意思のない街 part2(改稿)

 アクリル板の天井に打ち付けるさざめき。そんな雨音よりも、行き来する人々の雑踏のが良く響く。

 この銀天街には妙な熱気があり、濡れた肌が体の芯まで冷え、震える俺には少し有難い。


 人ゴミの中で前を行く龍一りゅういち少し立ち止まり、俺達へ向けて口を開いた。


「さぁ、幸奏ゆかなはどこへ行きたい?」


 相も変わらず俺の上着の袖を掴む、栫井かこいは逡巡し、そんな栫井に軽い苛立ちを覚えたが、当然それを口にはしなかった。


 行き先を聞かれて考えを出すのに何故それほどの時間を費やすのか、理解に苦しむ。

 所謂いわゆる、度しがたいってやつだ。


「えっと……わたしはどこでも……」


 意思能力の欠如した発言に俺は声を荒げた。


「は? 選択権をお前に委ねているのに、またこちらに投げ返すのか、お前は思考能力を欠いてると考えた方が自然か? 常識的な返答とは具体的でなくても、ある程度の指標を示すものだろ!」


 「どこでもいい」なんて安直な逃げかたが社会において、適切なんて考えるのは、思考を止めた動物以下の所業しょぎょう

 他人に全権を譲ると言っているのと同義だ。


 動物的な人間というならば、自分の向くべき指標は明確なものだろう。

 動物は狩りをし、生殖し、子孫を増やし自然界に倣った生き方をする。


 それは彼ら動物たちにとって単純明解で、それ以外にかいはない。


 元をただせば全て、こいつの、この女の身勝手さが原因じゃないか。


「おいおいキョウ……今日はやけに落ち着かないじゃねぇか。幸奏は悪気があった訳じゃねぇよ」


 龍一に諭され、人通りの多い場所でわざわざ立ち止まり、一席ぶってしまった自分を恥じた。


「見ててイラつくんだよ」


「まぁ男と女ってのは、生物的に同じ種族でも感覚的には、まったく別の生き物だからな」


 この場をいさめようと俺を諭す龍一の気遣いを汲み、俺は努めて平静に、栫井の怯えた目を一瞥して口を開いた。


「どこでもいいなら此方が決めさせてもらうぞ」


「…………はい」


 栫井の了承を得たところで普段、龍一とよく行く所で思い当たった場所がある。


「ビリヤードなんてどうだ」


「なるほどな。どうだ幸奏?」


 俺の上着を掴みながら、濡れたビニール傘の先から垂れる雫を、眺めている栫井に問い掛けると、無言で首肯した。

 本当に、この女は何を考えてるんだろうな。


「よっしゃ決まりだな!」


 普段良く行くダーツバーと併設された、地下にあるビリヤード場へと向かう。


×××


 紫煙が立ち込める薄暗く静かな酒場で、濡れた服を乾かすつもりで上着を脱ぎ、ネクタイを弛めてビリヤードに興ずる。


 初心者も同然の栫井を龍一が教えた。

 栫井は四ゲームを終える頃にはかなり上達し、ナインボールの最後のボールをポケットに入れ、勝利を納めると満足そうに笑顔を見せていた。


「やった……入りましたよ」


「スゲェな幸奏、空間認識能力が高けぇんだろうな」


 感心する龍一をよそに、ここまで下に見てきた俺としては栫井の急成長は正直、面白くない。


 俺を見て微笑む栫井に、先程の重苦しさを感じないのは、俺だけでは無いらしく、龍一も表情が和らいでいる。


「あの……お二人の名前……」


 キューを握り締めて突然、栫井が俺達を呼び止めた。


 龍一は鞄に入っていたタバコのパックを取り、既に破られた、銀紙の口から一本の煙草を浮かせ、パックを握りながら口に加えて取り出す。


 先端の葉を息を吸いながらライターの火で燃やし、真っ赤な光とともに口から紫煙を吐き出し、栫井の問いに答えた。


「あぁそういや、まだだったな。俺は赤井あかい 龍一りゅういち龍一りゅういちって呼んでくれ」


 龍一が紹介を終え、もう一度、煙草をくわえて、腰掛けのついたスツールに座った。


 次は俺だが、おそらくこの女と二度と会うことは無いだろう。

 それならば俺は本名を明かしたくない、そう思って口にした名前。


「俺は日向ひなた 恭一きょういち


 これが意外にも自分の中でしっくりときた。

 龍一を見ると俺がを名乗った事に一瞬驚いたようだが、すぐにフッと笑って口を挟まないでくれた。


「龍一センパイと恭一センパイ……ありがとうございます」


 自己紹介についてなのか、レイプされている現場で助けたのか分からないが、“ありがとう”なんて安い謝辞を述べられても、俺は全く嬉しくもない。むしろ不快だ。


 感謝される人間なんて、大抵“感謝される為”に行動する。


 だから善意なんてなく、全てはちっぽけな尊厳や自尊心を満足させるため。

 他人の不幸を利用してるに過ぎず“ありがとう”なんてのは、他人より劣っていることを口に出しているようなものだ。


 俺は他人を利用して自尊心を満たすような下劣な人間に見られているという、侮蔑の意を受け取らなければならないほど、落ちぶれてはいないし、こんな女に安い言葉を掛けられるような行動はしていない。


