第26話

「30分くらい……えっと、四半刻経っても僕が戻らなかったら先に戻ってください。

 時間はかかるかも知れませんが、諦めずに進み続ければ灯りが見えて来ますから。

 少なくとも、国生と言う人がアナタを迎えてくれる筈です」

「貴方は……?」

「僕は大丈夫。そうだ。名前を言ってませんでしたね。僕は由嗣。アナタは?」

「オオカです。オオカムツミ」

「ムツミさん? それじゃ、斡真を宜しく」


 由嗣が腰を上げると、斡真は力なく手を伸ばす。


「待、て……」

「潔く待ってろよ、斡真」

「オオカ、ム、ズ ――、、」

「はい、何でしょうか?」

「ああ、見つけるよ。意富加牟豆美命」

「私がどうかしましたか?」

「え?」

「由嗣……オオカ、ム、ズミ……」

「はい、ですから、何でしょうか?」


 話が混線して纏まらない。由嗣は瞠若する。


「え? ……ちょっと待って、、……オオカ、ムヅミ、ノ、ミコト?

 オオカ、オオカ……って、え!? オオカムツミの、命……

 もしかして、アナタが!?」

「??」


 斡真は息苦しそうに胸を押さえながら、体を起こす。



「そうだ、、由嗣……コイツだ、コイツが、桃だ、、」



 由嗣の頭の中では【意富加牟豆美命】と漢字変換されていたからこそ、直ぐに気づく事は出来なかったが、斡真の三流脳ミソではカタカナの音でしか理解されていない。

それが功を制した。由嗣はムツミの肩をわし摑み、見つめる。


「な、何て謎解きだ……これが、桃? まさか、桃が人間に化けている何て……」

「桃? ぃぇ、私は、」

「そうか! おかしいと思ったんだ!

 国生サンは最後に桃を投げ込んだ事で、黄泉から戻る事が出来た!

 その感謝の気持ちを込めて、桃に意富加牟豆美命と名を与えたんだ!

 きっと、名を授かった桃が人に変化する力を得た!

 いや、もしかして桃じゃなく、最初から人間の生贄だったのかも知れない!」


 だいぶ突飛だが、この空間に落とされてからと言うもの、散々な目に遭っている。

何が起こっても疑えない。

何故ここにいるのか、何処から来たのかも分からないムツミが元は桃だったとすれば、記憶が無いのも無理は無い。

それでも名前ばかりは覚えていたのは、国生から与えられた栄誉に喜びが深かったからだろう。


「ゅ、由嗣、どうでもイイから、早くずらかろぉぜ……、、」

「ああ! そうしよう!」


 ムツミには何が何だか解からないだろうが、事の次第を説明している時間は無い。

由嗣は斡真に肩を貸して立たせると、ムツミに手を伸ばす。


「帰りましょう、ムツミさん。アナタを待っている人がいる」

「私を?」

「ええ。急ぎましょう。話はその時にでも」

「は、はい!」


 ムツミは由嗣の手を取る。

然し、黄泉を見た者は何人たりと帰してはならない。

1度、踵を返せばトンネル内は大きく揺れる。



  ドォン!!



