第3話
「驚く事なかれ、皆の者。この列車は黄泉比良坂を走っているだけの事」
「ヨミヒラサカ……?」
「オイっ、聞いた事ねぇぞ、そんな路線。
それよりアンタ、一体どっから降って湧いたんだッ?」
「降って湧いたとは……ふふふふ。実に的を射ているね、高槻斡真。
ヤツガレは まさしく降って湧いた。先程の一瞬にして」
「な、何を言ってるんだかな……
えっと、国生サンだったかな? どうせ何処かに隠れていたんでしょう、」
「それも又、実に的を射ての事よ、小金井良男。ヤツガレは身を隠し、傍観する者」
「兎も角、どうしたら ここを出られるか考えよう!」
「中谷由嗣、麗しいキミの言う事だ、ヤツガレも その思いに協力してやりたくはあるが、
それ故に、ここから出す訳にはいかずにおるのよ」
国生と言う男の冷静さは、今が何事なのかを理解しているからこそ。
ならば話は早い。斡真は国生に詰め寄る。
「ここから出すワケにはいかねぇって、テメェが俺達を閉じ込めてるってのか!?」
「言わずもがな」
「フザケんじゃねぇぞ!!
どうやったか知らねぇが、こっちゃテメェのマジシャンごっこに付き合ってやる程
暇じゃねんだよ! とっととドアロック解除しやがれ!」
「それは出来ぬ」
「あぁ!?」
多くの乗客を瞬時に消し、この車両ばかりを隔離した手前をマジックの一言に集約するのは無理がありそうだが、いつ迄もこんな密室に閉じ込もってはいられない。
斡真は聞き分けの無い国生の胸倉を捻り上げる。
「ぅオイ! ブッ飛ばされたくなけりゃ、言い訳ほざく前に俺達を解放しろ!」
「今は ここが1番安全だと気づかないでか」
「何処が安全だって!?」
「表に出れば、忽ち帰らぬ者となるだろう」
「俺だって走ってる電車から飛び降りたかねぇよ! ちゃんとブレーキかけさせろ!」
「否。闇によって その姿を隠してはおるが ―― よぉく外を見るが良い」
「あぁ!?」
「外を」
再度に渡って窓の外を指差されれば気になりもする。
斡真は国生の襟を放すと、殴りつける様に降車扉に手を付く。
「外は さっき見たっつぅの!」
「目を凝らさなくては。皆も早よぉ」
国生に促され、一同も斡真に倣って手近な窓に鼻っ面を突き合わせる。
『目を凝らして』と言われても、何処に視点を合わせたら良いのか、
夫々が戸惑う中、前髪の長い少女=結乃が息を飲み込み、腰を突く。
「ひ、ひぃ!!」
引き攣った悲鳴に、一同は訳も解からずに窓から距離を置く。
小金井は身構えながらキョロキョロと左右を見やり、声を荒げる。
「な、何だッ、何か見えたのか!?」
「あぁ、ぁ、……化け、化け、化け物!」
結乃は窓の外を頻りに指差し、床に突っ伏す。
吃りきった その口調には随分な恐怖が聞き取れるから、斡真は改めて窓の外を見やる。
今度こそ目を凝らして。
(トンネルの中にしたって暗すぎるんだ、一体 何処へ向かって走ってるのか……
ヨミヒラサカだとか言ってたが、そんな名前の駅だって、ここいらには無い)
「こんなに暗けりゃ何も見えねぇ、」
「闇が濃いが故に、何が隠れていても可笑しくはない」
「まぁ、な……」
(壁とか落とし穴とか、見えないからぶつかるし、落ちる。
それだけじゃねぇ、何が潜んでいても ―― って……)
見えなかったものも、見ようとして初めて目にする事が出来る。
「な、何だ、アイツらぁ!?」
言葉の意味を形にする様に、闇の間に間には蛆を纏った醜態の化け物達が無数に蠢いている。
人の姿には見えるが、ザンバラの髪、干からびきった体躯、ギョロリと光る双眼で、
電車に揺られる斡真達を、手ぐすね引いては走って追い駆ける地獄絵図。
斡真が叫べば、皆にも同じ物が見えただろう、揃って悲鳴を上げる。
「きゃぁあぁあぁ!!」
「ど、どうなってるんだ!? 化け物が、妖怪が、窓の外に見えたぞ!! 目の錯覚か!?」
「ぼ、僕、駄目なんだってばっ、ゾンビとかオカルトとかぁ!
