Victims of Fate
銃口が業火を吹き出したその時──頬を掠めた冷たい一陣の風。
朱色のマントをはためかせ、長大な二本の槍が遮りるとプロペラのように回り出し、銃弾を弾いた。
「ソルジャック……?」
聳え立つ壁のように厚く重厚な体躯、その体に似合わぬ優しげな顔立ち、ニヒルな笑み向け、金色の瞳に宿る赤々とした粒子がつよく耀く。
銃弾を弾くソルジャックの前、プロペラの間に覗く一ノ瀬は【霞みの構え】で隙を窺っていた。
「不味いわソル!」
氷華の焦った声音で察したソルジャックは、口の端を吊り上げ、下知を取るようマントを外し放り投げた。
すると俺の頭に黒い幕がかかり、一瞬にして空気凪いだ。
「……だれですか」
黒い幕──俺のために作られた防弾コートを取る。
そこには忍び装束に身を包んだ筋骨隆々な黒人──カルロスが一ノ瀬の冰刀を、二本の柄のない忍者刀で防いでいた。
「カルロス・バレット……」
一ノ瀬の質問に目の色一つ変えず、低い声で答える。
「離れろ雪子!!」
龍一の声が響き、ハッとした一ノ瀬の肩を掴み、カルロスから引き離すとすかさず両手のガバメントのトリガーを引く。
自慢だと言う龍一の銃撃を、赤い粒子を虹彩に宿したカルロスは、易々と刀でいなす。
心なしか二人とも笑っている気がした。
「よぉカルロス……二年ぶりかぁ?」
ホールドオープンしたガバメントにマガジンを装填しながら、悠長に話し始めた。
「龍一くん……この人達」
額にじんわりと汗をかく一ノ瀬が、ソルジャックを睨みながら構える。
「雪子は知らなかったけか? コイツらも【組織】を抜けた裏切り者だ……よぉ氷華!! 二年ぶりだな!」
カルロスと龍一も互いに距離を取り、牽制しあう中、余裕の龍一は軽口を叩いた。
氷華は浅く白息を吐きながら龍一を睨む。
「えぇ、久しぶりね……けれど雪子との感動の再会に水を差されて、正直不快よ」
「あらあら~そいつは悪かったな──」
氷華が辛そうに俺の肩を抱く。
「──ところで、実験は成功したか?」
龍一の一言。それが空気を一変させた。
カルロスとソルジャックは眉をひそめ、氷華は閉口したまま俯く。
「なんの話かしら……」
訝しげに龍一に目を向ける一ノ瀬。氷華は絞り出すような声音で答えた。
「忘れたのか【組織】を抜けたあの日、お前が言ったこと…………おいキョウ! 知らないなら教えてやる! コイツらはお前を利用するために近付いたんだ!」
唐突に告げられた謎の暴露。だがその言葉は俺の核心を突かない。
「……龍一、俺はお前たちに殺されかけた! それを氷華たちは助けてくれたんだ!!」
「いいや違うぞキョウ。そんな虫のいい話じゃない! コイツらはお前の異能を使って、ある人間を殺すつもりだ」
傍らの氷華へ目を向けると、ぽつりぽつりと呟き始めた。
「それが貴方の使命なの……貴方が産まれた理由、貴方が生かされている理由……
「運命ってなんだよ! 俺は道具じゃねぇ!!」
神だとか運命だとか。そんなものこの世界には無い。
あるのは科学が解き明かした必然。偶然とは未知だ。
「受け入れられ無いなら。貴方はもう用済みよ。
突然手の平を返した氷華は後退り、俺へ氷の刃を向けた。
「あぁ畜生……」
漆黒のコートを靡かせ身構えた。
俺には武器など無い──だが
蒼白い粒子が視界端にチラつき、氷華を繋ぐ鉄鎖をつよく強くイメージした。
「あぁチクショウ! 畜生!!
