第2話
「オイ、これも壊れてんじゃねぇのか?」
「そうみたいだね……でも、騒ぐのは良くないから……
他の車両の人達も静かにしているようだし、僕らも落ち着いて、暫く様子を見ようか」
少ない人数とは言え、喚かれては敵わない。
パニックを起こさせないよう留意すべきだろう。2人は車内に向き直り、苦笑する。
「ドア、開きそうに無いので……
その内、車内アナウンスも入ると思うので、それまで ここで待ちましょう。
ね? 斡真」
「そ、そうだな。うん。それがイイ!」
2人の不器用な口舌に、座席に座ったきりの3人は納得せざる負えない様子で頷く。
男は手作業を諦め、電子パッドを鞄の中に仕舞うと、手摺りを掴んで怖ず怖ずと立ち上がる。
「き、気になって仕方が無いんだが、後ろの車両、静かすぎやしないか?
停電してるって言うのに……
普通なら、明かりのある この車両に避難したがるもんじゃないのかッ?
ま、まさか、人がいない何て事は無いだろうなッ?
ここも、知らない内に乗客が減ってるし!」
事を荒立てないよう気を付けたい所で男が不穏を漏らすから、少女と女子高生は肩を竦ませ、斡真と由嗣に答えを求める様な強い視線を向ける。
雖も、貫通扉が開かない今、後部車両に様子を見に行く事も出来ない。
車内アナウンスを待つばかりは皆同じ。
それでも由嗣は、3人の動揺を静めるよう柔らかい口調で言い諭す。
「大丈夫、こうゆう時は何処でも誰かしらが纏めていたりするもんだから。ねぇ、斡真」
「ぁ、ああ、だな。取り敢えずアナウンス待ちって事で、」
「ドアが開かないって、どっか壊れてるって事だろ、スピーカーも壊れてるって事はっ?
そしたら、放送だって入らないんじゃないか!?」
「それは、そのぉ……」
「だからッ、ここで様子みようって言ってんだろがッ」
「他の車両には放送されてて、皆、安全な場所に避難しているって事は無いのかっ?
そうしたら、我々だけが取り残されるじゃないか!」
男は言ったら切りも無い不安を躊躇せずに捲くし立てる。
不安は解かるが、大の大人の空気の読めない様には手が付けられない。
斡真は遂に声を尖らせる。
「ここは電気も点いてんだ!
落ち着きゃぁ後部車両の誰かしらが様子見に来んのが常考だろぉが!
つか、車輪の音がうるせぇから、向こうの騒ぎも聞こえねぇだけだっつぅ、―― って……」
最後まで言い終えぬ儘、斡真の言葉は尻窄む。
(音、しなくねぇ?)
当たり前に聞いていた『ガタンゴトン』と言う滑車音が何処に耳を向けても聞こえない。
空気を裂くホワイトノイズと、僅かな揺れを体感できるばかり。
(電車、止まってるのか? いや、動いてるよな?)
明確に判断できない。それ程に静まり返っている。
斡真は焦燥に任せて運転席前まで戻り、又も車窓にへばり着く。
「ど、どうなってんだ……?」
(先の線路が見えねぇじゃねぇか!!)
「何処、走ってんだよ、この電車……」
こんな暗闇を走っていると言うのに、電車はヘッドライトも点けていない。
輪郭の1つすら捉える事が出来ない闇空間に斡真がゴクリと喉を鳴らせば、
一同も倣って窓の外に目を向ける。そして、青褪めるのだ。
「え? え? え? 何コレ……
真っ暗すぎて、ここがトンネルの中なのかも分かんない……何が起こってんの……?」
女子高生は涙ぐむ。頭の中だけでは処理が追いつかない。
前髪の長い少女は手荷物を座席に預けて立ち上がると、遽走って降車扉に駆け寄る。
そして、思い切ってドアコックを引っ張り出す。
このレバーを動かせば、ドアエンジンの回路が解放され、手動で降車扉を開閉できる様になる筈だ。然し、何度動かしてもビクともしない。
「閉じ込められた……」
少女の呟きに、女子高生は愈々もって泣き出す。
「嘘!? な、何!? 何で!? ヤダ、怖い!! 怖いよぉ!!」
「バ、バカな! 冗談じゃないぞ! そっちのドアは開かないか!?」
「駄目です、何処のドアも開かないっ、」
「あっちもこっちも動かねぇって、どうゆう事だよ!!」
貫通扉だけで無く、全てのドアが開かない。
斡真は少女を押し退けると、乱暴にドアを蹴りつける。
ガツン! ガツン!
ガツン! ガツン!
「ザケンな、ゴラぁ!! ポンコツ走らせんな、バカヤロ!!」
「ャ、ヤダ、怖い、怖い、怖いよぉ、うぅぅ、、」
「斡真、やめろっ、女の子が怖かるからっ、」
「ぬるい事言ってんじゃねぇよ! ドアぶち破って表出るしかねぇだろが!」
「落ち着けって! ドアが開いたって走ってる電車から降りられないんだから!
それに、障害物が飛んで来たら、」
「車掌は何やってるんだ! アナウンスはまだか!?」
「携帯の電波も無い……」
「クッソ! どぉなってんだ、この電車はよぉ!!」
最後の一蹴りも虚しく、ドアには傷一つ付かない。
その代わりに、声を潜めた笑い声が車内に漂う。
「ふふふふふふ……」
何処へ向かっているかも分からない車両に閉じ込められていると言うのに、場違いな輩がいたものだ。斡真は目鯨を立て、声の主を振り返る。
「随分、余裕なヤツがいるみてぇだな!!」
一喝を浴びせるも、斡真は直ぐさま驚愕し、目を見開く。
「ふふふふ。―― 切歯扼腕な中、失礼をした。
否、余りにも皆々が
ふふふふ」
黒いハットに黒いスーツを纏った若い紳士が座席に座って足を組んでいる。
服の仕立ては一級品だろう光沢と、透き通る白い素肌が幽玄だ。
(こんなヤツ、さっきまでいなかっただろ……いつ現れた!?)
車両の中に、忽然と現れた6人目。
出る事も敵わない車両の密室にどうしたら入り込めると言うのか、
一同は答えを探す事も出来ず、体を強張らせる。
男は『何者なのか?』と問う皆の様子に立ち上がり、ハットを取ると深々と頭を垂れる。
「お初にお目にかかる。
ヤツガレは……そうだな、国生とでも名乗っておこうか」
口元の左右が吊り上がる笑みに整った美しさはあるが、怪奇と言える不気味さも備えている。
「こく、しょう……?」
「国を生むと致しての名。お分かりになったか、荒武者の如く高槻斡真」
「何で俺の名前、」
「ヤツガレには容易い事」
国生は笑みを深めると、貫通扉に寄りかかって狼狽える由嗣を指差す。
「お主は、中谷由嗣。実に麗しい青年だ。
その姿は深淵に差し込む煌きと言っても余りあるだろう」
次に、携帯電話を両手に握る、前髪の長い少女に指先を移す。
「お主は、
然し、案ずる事なかれよ。それこそが穢れ無き純真と云うもの」
当然、目を赤くした女子高生の素性もお見通しだ。
「お主は、
自らが如何に武器となるかを悟っているとは、まこと見事なり。
然し、その驕りに足元を掬われぬよう」
最後に、国生に目を合わせられる男は肩を震わせる。
「お主は、
財を孕ませるに長けた策士。須らく精進するが宜しい。
雖も、それ以外の裁量には恵まれぬ様子。良き友を作られよ」
国生は全員の名を言い当てると、電車の揺れに合わせて首を傾げる。
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