国生サン、こうゆう冗談は勘弁してくださいよっ、やめさせてくださいよ!」
「
列車を止めては、忽ち吾に追い着かれてしまう。
ヤツガレの仕業では無いので、どうにも。すまんね、中谷由嗣」
電車を止めれば化け物の襲撃を甘んじて受けなくてはならないと言う事らしい。
然し、国生は至って平素としているから、斡真は再び掴みかかる。
「テメェ、何しやがった!? こんなん普通に見られるモンじゃねぇだろ!
適当な事ほざいてんじゃねぇぞ!!」
「適当とは耳障りの悪い事を言う。ヤツガレは嘘はつかぬ。つけぬ身であり、立場。
高槻斡真、お主らが見る世界にこそ偽り無し。何せ、ここは黄泉比良坂。
命無き者の上る坂」
「あ……?」
全員が腰を抜かして頭を抱える様を見下し、国生は憫笑を浮かべる。
「お主らは、浄土へ向かう死者なりて」
何を言い出すのか、国生の言葉に斡真の手から力が抜ける。
(浄土? 死者?
俺達が死んでるって言いてぇのか、コイツは……)
今こうして生きているのだから、理解しがたい国生の発言。
夫々がキョトンと間の抜けた顔になる。
否、これは素人参加型のテレビ番組ではなかろうか、ならばこれ程の大仕掛けにも頷ける。
差し当たり、この国生と言う男は売れない俳優か何かだろう。
そんなエンターテイメントを想像したのは斡真だけでは無さそうだ。
「あの、テメェの頭は大丈夫デスカ?
この場合、俺達が空気読んだ方がイイんデスカ?」
素人ドッキリ番組にしては手の込んだ構成。
それを台無しにしてしまっては申し訳ない気にもなるから、斡真は国生の耳元で声を潜める。
然し、国生は顔色一つ変えない。
「案ずる事なかれ。ここにおれば、ひと時は賽の河原に留まろうぞ」
「だから、言ってる意味があっちこっち解かんねんだって。
バイト代によってはヤラセにも付き合ってやるから、お前の演技だけで乗り切ろうとか、
ちょっとアレだっつの」
「受け入れるも、それに非ずも、お主らの思うが儘に良し。
ヤツガレは、お主らに頼みがあって参上した。
ヤツガレの望みを叶えさえすれば、ヤツガレはお主らをここから解放し、
地上へ戻してやるも吝かでは無い」
素人サンいらっしゃい、リアル謎ときゲーム。
斡真の頭には、そんな冴えないタイトルが浮かぶ。
「ちと、タイム」
斡真は片手を挙げ、作戦タイムを要求。
クルリ、と踵を返し、一同に向き直ると、4人を手招く。
互いの顔色を窺いながら円陣になり、斡真は頭をワシャワシャと掻きながら苦笑する。
「え~っと、俺ら死んだみたいデス」
「そ、そうゆう設定なの、かな?」
「何だそれは! 俺は帰ってやらなきゃならない事があるってのに!
このままじゃ市場が閉じちまうだろ! 何とかならないのか!?」
「知らねぇよ、そんなコト。
こうゆうのに慣れてるヤツがいるんじゃねぇのかぁ?」
中にサクラが混ざっているに違いない。
ともすれば、見た目が良好すぎる由嗣が怪しい。
斡真に疑いの目を向けられれば、由嗣はブンブンと大きく頭を振る。
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