だが同じ異能者である氷華は、虹彩に宿る光を視認でき、白衣の内ポケットから試験管を中空に放る。
「無知蒙昧ね」
放った腕が天井から刺す鎖に繋がれた。
コルクの蓋がされた試験管──それが弧を描きながら落下するなか、氷華の言っていた言葉を思い出させる。
『異能を最大限活用するため、弱点を補うに足るもの……』
試験管に気を取られ、視線を外した瞬間。
目測を誤り鎖は氷華の腰に巻き付いた。
計算ミス──本来、氷華の右手を捕らえる筈だったが。まぁ大丈夫、これで逃げられる──
そう考えていた。だがいつも現実は俺の儚い希望、夢など歯牙にも掛けない。
降り落ちる試験管が鉄鎖に当たり、ガラスを砕く。
すると中に入っていた液体が漏れ出、なにかの塊が出てきた。
「一瞬の判断が明暗を分かつわ」
氷華の目に宿る光が霧散し、鉄鎖に滴る昇華された水。
それが塊に触れる瞬間──煌々と耀く火柱が上がり、瞬く間に爆音に飲まれた。
目を塞ぎ、耳を劈くモスキート音が時間を停止させたような錯覚を覚えさせる。
「日向くん!」
一ノ瀬の声が届き、俺はハッと目を覚ます。
眼前に迫る透明な刃、それを遮るよう白い塊が飛んできた。
「集中して!!」
ソルジャックの脇を抜けた一ノ瀬が、首筋に汗を溜めながら俺を叱咤した。
距離を置こうと半歩下がろうとすると、赤い残光が眩しい。
一ノ瀬と氷華の間を割ったソルジャックの長槍が、つばぜり合う二人の刀を突き上げ、俺は咄嗟に一ノ瀬の腰を掴んで身を投げた。
「いたっ!」
「いってぇ!」
リノリウムの床に二人揃って倒れ、放られた冰刀が突き刺さり、ソルジャックの槍が眼前を掠める。
透かさず一ノ瀬が立ち上がり冰刀を引き抜くと、ソルジャックの槍を受け流す。
「っ! つよい……」
鋭い目つきでソルジャックを睨み、忌々しげに呟かれた。
カルロスを見ると龍一の銃弾を避け、弾き、見事に龍一を封じている。
どうすれば、俺はどう動けばいい──
自問自答を繰り返し、尻餅をついたまま後退る。
「ヒヒッ……ヒヒヒ」
ひんやりとした
「うわぁぁあ!!」
声を上げた瞬間、耳を劈く泣き声がまた。
すると暖かい小さな手が腰にひたり……ひたり……と一つずつ掴む。
豆大福みたいに小さな手はやがて、腰を覆い尽くすほど連なって現れ、一つの巨大な腕へと変わる。
大きくなっていく泣き声とともに、巨大な腕に生える顔──腫れぼったい目を瞑り、歯の生え揃わない桃色の歯茎を見せて笑う孩児。
膨れ上がるよう無数に現れ、一つの肉塊へと変態した。
「【
氷華が呟き、一ノ瀬は敵を前に刀を下ろす。
龍一は厳しい目つきで睨み、ソルジャックとカルロスは迷わず此方へ跳んできた。
「ヒヒッ……ヒヒヒ」
肩を揺らし笑う女へ真っ先に突貫したソルジャックは、長槍の高速回転で俺を掴む巨大な腕を引き裂く。
すると今度はカルロスが赤い粒子を纏い、女に刃を向けた。
「カルロス! ウシロだ!」
ソルジャックの拙い忠告に従う間も無く、肉塊は切られた腕をいとも容易く生やし、頭巾で隠れたカルロスの頭を巨大な手で掴んだ。
「グォォオオ!!」
カルロスの悲痛な叫びも虚しく、肉塊はゴリゴリと骨を砕き肉を引き裂いた。
断末魔が止まったと思えば、カルロスの太い腕がダラリと落ち、リノリウムの床を非常灯の淡い光を朱に染める。
「なんで……人間が……こんな簡単に!」
口の端を絞め、目頭が熱くなるのを感じる。
漏れでた言葉も虚空に溶け、ソルジャックがマントを投げ、カルロスの頭を潰した肉塊に長槍を放った。
「
虹彩に光を宿したソルジャックは壁を蹴り、目にも止まらぬ速さで肉塊の両腕を削ぎ落とした。
「ワタシノ……ワタシの赤チャン!! 赤チャン!!」
女が喚き出した途端、肉塊に張り付いた目や口が開き、一斉に鳴き始める。
──オギャア、オギャア──耳が千切れそうなほど、けたたましく鳴く肉塊に気圧されたのか、ソルジャックが耳を塞ぎ立ち止まった時。
巨大な腕が振るわれた。
肋骨を穿ち鎖骨を破って内臓を床にブチ撒け、吹き出した血を被った女は尚も歪に笑っている。
「グッ……ガハァッ! 氷華──」
金色の瞳を向け、口から血を吐くソルジャック。
「──ミンナの願いヲ……」
黒色の瞳孔が開き、息絶えたソルジャックは刮目したまま事切れた人形のよう項垂れた。
カルロス、ソルジャックも死んだ。一ノ瀬は絶望的な状況に顔面蒼白で立ち尽くしてい、龍一もただ茫然と静観していた。
氷華を見ると物憂げに小首を傾げ、眠たげな目で思案している様子。
「な、なぁ……ここから逃げる方法ってあるのか?」
「【
蒼く淀んだ曇天模様のような瞳で、胸を貫いたソルジャックの亡骸を叩きつける肉塊を静観する。
「どうしてそんなに冷静でいられる……仲間が死んだんだぞ、目の前で!」
ゆっくりとこちらを向いた氷華が口を開いた。
「二人とも死ねたのよ? 幸せじゃない……フフッ」
「ッ! 死こそ耽美などとッ!!」
認めない。認めたくない。ソルジャックやカルロスの命はそんな安いもんじゃないんだ。
自分では手を加えず、力によって蹂躙するあのクソ女も、ただ自己陶酔に溺れ現実逃避する氷華も!
