天使のリボルバー

 止血が済んだ俺は、医務室の待合室で佐野の様態を診るため、一ノ瀬も隊長として同席し、その帰りを待っていた。

「おいおい! 俺は大丈夫だっての!」

 中から佐野の大声が聞こえ、自然と病室の扉の方を向くと、病室から一ノ瀬が出てき、病室の方を向きながら口を開いた。

「私が悪かったけど! 佐野君は先生の言うとおり、安静にしてること!!」

「ちょっと頭痛いだけだって! 大丈夫だよ」

 立ち上がって覗き込むと、白衣を着た外国人医師に羽交い締めにされる、頭を包帯で巻かれた佐野が暴れている。


 一ノ瀬は尚、抵抗する佐野に、頬を膨らませ、目を細めると一喝した。

「これは命令です!!」

 その大喝一声に佐野は唖然とし、強く閉められた扉から反駁の声も上がらなかった。

「もぉ~~」

 相変わらず頬を膨らませ、ふくよかな胸を抱き寄せながら、ぷんぷんっと憤慨している。

「なぁそれって怒ってるつもりか?」

「うん! もちろん怒ってるよ! 脳震盪のうしんとうだって、言われてるのに、訓練は続けるって言うからね」

「でもそれは一ノ瀬が側頭部を蹴ったからだろ」

「うぅ~そうだけど~」

 医務室を出て腕に巻かれた、包帯の調子を確かめながら、廊下を二人歩きながら話をしていると、不意に一ノ瀬が俺の肩を揺すった。

「まだ訓練の途中だよ! 今度は射撃!」

「さっきも見ただろ。俺は何もできないって……」

「いいの! 今度は撃てるように、訓練するだけだから」

 また手を引いて案内を始め、長い廊下をつかつかと先導する。



×××



 早速、屋内射撃場に通されると、瞬時に耳を塞ぎたくなるような号砲が連続して鳴り、鼻孔を突く火薬の焼けた臭いに違和感を覚えた。

 一ノ瀬は耳を塞ぐ様子もなく、平然と銃撃の鳴り響く中をスタスタと抜けていく。


 最奥から手前に二つ目に、一際ひときわ激しい轟音を響かせる異色のレーンがあった。

 そこには短髪の金髪に、ヘッドホンをつけ、切れ長の鋭い目付きで標的を狙う女性──アイリス・レイアーチだ。

 手にした銀色の巨大なリボルバーを、右手首を掴みながら腰を屈め、慎重に狙いを定めると、閃光と共に銃身が跳ね上がり、銃口から強烈な咆哮が谺す。


 撃ち終えたらしく、姿勢を正すと息を吐きながら弾倉を開き、真鍮製の排薬莢をテーブルに六発落とした。

 テーブルにはまだ弾がある。まるで口紅みたいな弾丸だ。

 こんなもので撃たれたら、抉れる程度では済まないだろうな。


 一ノ瀬が一息を吐くアイリスの肩を叩くと、アイリスも警戒する様子がなく、平然と銃を置いて振り向く。

「あら、雪子ね。それと……お友達」

「もぉ! アイちゃんまで! 日向くんは立派なの一員です!」

 俺を指して友達と言ったアイリスに対し、一ノ瀬は頬を膨らませて憤りを表すと、その姿にアイリスは苦笑した。

「えぇそうね。それで二人して訓練?」

「ううん、違うよ! アイちゃんに銃の使い方を教わる為に来たの!」

 一瞬アイリスが眉をひそめる。

「雪子がって訳じゃないわよね。まさか……」

 俺を睨むアイリスに気圧され、怯んだが、一ノ瀬がアイリスの眼前まで顔を寄せて視線を遮る。

「うん! そのまさかだよ~♪ 日向くんに教えてあげて~」

 アイリスが一ノ瀬の頭を撫でて軽くいなす。

「ふー……雪子の方が私より扱いには長けてるでしょ」

 アイリスの言葉に小さな唸りを上げる一ノ瀬が、小動物のような目を向け、口を開く。

「うぅ~わたしは下手なんです~」

「そうだったわね」

