暗躍する謎 part2 (改稿)

 何時間待ったのか、通された診察室に入ると白衣を羽織った女医が座っていた。


「どうぞ、座って」


「は、はい……」


 女医を見るとその容貌に驚愕した。


 黒髪のセミロング、両手に皮製の手袋を嵌め、身長は俺より少し小さく、なにより胸板というか……胸? が小さい。


 そして眼鏡を掛けた目は気だるげに半分閉じ、瞼の奥には蒼く澄んだ瞳が覗いている。


 酷く懐かしい、気を抜けば涙が溢れてきそうなほど既視感を覚え、先生に向けてか自分の口から言葉が漏れた。


『久し振り……』


 慌てて頭を振って促された席に座した。どうやら先生には聞こえていなかったようだ。


 白衣の胸に付いていた名札には『一ノ瀬』の文字、一ノ瀬から妹が居るなんて聞いていない。というか聞く間柄ではないか。


「今日はどうしたんですか?」


「あの……その前に、先生ってお姉さんとか居ます? 高校生くらいの……」


 あれ? よく考えたらこの人が現在病院に勤めてるってことは大学は出てるんだよな。じゃあ一ノ瀬と先生が姉妹だとしたら──。


「……高校生くらいの妹なら居ますよ」


「そ、そうですよね。いやてっきり……」


「それはどういう意味ですか? なぜ妹と間違えたの?」


 い、言えない。一ノ瀬より胸が小さいから妹だと思ったなんて。


「に、似てるな~ってそれだけです。すみません」


「何故謝ったのかしら?」


「他意は無いですよ。ホントに……すみません」


 先生が大きくため息を吐き、逸れた話を戻した。


「──っで、今日はどうしたんですか?」


「あの……遊んでたら腕が動かなくなって……」


 動かない腕を指しながら言うと、先生がその腕を掴む。


「いてっ」


「あぁ……これは……まぁでも……そうね──」


 俺の腕を離し、先生が眼鏡を外すと瞼を開け、整った顔を俺に向ける。


「私の目を見てて……」


 そう言うとゆっくりと虹彩が青みがかり、部屋の温度が下がったように感じた。


 はっきりと開いた瞳には蒼い光が放出されてい、まるで昨日見たヤクザ。

 羽籠はごもり 隆義たかよしの発した目に似ている。


「なにか変わったかしら?」


「め、目が……ひか、ってる?」


 確実に光が発せられていることに対しての質問だ。


 答えると先生の目の光が消え、エアコンから出る風が温かく冷えてた室内に流れる。


「まさか覚醒してるなんてね……」

 

「は? 覚醒って?」


 再び眼鏡をかけ直し、手袋越しの指でブリッジを押さえ、足を組んだ。


「“異能”よ。自覚が無いの?」


 異能……聞き覚えのある単語だ。


 そう言えば、この『鎖』はあの男が差し出した“液体”飲んだ直後から現れた。


「もしかして……あのちからが“異能”?」


「そうね。貴方の思い当たっているものが異能よ……にしてもマズイわね」


 歯噛みしながら俺を睨む先生に質問した。


「な、なにがマズイんですか?」


「……貴方、コイツらの誰かに見覚えない? ないし出会った事はある?」


 先生がデスクの引き出しから複数の写真を取り出し、俺に手渡された。


 一番上から厚い化粧をし、耳にゴールドリングのピアスを数多く着けた黒人の男性(?)


 次に龍一に似た赤髪の少年が、こちらに向かってピースサインをしている。


 今度のはどこか見覚えのある長い金髪の白人女性。その次は鼻が高い茶髪の白人男性、これに見覚えはない。


 それから金色の目をした端整な顔立ちの黒髪のアジア系なのだが中華風の民族衣装を着た白人の男性。


 褐色肌ながら鼻が高い忍者のコスプレをした外国人男性。


 最後は白人男性だが龍一に比べて、暗く鈍い赤髪で写真は終わっている。



 カードゲームの手札を持つように片手で広げていた写真を先生に返す。


「上から言っていくからもしかしたら聞いた名前があるかもね。ヘヘス、龍一、セレナ、ソルジャック、アルヴァス、カルロス、イスマイル、どうかしら?」


「龍一は同じ学校に通ってる……」


「あぁ……よりにもよって面倒な奴が付いてるわね」


 先程から話の見えない事ばかりだ。俺の腕になのんの関係があるんだ?


