第28話 始発。
「斡真! 結乃チャン!」
「由嗣……」
結乃は息を荒げ、斡真を3両目に押し上げる。
「結乃チャン、お手柄だよ!」
由嗣に差し伸べられた手を取り、結乃も続いて4両目を後にする。
そして、間も無く貫通扉は閉ざされる。
「丁度、60分が経過した。
お主らが見事ヤツガレの所望を果したがゆえ、そこな黄泉を切り離す事にも成功した」
4両目は灯りを取り戻し、本来の車内に姿を変える。
斡真の薄れた体も少しずつ輪郭が戻り、意識も徐々に鮮明になる。
無事に戻って来られた事を実感する頃には、消えてしまった指先も元通り。
「スゲェ、俺の強運……」
それはここにいる全員が思っている事だ。特に、国生の驚きは一入。
「見事であった、高槻斡真。お主は やはり荒武者よ」
「褒めてんのかよ、ソレ?」
「無論」
斡真は体を起こし、国生を見上げる。
その隣には、すっかり落ちついた面持ちのムツミが並んでいる。
「それが桃?」
「私が意富加牟豆美命。国を生むと致した この方より頂いた名。
桃とは……何処からそのように伝わったのか知れませんが、
きっと黄泉の入口に、桃の枝木が生えていたからでしょう」
この口振りから言って、ムツミは国生に会う事で記憶を取り戻したのだろう。
何であれ、これで国生の所望は全て果した事になる。
「国生、これで俺達も お役ご免だろ?」
「名残惜しくもあるが」
「気持ちだけ有り難く貰っとくよ」
斡真は苦笑。ここから解放されれば、2度と国生と会う事は無い。
名残惜しく思う気持ちが無いと言えば嘘になるが、このまま車内に留まっては、
折角手にしたチャンスを逃してしまう。
「では、約束通り、始まりの駅へ案内しよう」
始まりの駅。
そこに辿り着けば、斡真達は元の世界に戻る事が出来る。
死を免れ、意識を取り戻す事が出来る。
電車は進む。車窓からの景色が、次第に明るくなっていく。
斡真と結乃は揃って窓にへばり着き、色彩の変化に安堵の一息をつく。
「由嗣、見ろよ! 明るくなって来たぜ!」
「陽が昇るみたいです! すごくキレイです!」
「そうだね。やっと帰れるね。
やっぱり……戻ったら皆、お互いの事を忘れちゃうのかな?」
「え? そうなのか、国生っ?」
国生が僅かに目を細めれば、傍らに腰かけるムツミが代わって頷く。
「ここは命無き者の訪れる黄泉比良坂。
今や、現世と常世には境界が引かれ、生者の記憶には残らぬ世界です」
「そんな……」
言われてしまえば元も子も無い。
結乃がガックリと肩を落とすと、斡真は調子よく笑って矮小の背を叩く。
「別にイイじゃねぇか。グロイもんスッカリ忘れて、バッチリ戻れるんだしよ!
こぉやって会えたんだから、また会えるって気もするし。いや、絶対! なぁ、由嗣!」
「……そうだね、」
由嗣は斡真から目を反らし、薄い笑みを見せる。
そして、国生が立ち上がれば電車は速度を落とす。
「始まりの駅だ」
小さなブレーキ音を立て、電車は止まる。窓の外は真っ白だ。
光に包まれている様でありながら、眩しくは無い。
そして、降車扉が1枚開く。
「感謝する」
「ああ」
「末永く、現世を謳歌すると良い」
「ああ」
湿っぽい別れは願い下げ。
斡真は結乃の背をトン! と押して、電車の外に連れ出す。
そして、電車を振り返れば、そこには国生とムツミ、その隣に由嗣が佇む。
「由嗣?」
「…… 斡真、ごめん。僕は降りられないんだ」
「なに言ってんだ、お前……」
由嗣と結乃が訝しめば、由嗣は自分のフクラハギに目を落とす。
「傷口から黄泉が入り込んでしまったから、」
3両目の冠水で由嗣は異形にフクラハギを噛まれている。
その時に、異形の牙が肉に食い込んだのだ。
斡真は息を飲んで察するも、受け入れられぬ思いで頭を振る。
「そんな、フザケ……嘘だろ……?」
「ごめん」
「な、何で言わなかったんだ……戻れないのに、何であんなムチャな事……」
元の世界に戻れないと気づいていた由嗣が、何故あれ程 必死に黄泉と戦ったのか、その気が知れない。
「斡真達には戻って欲しかった」
だだ それだけの思い。
だからこそ由嗣は たった1人で4両目に挑もうとしたのだ。
どうせ帰る事が適わない命なら、その在り方の意義を貫きたかったのだ。
「ゅ、由嗣……」
「だって、僕には斡真の気持ちが解かったから」
「由嗣……」
「斡真が僕達だけは助けようとしていた事。
その為なら、自分を犠牲にする覚悟を決めていた事……」
『必ず見つけて来る!
だから諦めるな! 絶対に2人をここから出してやるから!!』
(全部、俺達の為に?)
「由嗣、俺は……」
「ありがとう、斡真。会えて良かった」
「由嗣……」
「斡真は もうとっくに、」
由嗣の言葉を遮る様に扉が閉まれば、電車は加速し、風を生む。
突風が逆巻き、視界を覆う。
「由嗣、由嗣!! 由嗣!!」
手を伸ばせど、空気を掴むばかり。
光は薄れ、車窓からの眺めは次第に闇を濃くする。
*
「国生サン、ありがとうございます。
僕の事、気づいていたのに言わないでくれて」
斡真達との別れが辛い。
由嗣は その場に座り込み、降車扉に背を凭れるとボトムの裾を捲くる。
異形に噛みつかれた歯形は黒ずみ、腐り始めている。
「―― 人間とは、奇なり」
斡真達に心配かけまいとした由嗣は、黄泉の穢れを隠し通し、最後まで遣り遂げたのだ。
その不屈とも言える信念には脱帽させられる。
「それじゃ、揃々 種明かしをして貰えませんか?
どうしてアナタが、1度は手放した物を もう1度取り戻そうとしたのか。
その為に、何故あんなにも多くの犠牲を払ったのか。国を生む神、伊耶那岐命」
イザナギノミコト。
それは神の名だ。だが、それこそが国生の本当の名。
だからこそ、由嗣はその本性に気づいた時点で正体を明かす事を『おこがましい』と憚ったのだろう。こうもあっさり言い当てられては話を反らす事は出来まい。
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