 嫌味と侮蔑に満ちた言葉を吐かれ、心底不快になった。


 あるいは不快にさせるために発言したか、もしくは嫌味なく、考えも無く発したものであるなら、単純にこの女の卑しい部分なのだろう。


「気にすんなよ。男は困ってる女を助けるものだ“越後女えちごおんな上州男じょうしゅうおとこ”ってな」


 龍一も同じ考えなのか栫井の謝辞に答え、煙を吐きながら灰皿に煙草の灰を落とした。


 栫井も満更じゃないようで、光の無かった目に少しずつだが、希望の兆しがさす。

 龍一と栫井は微笑みながら次のゲームに挑んだ。


×××


 地下のバーで軽く汗を流し、ヤニの臭いが移った上着と鞄を片手に階段を上がれば、一気に気温は下がり、手足の先から冷たくなっていった。


「次はどこ行く?」


 龍一の問いは、またも意気揚々と俺の上腕を掴まれ、栫井が口を開いた。


「……龍一センパイ、ありがとうございます今日はもう大丈夫です」


「ん? まだ一軒目だぜ?」


 駄々を捏ねて帰りたくないだのと、ほざいた挙げ句、透かされ、俺達の時間を簡単に費やしてくれる。


「明日、久し振りに学校に行きたくなったので……」


「おぉ~真面目ちゃんだね。じゃあ今日はもう満足なんだな?」


「はい……」


 そう答えた後、何故か栫井が俺を一瞥し、龍一はなにかを察した様子でにやけた。


「オシッ! じゃあキョウ、ちゃんと幸奏を送ってやれよ」


 俺が文句を言おうと口を開こうとした瞬間、栫井がすかさず割り込んできた。


「お願いします。センパイ!」


 流石に俺も、ビリヤード疲れから「あっ……」っと息づくしかなく、不承不承ふしょうぶしょうで栫井を自宅に送ることを了承し、龍一と別れた。


×××


 来た道を戻るだけだから難しくない。


 銀天街を離れて、一気に温度が下がる雨が降り頻る暗い路地を抜け、再び公園前まで来ても、お互いに無言だった。


 先程の苦言や文句なら列挙できるのに、いざ二人きりになると、言葉も話題も出ない。


 栫井の持ったビニール傘の中で何度、気を付けていても肩がぶつかり、その度に少し離れようと傘の帆にぶつかる。


「質問……」


 沈黙に耐えかねた俺が口を開くと、じっと此方をみつめる栫井の視線に気づき、わざと逸らしながら続けた。


「さっき先輩って言ってたけど、俺は一年生だ」


「……知ってますよ?」


 素朴概念そぼくがいねん、この場合は素朴な疑問か。


 栫井が俺と同級生ならば敬語、ましてや先輩などと呼ぶ必要など皆無だ。

 知ってるなら尚更、理解に苦しむ。


