日向 恭一

それぞれの過去

 一ノ瀬の部屋に案内されるかと思いきや、通された部屋はけたたましい程に重奏を響かせるコンピューター群。

 キーボードを弾く軽妙な打音の中を、慣れたように最奥の部屋へと入った。

 英会話の飛び交うこの組織内では、日本語を話す事が変に思える。

 セキュリティドアを抜けると鼻を突く煙草の臭いが充満し、デスクに座る金髪の外国人女性は煙草をくわえながら、薄い電子板を呆然と眺めていた。

「ヘレンさん、日向くんが起きました」

 先を行っていた一ノ瀬が躊躇なく、日本語で外国人女性に声を掛けると、ハッとした女性が慌てて煙草の火を山盛りのガラス灰皿に突っ込んだ。

「遅かったわね。後ろの彼が……あぁーKyoichi hinata?」

 目の下に隈を作った女性は頭を掻きながら、質問した。

「あ、はい……」

「ふーん。資料は目を通したわ。情報部部長のヘレン・リューリーよ」

 欧米人らしい、挨拶で平然と手を差し出してき、少し戸惑いながらも前に出て手を握ると、女性の割りに大きな手をしていた。

 これって欧米なら普通なのか?

「ヘレン・リューリーさんですね」

「ヘレンで良いわよ」

「じゃあヘレン……さん」

 少しでも優位に立とうと呼び捨てにしてみたが、やはり気持ち悪く、すぐに敬称をつけてしまった。

 一ノ瀬とヘレンさんがくすっと小さく笑い、一ノ瀬が話を続ける。

「それじゃあ皆の資料お願いします」

「全員分用意したから、読んだらすぐに破棄するわよ」

 一ノ瀬は紙束を手にすると、首肯し礼を言う。

「ありがとうございます。すみませんいつも……」

「本来ならデータを閲覧させる所を、持ち出さしてるんだから、少しは気を遣って欲しいわ。恭一君、これからは私の部屋に入る事は無いだろうけど、どうしても用がある時は雪子かNo.=zの誰かと同伴してね」

「はぁ……」

 情報部の部長って肩書きがあるんだから、当然と言えば当然だが、その言葉の中から一ノ瀬はこの組織内でも相当な地位があることが分かる。

「じゃあ日向くん! ハイ! 皆の過去が書いてあるけど、情報漏洩禁止だからね」

 ウィンクと忠告を受け、内心、困惑気味に紙束を受け取った。

「私と雪子は話があるから、そこのソファーでそれを読んでて」

 ヘレンさんが指示語たっぷりで、応接用のソファーを指し、俺は首肯して革張りの柔らかいソファーにゆっくり腰掛けた。


×××


 まず一枚目にはプロフィールと写真が添付され、見れば部屋で見た筋骨隆々の男、名前はエドゥアルド・ティーシン本名は……Леонид・Сергеевич・Бригинес(レオニード・セルゲーエヴィチ・ブリジネエス)っと書かれているが、ロシア語で全く読めないな。

 身長は186cm、出身は北欧、白ロシアソビエト社会主義共和国……所謂、独立後のベラルーシ共和国の出身で、現在の国籍は日本だ。備考の欄には永住権グリーンカードの発行日と、亡命した国名、ソビエト、ベラルーシ、ロシアとの記載がある。

 前歴は……元ベラルーシ国内軍第5独立特殊任務民警大隊所属、それからロシア連邦に亡命し、特殊部隊スペツナズのデルタチーム隊長を勤めて現在に至るらしい。

 最年長で最古のメンバーみたいだ。


 次はプロフィールの紙だけで写真がなく、名前はシヴェール……手書きで書かれた本名の欄には大量の名前が記載されている。

 ギャスパー・ノルベール、ドナスィヤ・アルフォンス、ジョルジュ・ヴィクトール・ド=サンジェルマン、最後にはcode:espoirっとコードネームが記載されていた。

 まるでスパイみたいな奴だな。


 出身は不明、国籍はフランス共和国、身長不明、体重不明。

 前歴は……元国家憲兵隊 国家憲兵総局ジャンダルムリGSPR分遣隊秘匿諜報部所属、その後はフランス外人部隊で戦地を転々、現在は死亡している。


 平然と書かれた死亡宣告、この仕事の難しさを語る一枚の紙切れに内心、恐怖を覚えた。


 次にめくると、同じように死亡と記載がある。名前はルートビヒ、本名、リヒャルド・ハインリヒ、名前から解るようにドイツ人だったらしい。

 前歴は狩人? 備考の欄を見ると分隊では選抜射手マークスマンとしての役割を担っていたようだ。


 さらに捲ると、切れ長の目に、見覚えのあるショートヘアの金髪、鋭い眼光を覗かせながら、唾の広い黒のキャップを被る女性。

 あの時、リボルバーを向けてきた外国人。名前はアイリス・レイアーチ、本名も同じということは、彼女も久世と同様、社会的に死亡している事だろう。

 出身は欧米、アメリカ合衆国で国籍も同じ、身長は172cmで、俺よりデカイ。前歴は世界的に有名な特殊部隊、アメリカのFBI SWATで訓練されたエリートのようだ。


 今度は黒人の少年、あの部屋では見なかったが生存しているらしい、名前はジョゼフ・コニーで本名は不詳、AGE11のティーンエイジ、十四番独立特殊部隊には少年兵までいるらしい。