 慣れた様子で一ノ瀬の頭を撫でて制し、アイリスは俺に向き直った。

「急造の兵士なんて、戦場では弾避けにしかならないわ」

 鬼軍曹のように厳しい目をし、俺は射すくめられた。

「そ、そうならないようにして欲しいんですけど」

「今、話してるんだから……」

 アイリスは頭痛でも抑えるように頭を抱え、イジイジと人指し指で突いてくる一ノ瀬を嗜めた。


 早速アイリスの立っていたレーンに立たされ、目の前の巨大なリボルバーを見下ろす。

「日向くんは銃の事、どれくらい知ってるの?」

「えっと……アサルトライフルならAK-47、ピストルならM29ぐらい有名なのは知ってる。オートマチックはどれも形状が似てるから、解らないな」

 銀色の巨大リボルバーがM29でないのは解る。

「うーん、それはアイちゃんの『レイジングブル』トーラス(タウロス)社製の大口径回転拳銃……弾丸は~なにかな?」

 アイリスに視線を移すと、ポケットから口紅サイズの弾丸を一発見せた。

「.454CASULL AMMO.Full metal jacket火薬量は標準値の260Grain」

 英語が流暢で分かりにくい、そもそも火薬量に規定なんてあるのか。

「えっ!? そんな銃を使うの!?」

 話を理解していない俺を置いて、一ノ瀬は驚愕しアイリスに詰め寄った。

「ダメダメ! 訓練もしてないのにそんな銃!」

「かといって時間かけて、育てるのも無理でしょ。ジュンだって命中率70%越えるのに、一年掛かったのよ」

「でも日向くんには、競技用の拳銃を使ってもらいます!」

 そう言って一ノ瀬は俺の手を無理矢理引いて入り口の方まで連れ行く。


×××


 倉庫番らしき男に話を通し、暗がりの中倉庫へと歩みを進めるとそこには、ところ狭しと拳銃、突撃銃、散弾銃、狙撃銃等様々な銃火器が並べられていた。

 流石に対地対空砲などの爆発物は置いていないようだ。

「えっと……何が良いんだろ~」

 拳銃が飾られている一角を前に、悩む一ノ瀬を尻目に一挺の拳銃を手にした。

 夢で見たガバメント、それも刻印にM1911A1、軍用製である黒鉄くろがねの拳銃を取る。

 ずっしりと銃身が重いが、グリップの突起したスイッチも握りやすい。

「これ、いいなぁ」

 俺が呟くと一ノ瀬と、ついて来たアイリスが同時に手元を覗き込む。

「最初期の1911ナインティーンイレブンはダメ!」

「こんな骨董品まだあったのね。当然却下よ」

「な、何がそんなにダメなんだよ……」

 扱いやすそうで、手にしっくりくるんだ。簡単に自分の意見は曲げなられない。

「うーん……日向くんはあんまり銃、知らないんだよね。まずは型式の古さ」

「そもそもの内部機構、チャンバーの弱さ、ヘタりやすさ、利便性、携行性、互換性、メンテナンス量、装弾数、どれを取っても旧世代の品ね」

 一挺の銃を研究、開発にどれほど時間を有したかを考えれば、どのような銃であろうと使用する理由に足るだろうが、事生死に関わるとあれば、そうは言ってられない。

 二人は実用性を説いてるのだろう。

「解かりました」

「うぅ~やっぱり、パルディーニのPCシリーズの方が良いですか?」

 ガバメントを仕舞い、一ノ瀬が一挺の拳銃を指差した。

「それならGTシリーズのレースガンの方が良いでしょうね。貴方の希望通り45口径よ」

「じゃあこれですね……スピードローダーと.45ACPのFull metaljacket……」

 合成樹脂製のグリップと、鉄製のフレームとは違い、スライドはポリマー。

 レースガンと言っていたが、所謂競技用拳銃ということだろうか?


