【第二章】 異界を創りし者

本郷 恭介

暗躍する謎 part1 (改稿)

 木立を彩る新緑に、深く濃い影を落とし、風が草木を揺らし、漆黒しっこくやみが眼前に広がり、月光が足下を微かに照らす。


 土と枯れた葉、折れた細かい木の枝を踏みつけながら、ふくろうの鳴き声が反響する深い闇の中、周囲に全神経を集中させる。


 『白銀しろがね』の銃身が、月光を反射し、妖艶に光る。

 右手の銃の木彫もくちょうのグリップと、備えられたグリップセーフティーを強く握り直す、無意識の行動に緊張の色を感じた。


 木陰から聞こえた枝を割る音に反応し見ると、大きな動物のような影が動き、発せられた蒼白い二つの光がこちらをみつめる。


 俺は素早く銃口を青白い光に向け、引き金を絞ると暗い森を照らすほどの火炎が銃口から発し、森に広く響き渡る銃声を二発、こだまさせ、ホールドオープンした排夾口はいきょうぐちから煙が上がった。


 大きな影は俺の隙を逃すことなく、懐まで飛び込んでき、俺は苦し紛れに弾倉を抜き取り、影に投げるが虚しく避けられる。

 影は俺の頭を掴み、無理矢理、その丸太のような腕で持ち上げられた。


 月の光が射す木漏れ日から覗いた、影の晴れた男の容貌は皮膚から無数の針が飛び出し、いびつな顔からは苦悶の表情が窺い知れ。

 男の蒼白あおじろい光を放つ目から、こちらの目線を逸らさず、掴み上げた腕を懸垂のように掴み、男の針山のような体に膝を向けて気道を確保し、男に向かい叫んだ。


『俺の目を見ろ!!』


『……っ!!』


 俺の異能ガバメントライセンスが男の意思を奪い、命令する。


『離せ!』


 男の異能を食らう前にこちらの異能を使い。

 命令を実行した男が手を離し、枯れ葉に落ちた俺は呼吸を整えながら、コートのショルダーホルスターから予備弾倉を抜き、銃に差し込み、エジェクションポートに初弾を装填する。