「あの、先生? 俺の腕と龍一がなんか関あるんですか?」


 頭を抱えていた先生が、こちらに向き直るとまだ幼い頃の龍一の写真を向ける。


「さっき聞いてきたけど、雪子も知ってるのよね?」


「妹さんですね。この間転校して来たんで、知ってます」


 それ以上の関係ではない。断じてない。


「掻い摘まんで説明すると、雪子と龍一は貴方を殺す為に雇われた殺し屋ってところね」


 思わず笑いが出た。


 そんな話のドラマなら何処かで聞いたことあるし、そんな冗談言うより腕を何とかして欲しい。


「ふひっ……いや、そんな設定? 何処かのドラマでやってませんでしたっけ? もしかしてそんな冗談がお好きなんですか?」


「まぁそうよね……。じゃあ詳しく説明するわ。まず貴方が思っている以上に、貴方の“顔”は広く知れ渡っているのよ」


「まさか? 俺も“殺し屋だった”とかですか?」


 記憶に無いだけで自らがエージェントだった……なんて少し前のSFや邦画では有りがちというか、出尽くした設定だ。


「……三割ってところかしら。正確に言ってしまえば間違っているわ。貴方、人を殺した事ないでしょ?」


 思っていた以上に彼女は“イタい人”らしく、イエスとしか答えようの無い質問で電波を垂れ流してくる。


「はい、としか言いようが無いですよ」


「ならせめて、異能が自由に使えるようになるまではあの二人──赤井 龍一と雪子には近づかない事ね。二人は裏でもトップクラスの殺しの腕だから……」


 無遠慮な発言、まるで二人をただの犯罪者のように言う態度。

 どれほど二人を知っていようとこの発言は頂けない。


「さっきから聞いてれば訳が解らない事ばっかり……なに言ってんだよ!」


 立ち上がって鬱憤を晴らすように声を荒げると、先生が深いため息を吐きながら、頭痛を抑えるように手袋越しの指で額を押さえた。


「はぁ……面倒ね。ここまで親切に教えてあげたのに……腕を治すのよね。ちょっと待ってなさい」


 気だるげに重い腰を上げて奥に行き。

 エアブラシのような、注射器を持って戻って来ると俺の上着を脱がし、ワイシャツの胸元をはだけさせた。


「絶対動かないで……」


 右肩、腋窩動脈えきかどうみゃく上に注射器の先端部を当て、先生がブランジャーのトリガーをひくと、肩に痛みが走った。


 内包されていた薬液が血管を循環して、体内に侵入してくる。


 液体が無くなり、ブランジャーを離すと刺さっていた針が戻り、注射器を外す。

 右肩には小さな六つの穴が空き、少しだけ出血しており、先生は消毒液が染み込んだ脱脂綿で傷口にあてがう。


「あの……俺の許可なく、変な注射しましたけど内包薬の主成分は?」


 当然の質問に先生は黙って脱脂綿で出血した血を拭いとる。


「ナノマシンよ。貴方はそれで充分……腕は動く?」


 それだけ言い、動かなかった腕を動かしてみると多少の痛みは残っているが、確かに動く。流石は医学が科学を凌駕する日本の技術だ。


 我が日本の医学薬学は世界一!! できないことはない! ってのは決して嘘では無かったらしい。


「医療費や薬剤費は必要無いから、もう帰りなさい」


「え? いや必要でしょ」


「ナノマシンって高額よ? 貴方に払える?」


 タダほど怪しいものは無いが、確かに一般に聞く治療法ではないし、だが勝手にされたのだから無料診察だとしてもおかしくはないのか?


 というか俺は母親の仕送りで生活している身、無駄な出費は許されない為、正直値段を聞くのも怖い。


「ほ、ホントに無料なんですか? 他に何か条件は?」


「そうね……条件は何か困ったら私に相談しなさい」


「相談?」


「“異能”、“組織”について教えられる事なら、教えてあげるし、それで困った事になったら、声を掛けてくれれば助けられるわ」


 俺の知らない世界を知る先生は何故、俺なんかを“助ける”なんて言えるんだ。


 善意なんてとてつもなく、くだらないと思える代物で、他人の善行ってのは薄ら寒くすらある。


 だがそれも真理だ。他人とは何処までも薄情で、実の無い言葉で、貶め、謗る。それが人間であり人。


 だから俺は目の前の「助ける」なんて甘い言葉を鵜呑みにはしない。


「それと――」


 制服を着ながら話を聞いており、鞄と上着を持って出ようと椅子から立ち上がると、先生の声に呼び止められた。


「異能を最大限発揮するには、弱点を補うにたる“物”が必要よ」


「物? 弱点?」


 弱点に関しては俺にも解る。

 鎖は無条件に発動できるが斥力と引力、知っている限りの物理現象は自分自身に降りかかるということ。


 俺の質問に先生が白衣の内ポケットから取り出したのは、無色の液体と深青色の液体が入ったゴム栓をした二本の試験管だ。


「これで弱点を補えるんですか?」


「……現実に起きてる事象なのよ。それを補う物はこの世に存在できる物質でしょ?」


「まぁ確かに……」


 そう考えると俺には何が必要なのか良く分からない、というより何故そんな物が必要なんだ?


 この街の暴漢から身を守る為にしろ、この能力をよく知らない限り、能力を補う物が明確に分かりはしない。


「ではお大事に……あっそれと、この病院のどの部署に受診しに来ても、貴方は私に通されるわ」


「……先生は外科内科、なんでも出来るって事ですか?」


「そうね……まぁ出来るわよ。あと先生じゃなくて私の名前は、氷華ひょうかよ」


 氷華先生に今更な自己紹介と右手の手袋を取り、一ノ瀬いちのせ以上に、色白の手を向け握手を求められた。


「あ、どーも」


 緊張でへらへらしながら、氷華先生の手に触れると、人間の体温とは思えない程冷たく、凍えており、蒼い瞳が写す俺の顔は不安の色を出していた。

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