青白い光を宿し、血の海に浮かぶ二本の刀に手首へと鎖を繋げ、一気に引き寄せた。
「
血の着いた柄を握り、穴の空いた柄頭に鎖を通して腕から離れないよう。歪に笑う女へ迷い無く走った。
白痴の中、耳障りな泣き声が耳鳴りを掻き消し、強ばった肩を伸ばし右手の忍者刀──
「うぁああ!!」
女を刃で貫く直前、目を瞑り手に伝わる硬い感触──だがゆっくりと沈み込む気色の悪さ。
「ヒヒッ」
女の引き笑いに目を開き、眼前に
「っ! クソっ! 抜けろ!!」
次の瞬間、冷静になった頭が刀を引き抜けと囃し立てる。
だが抜けない。抜こうとしても刀は微動だにしない。
左耳に聞こえた風切り音──それが届いた頃、俺の体は激痛とともに歪んでいた。
固く暑い壁に叩きつけられ、右腕に突き刺さる瓦礫、鉄片が身を抉る。
左腕には痺れる痛みと、吹き飛びそうになる意識を繋ぎ止め、リノリウムの床に落ちた。
俺はまだ生きてる。一撃で二人を殺した拳を受けても、かろうじて生きていた。
氷華の言っていた『骨が折れることがない』ってのは嘘じゃなかったようだ。それが幸いかは別の話だがな。
「うっぐぅぅ……」
壁は混凝土を剥き出し、鉄柱には俺の血がついていた。
これが常人なら死んでいることくらい、バカな俺にも容易に想像できる。
脊椎損傷、頭蓋骨陥没、内臓破裂エトセトラetc,死に様選び放題のビュッフェ状態だ。
「へへっ……笑えてくる」
頭が痛い、視界は歪んで患部は痺れて動かないし、壁に打った右腕から血が出てる。
だが足は動くし、まだ異能が使えるほどには意識がハッキリしていた。
──ひたり、ひたり──女の足音が近づく。
「ヒヒッアナタァ……」
光悦に浸る女の細腕を、流血する右手で掴む。
俺はなにをしようとしたのか、気が付けば自分の右腕に流れる血を舐め、女の唇へと重ねた。
「うぐぅっ……」
少し甘い女の舌を絡め、高鳴る鼓動を感じる。
俺の異能……その本質はただの鉄鎖じゃない。
──運命の糸は紡がれ、俺はこの力に導かれた……
「ぷはっ!」
俺の異能……孤独が生んだ力は人の温もりを求める。共感し感応する事ができる力でもあるんだ。
「
「ヒヒヒッ」
表情はヒクリとも変わらない。既に精神の壊れた女に、俺の言葉が意味する事など理解できないのだ。
「もう止めよう煌。お前の子供は死んだんだ!」
「ヒッ……」
微かに目を細め、俺を訝しんだ。
女の目に宿る光が徐々に明滅し、佇んでいた肉塊は跡形もなく、忽然と姿を消していた。
僅かな沈黙の末、目を見開いた女は長い爪を俺の喉に立てる。
「チガウ……チガウチガウチガウ!!」
「うっ! ぐぅっ!」
喉を締め付ける力が半端じゃない。
そう考え視界が霞み始めた時──憎悪に歪む血の涙を流す女の顔が消えた。
女の首が消え、その背後に立つ鋭い目の一ノ瀬が冰刀を振っていたのだ。
「大丈夫、日向くん……」
彼女の柔らかく間延びした声を聞き、やがて俺の意識が遠退いていく。
この世界──誰が名付けたか『
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