 突き上げられる様に地面は揺らぎ、3人は足を縺れさせて横転。

揺れは次第に大きくなり、腰を上げる事すら出来ない。


「斡真、大丈夫か!?」

「そ、そこそこの大ダメージだっつのッ、、」


 振り返れば、奥から順に地面が崩れ出す。

地盤沈下だ。この儘では陥没に巻き込まれてしまう。


「由嗣、地面がヤベぇッ、」

「這ってでも戻るんだ!!」


 立てないなら腹這いになるしか無い。

然し、地面は徐々に傾き、前に進もうとする足をズルズルと滑らせる。

その傾斜が50度程にもなれば、丸っきり滑り台。

3人は線路の枕木に指を引っかけ、宛らロッククライミング。


「ムツミさん、下は見ないで! 地面が崩れる前に進むんだ!」

「は、はい!」


 今は線路が梯子がわりの命綱。

由嗣に言われる通り、ムツミは前だけを見て枕木を支えによじ登る。

然し、履物の下駄が脱げて枕木を踏み外せば、体はアッと言う間に傾斜を下る。


「あぁ!!」


 トンネルの先に落ちる寸での所で、由嗣の手がムツミの手を掴む。


「ムツミさん!」

「ゅ、由嗣サン、、ぁ、足に、足に!!」


 間一髪をやり過ごすも、放り出されたムツミの足には、無数に伸ばされる干乾びた異形の手が纏わりついている。

この儘では由嗣も手を滑らせて仕舞う。

斡真は軌条を伝って降下、ムツミの足元へ。行く手を阻む異形達を蹴り落とす。


「由嗣ッ、足元は俺がフォローすっから、早いトコ引っ張り上げろ!」

「分かった! でも 斡真っ、」

「俺ん事はイイから!」


 斡真の体力はレッドメーターを切っている。

意識が朦朧とする中での応戦は、それこそ足元を掬われかねない。


(眠い……何か俺の体、輪郭がボヤけ始めたっつぅか……、、)


 ぼやけている所か僅かに透けている。

魂のエネルギーが無くなれば、姿を維持する事も出来ない。

斡真の輪郭は破綻しはじめているのだ。


(由嗣を国生んトコに戻すまで、消えるワケにゃいかねぇんだよ!!)


 まだ助かる見込みのある者がいる。今や、その為にだけ斡真は意識を繋いでる。

1人でも救う事が出来れば、全ての犠牲の意味が成り立つ。

その為にも諦めてはならない。


 由嗣はムツミを引き上げ、体を抱え込む様にして線路を登る。既に傾斜は90度に近い。

手を滑らせれば、今度こそトンネルの奥底に吸い込まれるだろう。


「ご、ごめんなさい、足手纏いになってしまって……、」

「そうでもないかな。だって、これまでは口も聞けなければ話も出来なかったから。

 それに比べれば、本当、頼もしい」


 自己主張の出来ない葡萄やタケノコと比べれば、体を動かせるムツミには感謝したい。

持ち帰る手間もだいぶ省けている。然し、見下ろす先の斡真の疲労は言外だ。

ムツミは頭を振る。


「貴方達だけなら きっと逃げ出せます、だから、」

「よしてくださいよ。ムツミさんを連れて帰らないと、僕達には全く意味が無いんだから、」

「意味?」

「きっと、国生サンに会えば全て思い出す。アナタが本当はどんな存在なのか。

 それに、僕達がこうして必死に生きようした事にも意味が生まれる筈だから……

 今まで出来なかった事、目を反らしていた事、言えなかった事……

 ここから戻る事が出来たら、今度こそ遣り遂げられる。逃げずに、今度こそ生き直せる」

「由嗣サン……」


 『優しい人になりたい』と呟いた斡真。部屋に閉じ籠もり続けた結乃。

2人はこの世界から生還する事で、全てを一新する力を手に入れる筈だ。

由嗣はそう信じている。


 由嗣とムツミが先へ進んだ事を見上げて確認すると、斡真は一息をつく。


「ゆぅても、まるで蜘蛛の糸だ……」


 斡真の足元には線路に掴まって這い上がろうとする異形の群れ。

一体ずつ蹴り落としても次から次に押し上がって来る。


「これが黄泉で、これ以上じゃねぇかって地獄はよぉ、突き抜けすぎてんだろぉなぁ……」


 ガツンガツン! と蹴っては落とし、蹴っては落としを繰り返す中、


〈あァアァアァアァつま、サぁぁぁン……〉


 名前を呼ばれただろうか、斡真は足元の異形を見渡し、声の主を探す。

視線の先には、無数の異形を足場に這い上がる、誰よりもアクティブ人影。

近くなればなる程、その姿がハッキリと見えて来る。


「お前、薫子!?」


 まだ腐敗は少ない。

然し、薫子の肉体は所々が爛れ、強烈な生臭さを放っている。

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