 一ノ瀬とアイリスは淡々と俺の銃を決定すると、射撃場へと戻った。

「まずはマガジンに弾を込めます!」

 そう言ってプラスチックの部品のようなものと、鉄製のマガジンを手渡された。

 所々穴が開き、数字が彫られている。

 恐らくこの穴から弾頭が覗き、一目で残弾を確認するためのものだろう。

「ん……どうやって弾を込めるんだ?」

 真鍮製の薬莢部分と、赤褐色の鉛の弾頭部分に別れているのは解るが……

「うん、まずはね~このスピードローダーを填めて、フォロアーを押し込んで、一つ込める。また戻して一つ……これの繰り返しだよ」

 二発分込められたマガジンを返され、早速込めると存外サクサク込められた。


 パルディーニGT45の5インチ、競技用拳銃レースガン──LAW、ピカティニーレールを廃し、光学照準器もない。

 そのGT45のグリップにマガジンを差し込んだ。

「あっ、ちょっと待って! 銃口を上げないで!」

「えっ、あぁ」

「銃を撃つとき以外、トリガーに指を掛けない!」

 突然の叱咤に少し戸惑ったが、一ノ瀬が近付き、後ろに廻ると、俺の両腕を掴み誘導を始めた。

 背中に柔らかい感触が……いや、ダメだ! 集中しろ!

「標的を前にして、銃口を上げる。それと同時に、マニュアルセーフティーのレバーを上げて、スライドストッパーを外す」

 耳許で一ノ瀬の甘い吐息が当たる。

「両足は肩幅に開いて……腰を少し落とそっか」

「ん、あぁ……」

 言葉に従うが、さらに集中力が削がれる。

 こいつ、近くによるとこんな良い匂いしてたのか……シャンプーか? リンスの匂いかも。

「左手を添えて、人差し指はトリガーガードに掛ける」

 次第に腕から手を重ねるまでに近付き、首筋に掛かる息がさらに近くなった。

 背中の柔らかい感触も、まるでクッションに包まれているかのように広がる。

「親指をフレームにくっつけて、反動を抑えるの……」

 夢見心地だった感触が突然、離れた。

「はい! スライドを引いて初弾装填!」

 えっ!? なんだ? 突然……一ノ瀬は?

 振り向くと不思議そうに小首を傾げている一ノ瀬が居、俺は後頭部をはたかれた。

「さっさとする!」

 アイリスが傍らに居たようだ。

「は、はい!」

 スライドを引くとガチャリと音を立てて、最初の一発がエジェクションポートに現れ、スライドを戻すとバレルに装填された。

 すると正面のレーンに標的が降りてき、すかさず銃口を向ける。

発射ファイア

「あっ、え?」

 アイリスが舌打ちをして俺を見下ろす。

「私が撃てって言ったら撃つのよ。愚図……」

「んくっ……は、はい」

 もう一度トリガーに指を掛け、銃口を標的に向けた。

発射ファイア!!」

 バァァアン! ──っと衝撃と号砲が鳴り、全身が痺れ、思わず腰が抜けた。

「あっ」

 バタリとその場で尻餅を着いて、手の痙攣に言い知れない恐怖のようなものを感じた。

「大丈夫!」

 慌てて駆け寄る一ノ瀬が心配そうに俺の顔を覗き込む。

「日向くん……どうしたの?」

「い、いや、予想以上だったから……」

 銃口から登る白煙。手汗と震えが同時に来て、頭が混乱する。

 銃ってこんなに反動があるのか……それを久世や佐野は簡単に扱っているように見えた。

 それだけでどれだけの月日を掛けて、研鑽を積んできたのか解る気がする。

「やっぱり9mmの方が良かったかな?」

 一ノ瀬が何を思ったのか、俺の頭を撫でながら言った。

 俺はペットか!