 男に銃口を向けると、異能に抗う意思を見せる男の目に溢れる“#”を放出させる。


『ウォォオオオオ!!!』


 男の雄叫びでクオリアに感応させられ、引き込まれそうになる意識をはっきりと保ち、引き金を引いた。


 っが、男は体から出た無数の針を伸ばし、鉛の弾は火花散りながら男の体に届くことの無く、針に貫かれる。


『オレ!! 守ル!!』


 俺の事など歯牙にも掛けず意味不明な言葉を叫ぶ、男にすかさず二発撃ち込む。


 唸り声を上げ、ホローポイント弾に丸く螺旋を切った弾痕は、灰に埋もれたボロボロの男の服を抉る。


『グゥゥウ!!』


 獣のような低い呻き声を上げ、自らの目を両手で覆い、男が鼻息荒く小さな叫びを上げた瞬間。


 固いなにか突起物が刺さるような音がし、男は覆っていた手を退け、小さく細かい針の痕から赤く鮮やかな血潮が吹き出る目を向けて笑った。


『フフフッフハハハハ!!』


 興奮状態の男にまた銃口を向けるが、手探りで俺を求める所作に憐れみを覚えた。


 俺の異能を受けないために目を潰し、それでも俺を殺そうと這ってくる。


 俺たち異能者は異常な程に自身の“ちから”に自信を持ち、過信していた。だからその際限無い闘争心は本能がそうさせるようなもの。


 俺達は自然に惹かれ遭い、命をして世界に自分の存在を示す。神なんて不確かな存在、微塵も信じたことは無かったが、異能者の中に神は確かに居る。


 再び火炎を吹く銃口から出た弾丸を、巨体に受けるが男は怯まず、銃から発した大きな音と鼻孔を広げ、火薬の臭いを嗅ぎ、俺の居場所を察した様子で口端を吊り上げた。


 男の伸びた手から、逃げるようにもう一発広げられた掌に撃ち込み、素早く木の葉の上を駆けた。

 だが男の手はまだ俺を追い、指の先から伸びた鋭利な針が俺の肩に突き刺さった。


『ッ!』


 一瞬の出来事だった。

 鋭利な針の痛みは小さく、幸いにも刺さったのが右肩の腋窩動脈は避けられたようだが、かわりに骨に突き刺さり、男が俺に近づき動く度に痛みが増す。


 右手に持った銃を左手に投げ、腕に刺さった針に銃口を向け、全弾を撃ち尽くし二本ほど針を撃ちぬいた。

 残った三本の針を銃底に力を込め、広がった傷口から血が吹き出、激痛に耐えながら全ての針を折る。


 折れた五本の針の管からから、勢いよく血飛沫が吹き出し、俺は深々と突き刺さった針を引き抜く。


 顔を上げると既に男の腕の届く距離まで迫られ、決死の覚悟で右足を上げ、男の左膝の膝頭、目掛けて半月板を割る勢いで踵蹴かかとげりをし、流石の巨体も左膝から体勢を崩し、立てた右膝に乗り、二段跳びの要領で男を飛び越した。


 体重を前方に向け、頭から落ちるようにすると男は唸りを上げて、体表の無数の針を伸ばし、伸ばしていた左足に深々と刺さりにながら、木の葉の上に頭から落ち、折れた針はまた足から血液を抜き取る。


 痛みで手放してしまった『ガバメント』探し、針の刺さった足に力を込めれば血液が吹き出、痛む足を引きずるように立ち上がり、月光を反射し耀く銃身バレルを剥き出しに落ちていたガバメントを拾う。


 ホールドオープンした銃身をスライドストップを外すことで、擦れた金属音と共に、遊底スライドが銃身を覆い、左のホルスターに納め、留め具を付けた。


 足に刺さる針を抜きながら、既に立ち上がった男が俺を見下ろす。

 月光を背に受け、両目から涙のように赤い川を作り、歪んだ左の頬を吊り上げ、黒ずんだ歯を微かに見せて歪に笑っている。


 そんな男に見下ろされ、俺も立ち上がり、手足から流れる血潮と無意識に流れた、額の汗を気にも止めず、努めて冷静に呟いた。


『慈悲をやろう……俺がこの手で葬ってやる!!』


 異能者とは、常に殺し合う闘争生物だ。


×××


 ソファーで座ったまま眠っていたようで、ジャーキングを起こした痙攣と共に目が覚める。


 呼吸が荒く、動悸する心臓の音を静めようと、手を見ると多量の手汗と震えに襲われ、額から嫌な汗が流れた。


 嫌な明晰夢だ。ここ最近、身に起きた事もないような変な夢を鮮明に見せられる。


 いつの間にか掛けられていたタオルケットを避け、ガラス天板のテーブルの上に朝食らしき、サランラップが巻かれた皿の上に、小さな紙切れが乗っていた。


 丁寧な英語で添えられたメッセージカードは、成績オール2の俺には、到底読めるものではない。


「なんで英語なんだよ……誰が書いたのかも分からねぇよ」


 まぁ皿の中身が朝食なのだから「良かったら食べてください」的なものだろう。


 皿に盛られたのは綺麗な黄色のエッグベネディクトと、厚切りのベーコンが二枚、緑野菜のサラダ、焼けてないトースト一枚だな。


 朝食なんて何年以来だろうか? ……十年(適当)?




 冬の寒さもエアコンの暖風が直接あたるここでは、バスローブ一枚でもそんなに寒くない。


 それに丁寧に畳まれた制服とズボン、靴下なんかもソファーに掛けて置いてくれ、部屋の静かさから誰も居ないことは明白。


 ましてや時計を見れば既に、九時を回っておりこの時間に在宅なら遅刻は免れないだろう。


 窓から見える鈍色の空は昨夜の雨を忘れている。


 緩やかに流れる時間を冷えてそこに溜まったココアの粉を混ぜて啜り、冷たくなった朝食を食べた。


 相変わらずの薄味だ。わざわざ朝食なんて用意して、思考をするために必要なエネルギーを与え、より良く勉強を捗らせようとする、一ノ瀬の魂胆を分かっていながら拒めない。


 食べ終えた食器を置き、バスローブを脱ぎ捨てる。


 体の腫れは引き始め、至るところに内出血と青アザが残る腕に、丁寧にアイロンまで掛けられたワイシャツに袖を通すと広背筋に痛みが走り、線に添って折り目がついたズボンに、足を入れると脹脛ふくらはぎ、太股もまだ痛む。