 出身はウガンダ共和国、中東アフリカの国で国籍は同様にウガンダになっている。現在も深刻な内戦状態にあり、反政府勢力が隣国から本国に対してまで、無差別にテロ活動をおこなっている事で有名な国だ。

 前歴を見て驚いた。

 元Lord's Resistance Army《神の抵抗軍》、つまりウガンダの反政府勢力、テロリストの少年兵が一ノ瀬の下についている。

 備考によると黒人の母と、白人との混血児ムラートで、現在は薬物による洗脳を解くために、三年前から矯正施設に入っているらしい。


 段々と他人のプライベートに土足で踏み込んでいるような気がして、気が引けてきた。

 一ノ瀬を見るが、神妙な面持ちでヘレンさんと話しており、まだ終わる気配はない。


 また一枚捲ると、見知った顔があった。

 左の顔を焼かれ、不衛生そうな血に汚れた包帯を巻き、恐ろしい程に獣じみた目を向ける久世の顔に、子供らしさなど見る影も無く。

 それほどに過酷で、凄惨なもの見てきたことが、当時の写真から分かる。

 本名、名前ともに久世くぜ 千佳ちか、出身は当然、日本、国籍も同じ。AGE.19のティーンエイジだが、まさか俺より三つ歳上のお姉さんだったとは。

 一ノ瀬や見た目からてっきりおない歳だと思っていた。

 身長は159cmで思った通り、俺より10cm下だ。前歴は……普通の学生とされてる。

 だが備考にはプロジェクト『リベレーター』三期生と、彼女本人が話していた通りの記載があった。


 色々と考えさせられる物があるが次を読み進め、今度はあの部屋にいた黒髪の外国人女性、特徴的な琥珀色の瞳と、鋭い眼光を覗かせる彼女の名はアニュス・デイ・クリスティーナ、本名はあまり変わらず、アニュス・デイ・クレドと言うらしい。

 年齢は22歳でアイリス・レイアーチの二つ下、出身はイングランド、グレートブリテン及び北アイルランド連合国の国に属する地域の名で、国籍は当然イギリスということになる。

 身長169cmで俺と1cm程しか違わない。前歴の詳細不明で、孤児のようだ。

 備考の欄を見ると、非現実的な話しかも知れないが彼女は、キリスト教会で暗殺者をしていたらしい。

 美しい容貌や、しなかやな体つきはそれによって男性を誘惑し、殺害する為にあるとか、前の俺では縁遠いどころか、人生で一度も会う機会が無い人物。


 この資料は全て、一ノ瀬が指揮する第十四番特殊分隊に加入した順に纏められているようで、最も新しいメンバー、そして最後の一枚は、派手な金髪、左耳に空いたゴールドリングのピアス、左腕にトライバルのタトゥーを彫っている若干、昔の写真が貼られた、現在の茶髪サイコ野郎。

 本名、名前ともに佐野さの 純也じゅんやのようだ。

 本名と組織内での名が同じということは、社会的に死亡している事を表すため、彼ら彼女らが肉体的に死亡した場合、変わった処遇があるんだろうか。

 AGE.18、これで今のところ十四番特殊分隊の半数がティーンエイジになる、ということが分かった。しかもまた俺より歳上。

 身長は170cmで俺より少し高く、アイリス・レイアーチより低い。

 出身国籍は日本、前歴は私立わたくしりつの一般高校を事実上、卒業しているようだ。

 だが備考の欄には、学生サークルという隠れ蓑にした反社会勢力、『東京トライヴ』の創始メンバーということらしい。


×××


 深いため息吐いて、最後の資料に目を通し、ソファーの背凭せもたれに、深く沈んだ。

 元特殊部隊、テロリスト、暗殺者、反社会勢力、曲者揃いの隊を纏め上げているのが、あんな普通の女の子だったと、今になって少しずつ痛感してくる。

 読み終えた資料を纏め、未だ話を続ける一ノ瀬とヘレンさんの許へ行き、一ノ瀬の肩を叩いた。

「あっお疲れさま~。どう皆の事解った?」

「資料の上ではな」

 俺の答えに満足したのか、屈託の無い笑顔を向け、資料の束をヘレンさんに渡す。

「それじゃあ処分をお願いしますね。ヘレンさん」

「了解よ」


 一ノ瀬に連れ立って部屋を出ると、再びキーボードの打音が鳴る情報室を横切り、廊下に戻り一ノ瀬が俺へと振り返った。

「これからヨロシクね♪ 日向くん」

「結局殺らなきゃ殺られるんだろ。クソッ」

 ポケットに手を突っ込み、悪態を吐き一ノ瀬から目を逸らすと不意に、頭頂にふわりと何かが乗る。

 顔を上げると眼前の一ノ瀬が、微笑みながら俺の頭を撫で、小さく呟いた。

「そんなに重く考えなくていいよ。日向くんは私が守るから」

「そんな謂れは無いだろ」

「あるよ? もう友達を失うのは嫌だから」

 深く重厚な言葉の中に、愁いを感じ、眉をひそめながら一ノ瀬の手を払うと、一ノ瀬はクスッと悪戯っぽく笑った。

「じゃあ行こっか」

「何処へ行くんだ?」

「もちろん! 訓練だよ!」

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