「センパイは、センパイなんです……助けてもらった時にそう呼びたいって思ったんです……」


「度しがたいな。俺は助けて無い」


「助けてくれましたよ。って別に、今回が初めてじゃないんです……――」


 話題を間違えたと悔やんだ時には遅かった。

 栫井は俯き表情は窺えないが、きっとを思い出しただろう。


「――よく逢うんですよね。でも初めて助けて貰って……だから人生のセンパイだなって」


 意味は解らんがとにかくスゴい自信……スゴい理屈だな。


「……あんなことは日常茶飯事だ。正直、俺はお前がどうなろうが、どうでも良かったんだがな」


「センパイって……変な人ですね」


 話しているうちに公園を過ぎて住宅街に入り、夕方に見た一軒家の前に着いていた。


 っとこの女何て言った? 俺が変人?


「俺が変人だと? ふざけんなよ……俺は普通だ。ただの学生、常識的人格、れっきとした健常者だ!」


 俺の言葉を無視してビニール傘を手渡してきた栫井を訝しげに見る。

 っと突然、栫井が抱きついた。


「えっ!? ちょっ? お前……」


「お前じゃないです……幸奏です…………少しだけ」


 耳許で囁かれた言葉に、痛いほど心臓が高鳴り、今まで寒かった体が一気に上気し、脂汗のようにベタつく汗が額と手足にどっと出た。


 少しと言った栫井は、黙ったまま数秒、俺の胸に顔をうずめ、背中に回った腕が強く絞められ、栫井の肩が少し震えている。


「あ……えっと……」


 裏返った声に思わず喉を鳴らし、生唾を飲み込んだ。


 熱におかされた様に蒸せる顔を冷ますように、ビニール傘の曇った帆の先に見える夜空は暗く、星ひとつ見えない。

 覆われた雲から溶け出る水素が、地表に溜まる音だけ、延々と繰返され、耳に反響し、かすかな息遣いを、意識しないようにかぶりを振る。


 栫井の腕が脱力したように落ちると、人体の構造上、一番重いとされる頭を、俺の胸に預けたまま呟いた。


「センパイ……頭、撫でてもらえません?」


 いきなりハードルの高い要求に、俺は白痴はくち状態に陥り、思考せずに言葉が先に出た。


「え……いや……だ、ダメなんじゃない?」


 だってこういうのって、普通、付き合ってる者同士なんじゃ……


「お願いします……」


 俺は動物に触れたことが無い。

 知らない女を甲斐甲斐しく撫でろというのか?


 い、いやでも、この先に人を撫でるような場面が来るのか? 好意を求められているのなら応えてやっても、損は無いんじゃないか?

 考えろ! 考えろ俺!