 ズキズキ痛いのは、歩行にも支障があるだろ。


 荒らしたままのソファーを無視し、鞄を持ってマンションを出た。


 当然、オートロックのマンションなのだから、出るときに全てそのままにしていても、後で勝手に閉まる。


 最近のエアコンは人体認証の機能が備え付けられ、部屋に人が居ないと感知すると自動で止まる。


 まさに科学の進歩、躍進は留まることを知らず、日々人々の生活を豊かにしているな。


 マンションを出て冷気が頬を撫でる冬の朝には人通りが少ない。


 ビル群を見上げていると、昨夜の事を思い出し、火傷痕が薄く残る両手の甲をみつめた。


「鎖だったよな……異能か……」


 植え込みのレンガに座り、冷たい風に煽られ、道路を躍り舞う、小さな白色のビニル袋……ポリエチレンやポリプロピレン、ナイロンを含んだ高分子化合物に『スパイ〇ーマン』のように手首を向けて、鎖に繋がれたビニル袋を想像する。


 視界の角に青みがかった光がボンヤリと見え、突然アスファルトを金属の鎖が叩いた。


 手首を締め付ける感触とは裏腹に、鎖は手首に巻き付かず、途中からこの世に現れ、手から延びた先には想像した通り、ビニル袋に繋がれている。

 そして鎖の重さでビニル袋は道路上に落ちていた。


 通行人に見られる。そう思うと鎖を引き寄せる妄想が一瞬過り、アスファルトの上を摩りながら鎖が手首の前で消えていく。


 二秒と掛からず、ガチャガチャと大きな音をたてて引き摺られたビニル袋は少し破けながら、気づけば俺の手中にあった。


 夢でも幻覚でもなく、奇異な光景は紛ごう事無き現実だ。


 集中力が切れると、視界の端に見えていた光も失せ、手首の締め付けていた感覚も消えた。


「スゴい……けどこんな力何に使うんだ?」


 ゴミの詰まったビニル袋を手放し、植え込みから腰を上げた。


 ここでは異能を思う存分使えない。

 今の時間の歓楽街なら鎖を使い、ビルを登ることを可能にしそうだ。


×××


 夜の賑わいとは裏腹に静まり返る歓楽街の路地裏で鞄を投げ、冷たい風の通る混凝土作りのビルの裏。


 バックヤードから覗くベランダの手摺と、右腕の手首から鎖を接続させる想像をし、青白い光が視界に写ると金属製の鎖がなびき、音をたてて現れた。


 先程同様に手摺側に引き寄せる想像をすれば、鎖が巻き上げられ、俺を持ち上げてそのままベランダに手が届くはずだ。


「よしっ!」


 自分に喝を入れて、ワイシャツの袖口から伸びる鎖に繋がれた腕を掴み、手摺に引き寄せれる想像をする。


 持ち上げられた足が数センチ浮いた瞬間、鎖に繋がれた腕に異変が起きた。


 肩口の付け根から関節と骨が軋み、膨らんだ上腕二頭筋から、ミチミチと筋繊維が千切れる音と共に、吊り上げられた腕が地上の引力に引かれて、全体重が腕に掛かる。


 そのせいで激痛が走り、俺は思わず叫びをあげた。


「ぐぁぁあ゛あ゛あ゛!!!!」


 瞬時に鎖を掴み、地に着かない足を伸ばす。

 痛みと衝撃で瞬きした瞬間、俺の体はアスファルトの地面に叩きつけられた。


 脹脛がつり、鎖が解けた腕はまともに動かせず、打撲に加えて、激しい痛みに身動ぎ一つとれない。


「ち、地球には重力があったんだ……」


 口は動けど体は動かない為、痛みに耐えながら数分その場で踞り続け。


 俺に向かって近付く足音に気付いたが、動くこともままならないため、せめて財布だけは許してくれと祈る事しかなかった。


「怎樣做了?」


 ん? 高い女の声だがイントネーションが俺の知ってる方言に合わなかった。


 というか日本語じゃなくね?


