幕間~嘆きの輪舞─ロンド─~
「
慣れた手つきで死亡確認を終えた女性──アイリス・レイアーチはマイクに吹き込む。
すると防塵マスクを着けた巨漢の白人男性──エドゥアルド・ティーシンが長大なボストンバッグ……いわゆる死体袋に
青白い肌に伝う固まり始めた血液。瞳孔が広がった眼球に溜まる血潮を見ても、瞼を閉じてやると言った気は無い。
黙々と回収作業を終えたエドゥアルドとアイリスは揃って雑居ビルを後にし、入口に横付けされたバンの後部を開く。
簡素な長椅子に腰掛け、項垂れる少年は憔悴し涙も枯れた様子で虚空を覗き、そんな少年に蒼眼の少女──
「初めての殺人だったんだから疲れるよね~ハイ! ココア! 落ち着くよ?」
魔法瓶の蓋に注がれた甘いカカオの香り。
少年はソレを受け取るが口をつけようとしない。
エドゥアルドはそんな少年の父親が詰まった死体袋を無造作に足下へ投げた。
アイリスも後部に座り、エドゥアルドが扉を閉めるとアイリスの膝に一枚のタオルが掛けられる。
「ありがとうアニュス──」
無言でタオルを寄越したキャソック姿の女性──アニュス・デイ・クリスティーナは首肯する。
「──恭一、今日が初の【殺し】らしいけど、生き残りたいのであればターゲットには最低二発……頭と胸に撃ち込む事ね」
少年へ掛けたアイリスの忠告は届かないようで、項垂れたままである。
殺人を生業にする人間の常識。戦場で毎回、相手の死を確認する事ができない為、殺人者に求められる技術、最も確実な殺人とは致命傷となる心臓、脳を撃ち抜くこと。
取り分け頭を撃った際には心臓への射撃が肝要で、頭蓋骨の強度によって生き残る可能性が高い。
そんな意も返さず少年はバンが発車てもなお、沈鬱な面持ちでココアを見続けた。
そんな少年に対し青筋立てた茶髪の少年──
「かぁ~! 情けねぇなぁ! 音拾ってたが、盛りのサルみてぇにギャーギャー喚いてやっと殺したんだろ!? いい加減、辛気くせぇ顔すんな!」
前のめりで少年に絡む佐野に、反応したのはアイリスだった。
「ジュン……あんたも初めて組織入った時は、よく雪子やチカに泣きついてたでしょ……」
呆れた口調のアイリスに対し、佐野は嫌な記憶とばかりに耳まで真っ赤になりながら反駁する。
「て、テメェ! レズ女! 吹かしてんじゃねぇぞ!」
アイリスが欧米風のリアクションでやれやれと首を振る。
佐野の傍らに座る黒髪に顔面の左を覆う酷い火傷の少女──
「ジュン、落ち着いて」
「けっ! 落ち着いてるつぅーの! ただ、イラつくんだよ。目の前で女みてぇにメソメソされてると!」
佐野がポケットからジッポライターを放り投げると床を跳ね、俯く少年の
「あっ!」
「ッ! 痛い……」
ようやく顔を上げた少年──
「へっ! やんのか?」
挑発的な笑みを浮かべフラフラと走行中の車内で立ち上がる佐野。
だがそんな佐野を制したのは、一ノ瀬の蒼く鋭い眼だった。
「佐野くん……日向くんはお父さんを撃ったあの瞬間から、私達の仲間になったんだよ──」
あまりの迫力に気圧され、佐野は静かに座り、アイリスやアニュス、久世ですら目を伏せた。
「──佐野くんは、仲間に手をあげる人なの?」
佐野に悪寒が走る。一ノ瀬の言葉にハッキリとした敵意を感じ取れたからだ。
「い、いや……冗談だってハハッ」
乾いた笑いを上げ、なんとか場を取り繕う佐野に、一ノ瀬はいつもの柔和な微笑みを返す。
「よかったぁ~佐野くんは優しいもんねぇ~えへへ♪」
そう笑いながらも一ノ瀬の拳は震え、怒りを圧し殺している様子に以降、誰一人として口を開かず。
ただ静かにバンが停車するのを待った。
+++
羽咋に居を構える組織の支部、その地下駐車場に停車するとバンから降りると、皆銘々に愛銃、愛刀をアタッシュケースに仕舞う。
本郷が降りると、手に握られたオフデューティを一ノ瀬が受け取る。
「お疲れ様です♪」
拳の温もりを帯びた拳銃が離れると、本郷は何故か涙を流し始めた。
今になって漸く、死体袋に入った父親が本当にこの世から去った事。自らの手で引き金を引いた事。
それらが一気に溢れ出たのだ。
「うぅ……ぐぅ……お、俺は殺したんだ。親父を……」
手にこびりついた血を見、嗚咽を漏らす。
「後悔してるの?」
一ノ瀬が顔を覗き込むと、本郷は涙を拭い
「後悔は無い……ただ……」
「ただ?」
「……いや、何でもない──」
ミリタリー帽を取り鼻を啜りながら、その帽子の持ち主である久世千佳を呼び止めた。
「おい。久世、ありがと……」
放った帽子を器用に受け取り、改めて被り直すとクスリと笑みを溢す。
「なにかの助けになったのなら。よかったよ!」
アタッシュケースを持ち、小走りで本郷の元へ寄ると一ノ瀬にも聞こえないほど耳許で囁く。
「恭一君って私の好きな人に似てる」
そう言って頬に唇を当てた。
「な、なんだよ急に!」
慌てて身を引く本郷に、久世は小悪魔的な微笑みを向ける。
「エヘッ♪ 悪戯しちゃった! じゃ~ねぇ」
久世がプリーツスカートを靡かせ踵をかえすと、ローファーを鳴らしながら去っていく。
そんな久世の後ろ姿を、呆然と眺める本郷の肩を叩いたのは一ノ瀬だ。
「むぅ~日向くんはモテモテだねぇ~」
「な、なんでお前が嫉妬してるんだ……」
「別に嫉妬じゃないも~ん!」
むくれる一ノ瀬に本郷の罪悪感は少しばかり和らいだ。
彼女の部隊長としての役割、それは殺人を初めとし、隊員のメンタルケアも怠らない事も肝要。
「チカちゃんにデレデレする日向くんが悪いの!」
「そ、そうか……」
頭を抱える本郷。むくれながらも
「俺は……次に誰を殺せばいい」
沈んだ声音には本郷の迷い、その質問の答えを知るかのような澱みがあった。
「うぅ~今度は日向くんのお母さんだよ?」
「そう……だよな」
わかっていた。分かっていたが、聞きたくなかった。
そう言わんばかりの落胆、後悔──顔を伏せる本郷がバンに手をつく。
「母さんなら、長尾の管理する『ラッド・ウィップ』ってソープに勤めてる……」
「あの、日向くんのお母さんって──」
一ノ瀬の言い掛けた言葉を遮り、本郷は自ら吐き捨てた。
「穢れた女さ……わかってる」
関東系広域指定暴力団直系、長尾組の羽咋貸元、
そして形勢は菊水組に大きく傾き始める。
──菊水組、異例の超出世を遂げた貸元──
それが敵対していた長尾組ではなく、【組織】に向き始めていた。
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