 心中で何度となく唱えても答えは見えず。

 俺は腰から崩れそうなほど震える足を開き、手汗が滲んみ、震える手を栫井の頭に乗せ、髪を整えるように頭の形状に添って撫でた。


「ぎこちないですね……センパイ」


「も、もういいだろ」


 そっと離れた栫井は傘が遮っていた雨にうたれながら小悪魔のように微笑み、俺に小さく手を振った。


「ありがとうございます。センパイ」


 最後にそう言って家へと帰っていき、扉が閉まるのを確認するまで無意識に栫井を目で追い、失念していた。


×××


「発情してんじゃねぇよ……ガキが」


 自分の口からそう呟いても、口端はつり上がり、笑みが止まらない。


 創作された本では、女性独特のいい匂いがすると書かれていたが、緊張のせいか匂いなんて嗅ぐ余裕が無かった。


 心臓の高鳴りと震えが治まらず、覚束ない足取りで歓楽街に戻り、人々の熱気が気にならない程に上気した頬を撫でる。


 “捨てる神あらば拾う神あり”ってところか。

 今朝は殴られて苛ついていた心も、今では少し穏やかだ。


 他人の温もりを感じたことなど無かった、俺には栫井の手の温もりや、触れた頭の感触がとても新鮮だった。



 浮き足立つような気持ちで、ビジネスホテルへの帰路につき、少し銀天街を歩き、裏路地を抜けようと吐瀉物としゃぶつすえた匂いを我慢しながら、暗い路を進む。


 すると突然、爆竹が破裂するような音と共に頭上の窓ガラスが砕け、目の前を過り、アスファルトに叩きつけられて粉々に割れた。


「うぉ! ふざけんなよ……」


 ガラスが落ちてきたビルから、早く離れようと駆けた。

 これ以上なにか事件に巻き込まれる訳にはいかない。


 っと今度は唐突に、角を曲がってきた男にぶつかり、体勢を崩した俺は手に持っていた鞄と傘を投げてしまった。


 男も手に持っていた金属物を落とし、黒スーツの険しい顔をした男は俺に目もくれず走ってきた方向を、一瞥して落とした金属物を拾う。


 男は立ち上がろうとし、進路を塞いだ俺に怒声を発した。


「テメェどけや!」


 男の怒声に驚き一瞬体が硬直する。


 男は血走った目をして、俺に先程、落とした金属物を向ける。

 金属物は夢で見たような形状のものであり、つまりは“拳銃”だと気付いた瞬間、怯える俺に男は引き金に指を掛けた。


 一瞬の閃光と、銃口から煙を吹く。

 今まで聴いたことの無いような号砲を響かせ、驚いた俺は目を瞑った。


 数秒の間、りきんで棒立ちとなり、しばらくして目を薄く開けるが、体の何処にも痛みはなく、俺の眼前に立つ男が途切れ、途切れの喘ぎ声を漏らしている。


「あぁ……がっ、ぎぃじぃぃ゛」


 恐る恐る目を開いて見ると、男の胸から細く鋭利な刃が、スーツの繊維を裂き、剥き出しの切っ先が顕になっていた。


 男は口を大きく開け、痛みで口角を歪め、唇の筋から多量の唾液を漏らし、赤く充血した目を剥いて、細かく痙攣している。

 心臓を貫かれた男の口の端は、何処か笑っているように見えた気がした。


「は……え……」


 俺は状況が理解できず、叫び声もあげられないまま足を後退させようと、震える下半身に力を入れるが、腰から下が感覚の無くなったかのように脱力した。

 雨に濡れたアスファルトに尻を打ち付け、男を見上げている。


 痙攣する男の胸が張り、抜き出た刃はゆっくりと体の中に潜っていき、胸に開いた口から吹き出した液体が俺に掛かった。


 ベタベタと肌に張りついて、明らかに雨とは違う。


 背後に立っていた人物が男の背中を蹴って刃を抜き、男は力無くへたりこむ俺に、寄り掛かるように倒れかかってきた。


 心臓から溢れる、生暖かい液体がアスファルトに溜まる雨水と共に小さな池を作り、背後にいたフードを被った人物は、街頭の光に晒されて元の白いコートの半分が反り血に染まっている。