「え?」


「……ドウシマシタ?」


 片言の日本語で聞き直してくれた外国人の顔を見れず、事情を説明した。


「腕、動かない、足、つった」


 まるで旧日本人の思う先住民インディアンみたいに変な説明になってしまった。


 俺の視界に入った外国人は、黒髪のショートカットの前髪を中央で分け、サングラスで目許を隠し、ブラックスーツに白と青のストライプシャツに、スーツパンツを履き、見事に細く女性的な体躯。

 スーツを着ながら艶やかな曲線が強調されている。


「病院……イク、方ガイイ……」


「は、はい」


 反射的に提案を受け入れてしまった。


 外国人への苦手意識が、潜在的に刷り込まれている純日本人だな。


 外国人女性が俺を背負ってくれ。

 見た目以上に身長が高く、見える景色がいつもより違って見える。


 鞄も持ってもらい、歩けば十分ほどの『羽咋総合病院』へと何も言わずとも連れていってくれた。


×××


 潮風に風化した病院を目前にし、女性が下ろしてくれ、治った足で地面に立つと少し痺れていた。


「あ、ありがとうございます……」


「不客氣……」


 日本語は通じるらしい外国人女性から俺の鞄を受け取ると、外国人女性は小首を傾げた。

 それもそうだ。折角の女性との出会い、出来れば名前くらい知りたいのが人情……いや、男のスケベ心だろう。

 だから病院に入らず、ただたじろいでいた。


「あぁ、ありがとうございます」


「ハイ……」


 何も浮かばずまた感謝の言葉を重ね。

 流石に女性も困った様子だ。


「えっと……お、お名前……ユ、ユア、ワッチャネーム?」


 英語は心底苦手だが、構文も出来ないとなるとダサいよな。

 

 俺の下手な英語が通じたのか、女性はサングラスを取り、切れ長のダークブラウンの瞳を見せ、微笑みながら口を開いた。


「朱 惠琴……」


「え?」


 流暢な中国? 韓国語? 広東語? とにかく、なんて名乗ったのかよくわからなかった。


しゅ 惠琴ふいくんデス」


 シュウ? あぁ朱さんか……


「あ、俺は――」


「おい何しとんねん!!」


 俺が名前を名乗ろうとした瞬間、此方に向かって走ってくるサングラスに、金のネックレスをした縦縞スーツの見るからにヤクザが、不快な関西弁を発しながら来た。

 俺は羽籠はごもりの事を思いだし、咄嗟に踵を変えそうとするが、朱さんが俺の肩を掴み呟く。


「大丈夫……」


 そう言ってサングラスをかけ直し、ヤクザのおっさんに目を向ける。


「はぁはぁ……」


 肩で息をするヤクザが、俺目的ではなく朱さんに用事があったようで、朱さんの顔を覗きながら声を荒げた。


「おいヒットマン! あんまウロチョロすんなや! 長尾の連中に見られたらどないすんねん!!」


「日本語、ムズカシイ……」


 俺を背に隠すように反駁した瞬間、おっさんが青筋立て、突然朱さんを平手打ちした。


「っ!」


 サングラスが吹っ飛び、短い黒髪が揺れながらも、朱さんは直ぐ様おっさんを睨み返した。

 だが、そんな強気な朱さんが掴む、俺の腕は力強く握られ、その手は小刻みに震えている。


「あんま調子の乗んな。さっさと来い!」


 おっさんが無遠慮に朱さんの腕を掴むが、朱さんは素早く手を払い退け、俺の腕を離すと飛んでいったサングラスを拾う。

 

 最後に俺を一瞥すると、おっさんと連れ立って去っていった。

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