す。

どうあっても この企画を押し貫く気でいる姿勢には呆れて物も言えない。


(何でこんなクソ下らねぇ企画にキャスティングされちまったんだか……

 もしや、俺に平手はった女達からの推薦か? それなら有り得る。所謂、お仕置き的な?

 それなら乗っかってやらなきゃ、ほとぼり冷めねんだろぉなぁ……)


 日頃から恨みを買っている自覚はある。

この押し付けがましい企画に便乗してやる事で裏切った女達への贖罪になるなら、

なけなしの男気を見せる他あるまい。


 不親切な事に、2両目は電気が点くでも無い暗闇。

1両目の照明が差し込むも、手前を照らすばかりで視界の助けにはならない。

懐中電灯の代りに携帯電を使う他無いだろう。

斡真は渋々と準備を整えると、貫通扉の前で立ち往生する結乃の背をトン! と押す。


「オラ、行った行った!」


 結乃は押された勢いの儘、2両目に飛び込む。

見通しの悪い車両の床はグニョグニョと泥濘の様に不安定。

足が縺れて転びそうになった所で斡真に腕を掴まれ、ギリギリの所で踏ん張る。


「ワリぃ、大丈夫か?」

「は、はぃ……」


(コイツ、手ぇ震えてやがる。サクラじゃねぇのか?)


 結乃は仕掛け人の1人では無いのか、体の震えすら演技だと言うなら末恐ろしい才能だ。


「怖いのかよ?」

「ぃ、いえ、別に……」

「まぁ気楽に行こうぜ?

 どうせ、セットがチャチぃから暗くして誤魔化してるってオチだろ?」

「そうでしょうか……」

「違うって?」

「ぃぇ……それにしては、何か変だなって、」


 饐えた様な酸っぱい臭いが充満し、カサカサと蠢く音が360度を包囲している。


「腐った缶詰と、サウンドホラーってヤツか?」


 斡真が携帯電話のライトを左右に向け、車内の様子を確認すれば、ムカデらしき多足類が灯りから逃れる様に壁を這う。


「ひ、ひぃ!」

「ホログラフじゃねぇの?」


 何にせよ、気色悪い。

結乃は背を丸めて両手で顔を覆い、1両目から顔を突き出して様子を窺う薫子は震え上がって後ずさる。


「これ、ホントにテレビ!? リアル過ぎません!?」

「虫は兎も角、暗いのはちょっとな……ケガしたくないしな……

 申し訳ないが、キミ達だけで中の様子を確認してくれないか?

 安全だと分かれば俺も探すのを手伝うから」


 ご都合主義な小金井の言い分には腹も立つが、何かあれば1番に喚き立てそうな手合いには引っ込んでいて貰った方が良さそうだ。

斡真は小金井をシッシッと手払うと、代わりに由嗣を見やる。


「由嗣、お前は来いよ」

「え!? ぼ、僕、オカルトは苦手で、暗いのも虫も本当に勘弁してって感じだからっ」

「見りゃ分かんだろ、照明が足りねんだよッ、男なら文句言わずさっさと来い!」

「ぅ、、うぅ……ゎ、分かったよ、しょうがない……」


 渋々。渋々。由嗣はライトを準備した後、勇気を持って2両目へ。


「うぅ、あぁ、足元、気持ち悪ぅ……」

「うオイ。なに人の腕に掴まってんだよ?」

「だ、だって、作り物にしたって怖いじゃないかっ」

「それでも男かぁ?」

「何とでも言ってくれよ、僕はね、勉強とスポーツ以外は点で駄目なんだからっ」

「自慢にしか聞こえねぇなぁ」


 斡真・由嗣・結乃の3人が行くとなると、薫子は素性の知れない国生と癇症な小金井と共に1両目に残る羽目になる。『それは御免』と言う様に、薫子は慌てて2両目に飛び込む。


「ァ、アタシも行きますから!」


 4つの細いライトが2両目を照らせば、視界もだいぶ助けられる。

天井の高さや幅は電車内と変わらないが、壁は洞窟の様な凸凹とした質感。

蔦や蔓の間を縫う様に沢山の虫が生息している。

随分と金のかかったセットだと感心しながら、斡真は結乃に問う。


「こんな暗い中で……何だっけ? なに探せって?」

「えっと、クロミカズラ、」

「それ、何だよ? 最近流行ってんのか?」

「さ、さぁ……」

「分かんねぇで探せってのかッ?」

「行ける所まで進んでみない事には……」

「ハァ。分かったよ。まぁ取り敢えずは それっきゃねぇか」


 振り返れば、1両目から零れる光が僅かに見える。

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