 映画で殺人鬼に邂逅かいこうした時の主人公みたいに、言葉すら出ず、逃げ出したいが足が動かない。


 手に持った刀を握る手にも、真っ赤な血がついており、刃先をつたって、落ちる雫と刃の付け根にベットリと血と油がつき、フードの人物は俺と目があった。


 口は乾いて、声帯を震わせられず、視界が揺れて頭は白痴に陥る。


「ぁ……ぅ……」


 カチカチと歯を鳴らしながら、蚊の啼くようにか細い声が無意識に漏れた。


 影に彩られ目許の判別ができない。

 フードの人物の白い歯が見え、小さく呟いた。


「……目撃者」


「ひぃ!」


 女の声に驚き、小さな悲鳴をあげると、女は膝を折って俺の目を覗きこんだ。


 女の目には光が無く、虹彩は蒼く妖艶で、瞳孔は鋭く絞られて、瞼の落ちた目に、夢で見た女の子を重ねて見た気がする。


 俺の呼吸は荒く、心臓が痛み、手足の震えは増していき女の口が再び開いた時、心音が聞こえなくなり酷い耳鳴りが異空間を作り成す。


「……はい、分かりました」


 独り言のように呟いた女は、悲しみに似た目を俺に向け、持っている刀に左手を添えた。


「ごめんなさい……」


「ぁぁ……」


 女の謝罪に背筋が凍り、寄りかかられていた男の体を避けて全身に力を込めて叫んだ。


「うぁぁぁああ!!」




 気づけばネオンの光を求めて駆けており、銀天街に出ると悲鳴がこだました。


 血塗ちまみれだ、なんだのと、他人の視線が突き刺さるが今は俺を見てほしかった。

 見ていてくれなければ殺される。


 見てくれ! 俺を見てくれ!


 俺から距離をとっていた群衆の波をかき分け、出てきたのは見慣れた赤髪。

 黒いコートを身に纏った龍一だった。


「お、おいキョウ……どうしたんだ、その格好」


 龍一の心配そうな顔を見ると、狼狽していた俺はすぐさま龍一の肩を掴み、助けを求めた。


「たすけ……あ、あそこで」


 徐々に力が抜けて膝まずく俺の腕を抱えてくれた、龍一は俺の背後を一瞥し、声をかけた。


「とりあえず、ここを離ようぜ」


「う、うん……」

 

 龍一が俺の頭にコートを掛けた。

 龍一に肩を支えられ、コートに視界を遮られる。

 徐々に他人の声が遠くなり、頭上の雨音が激しくなっていることに気づいた。


 銀天街を出ていると気付いた頃には、視界を黒く覆っていたコートが外れ、目の前に立つ龍一の足に自然と目がいく。


 龍一の太股にホルスターと、光沢のある銀白色の銃が雨に濡れても尚、禍々まがまがしく光を反射していた。


 夢で見た『ガバメント』そっくりの銃に驚き、龍一の真意を問おうと目を見ると、覇気の無い瞳に映る俺の顔がくっきりと映し出されている。


「キョウ……悪いな」


「龍一、なんで……?」


 震える声が雨に掻き消されるように、自ら発した音をうまく耳に伝えられなかった。


「なんで謝るんだ。謝るなよ、龍一……龍一!!」


 龍一が殺意に満ちた目を向け、銃を携えたホルスターの留め具を外し、ゆっくりと右足の銃を抜き、銃口は俺の眼前に向けられる。


 息を飲んだ瞬間、腰から電撃が走った。

 力が抜けて倒れそうになると、いつのまにか居た背後に立つ人物に抱えられ、暗く堕ちていきそうになる意識の中で声だけが遠くから聞こえる。


「悪いな……ユキコ、薬飲ませるから口、開けさせてくれ」


 無理矢理顎が開き、口のなかに錠剤のような物を押し込まれ、顎が閉じる間際に堅いビンの口のようなもの含まされた。


「ロヒプノール《フルニトラゼパム》を酒とすれば一時的な記憶障害が残るからな」


 押し流される液体に錠剤は胃の中に流される。


「うっ! お゛ぇぇえ゛」


 苦しくとも止められない、痛みを伴う液体を反射的に吐き出し、意識が少し戻った。


「未成年にお酒は駄目なんじゃないの?」


「堅いこと言うなよ。これも仕事なんだ」


「うぅ~ん。お仕事なんだね~」


 おっとりとした女の声が背後から聴こえ、必死に掴んでいた意識が手放され、暗闇の中で女の声が反響し続けた。



 沈んでいく意識の中で聞こえる声は、何処か懐かしくもあり、温もりに包まれるように堕ちていく感覚は、最上の幸福にも取れる。


 心音が徐々に弱まり、自身の息遣いが消える頃には倦怠感や疲労など無い、無意識の世界に引きずり込まれていくようだ。

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