「そういう問題じゃないと思うわ……」

 アイリスの言う通り、弾丸の口径に伴うガンパウダーの比重ではなく。

 単純に俺の実力不足だろ。

「音もそうだけど、発射時に目を瞑っていたわ。慣れるまではサングラスとヘッドホンを着けさせるべきよ?」

「あっ! そ、そうだったね……」

「忘れてたのかよ」

 俺が苦言を呈すと一ノ瀬はバツが悪そうに唇を尖らせる。

「だって……訓練なんてしないんだもん……」

「言い訳しない」

 アイリスが一ノ瀬を嗜めると「うぅ~」っと唸り始めた。

「あのさ、良かったらまた一ノ瀬が手本見せてくれよ」

「えっ──えぇぇ!? わ、私が撃つの!?」

 一ノ瀬がざざっと大仰に身を引く。

「な、なんだよ。お前、リーダーじゃねぇのか?」

「り、リーダーじゃなくて、隊長!」

「意味は同じだろ……」

「それでも駄目なの! 私は下手だから! お手本ならアイちゃんが!」

 立ち上がった一ノ瀬が、蚊帳の外だったアイリスの背中に隠れるようにして言った。

「何言ってるの雪子、たまには隊員の前で手本を見せなさい」

「うぅ~うぅぅ~~!」

 アイリスに首根っこを掴まれ、唸りながらおずおずと俺の持っていたGT45を手に取った。

 俺も体を起こし、レーンから一歩下がる。

「わ、笑わないでね……」

 一ノ瀬は心配そうに瞳を潤ませながら、今にも泣き出しそうな顔でレーンに立った。


 すると手早く予備弾倉に弾を込め始め、俺が要した半分の時間で二本の弾倉に弾を入れ、ポケットに押し込んだ。

「ターゲットのレベルは?」

「えっと……ちょ、ちょっと待って! し、深呼吸! 深呼吸……」

 一ノ瀬が両腕を広げ、深呼吸をすると自分の手を凝視し始めた。

「ちょっと待ってね……いま、震えを止めるから……」

 さっきまでの甘く間延びした調子を忘れ、落ち着き刃物のように鋭く澄んだ声音に一瞬ゾッとした。

 本当にいつも溌剌としている一ノ瀬 雪子なのか、疑いたくなるような。

 喜怒哀楽の消えた冷徹な声だ。

「ふぅ……目隠しお願いします」

 そう言うとアイリスは戸惑う事もなく、黒い布で一ノ瀬の視界を塞いだ。

 目隠しで曲芸? これから何が始まるのか……視界を奪われて、ターゲットを撃てるのか、甚だ疑問だった。

「っで、レベルはどうする?」

「レベル……もちろんMAXで……」

 そう言うとアイリスも一瞬、戸惑いを見せ、簡単にレーンのパッドを操作し始めた。

「じゃあいくわよ」

「お願いします」

 一ノ瀬が何かを始めた事を察した、他のレーンに居た外国人達も、いつの間にか此方のレーンを覗いていた。


 機械が小さな電子音を鳴らすと、途端に高速でターゲットが最奥で流れ、それと同時に一ノ瀬の銃口が瞬く。

 息を飲む暇もないほど流れ、現れる。

 それは手前だろうと最奥だろうと距離は様々。


 目が見えない状態にも関わらず、高速で水平に移動するターゲットを追い、撃ち抜く。

 バァン──キン──っと火薬が鳴ると同時にターゲットに着弾した音が連続で響いている。

「リロード……」

 言葉より先にポケットから出していた弾倉が、再装填される。その間一秒ちょっとの動作だ。

 装填中も首だけはターゲットを追っており、銃口を上げた瞬間に撃鉄が落とされる。


 十分以上にも感じられた時間は、最後の弾倉が装填され、ものの数秒で終わりを告げた。

 湯気立つ銃身を剥き出しにし、ホールドオープンしたところ、一ノ瀬がターゲットを見送った瞬間。

 開始時と同じ電子音が谺した。

 これは一つでも撃ち損じれば即終了するトレーニングなのだろう。

 一ノ瀬は数分の間、集中力を途切れさせないように、細かく呼吸し、新鮮な空気を脳に取り込んでいたんだ。


 纏められたスコアは頭上のボードに表示され、38発全て、ターゲットの腹部を見事に撃ち抜いていた。

 流石の成績に周りの屈強な外国人も、軽く頷きながら拍手を浴びせる。

「良かったわよ雪子……」

 目隠しを取った一ノ瀬が、周りの状況に今気づいたようで、目を回しながら、みるみる顔が紅潮していく。

「うぅ~うぇ~ん!」

 顔を隠しながら俺にショルダータックルをかましてき、思わず体勢が崩れるとそのまま腰に手を回され、勢いよく射撃場の出入り口まで押された。

 う、嘘だろ! 強すぎ!

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