一ノ瀬 雪子

事件の始まり(数日前)

  舗装されていない悪路にタイヤをぶつけ、大きく車体を揺らす黒いバン。


 その後部座席を改造した、簡易な横並びの椅子に座る五人の男女がおり、その中で明るい茶髪にピアス、左腕に覗く、黒一色のトライバルタトゥーが彫られた。

 軽薄そうな男、佐野さの 純也じゅんやが口を開いた。


「いっつぇ……おいエド! さっきから運転が雑なんだよ!」


 運転席を窺える小窓に向かって悪態をつくが、当の運転手――筋骨隆々、寡黙な北欧系白人男性、ベラルーシ共和国出身のエドゥアルド・ティーシン――は無言で少しスピードを落とした。


「なにイラついてるの? ジュン」


 まだ幼さを残す顔の左半分を、大きな火傷の痕が痛々しく残る少女、久世くぜ 千佳ちかが愛銃『亡霊Phantom』の異名を持つ『スペクトラ』の予備弾倉に、イタリア製の9mmパラベラム弾、フルメタルジャケットを装填しながら、差し向かいの席に座り、パソコン画面とにらめっこする佐野に問うと、小さな舌打ちをしながら答えた。


「チッ……日本に違法薬物ヤクを流してる馬鹿を見つけて、捌いてる経路を吐かせるなんて、俺らの仕事じゃねぇだろ……こんなもん、カルテルと中央情報局CIA麻薬取締局DEAを同時にキレさせるだけの口実をやるようなもんだ」


「そう腐らないでよ。事後処理はハームフルが上手くやってくれるから、それに――」


 久世がちらと斜向かいに座る、うつろうつろとしている黒髪の少女を一瞥した。

 大きな目に蒼瞳、薄く白い肌は若く潤いがある。


 その薄い瞼を気力で持上げ、また下がろうとする瞼を、必死に持上げ、眠気と戦いながら防刃製の高い布を巻き、刀身を隠した刀を握りしめ、青い薔薇の刺繍が入った白のロングコートに、ふくよかな胸を強調するような、ハイネックニットのシャツを着、動きやすさ重視のスカートを履いていた。


 彼女はこの『第十四番特殊分隊』の隊長、一ノいちのせ 雪子ゆきこ、若干15歳の彼女は部隊内で最年少にして、高い戦闘能力と美貌を持つ。


「――ユキちゃんがやるって決めたんだから」


 久世が痛々しい火傷痕に震えながら、小さく微笑む。


「……ちっ、隊長を引き合いに出すなっつぅの、文句言ってる俺が悪者みてぇじゃねぇか」


 一ノ瀬の名を出すと佐野はバツが悪そうに、パソコンの画面に再び向き直る。


 一ノ瀬が突然、自分の名が出た事に驚き、寝ぼけ眼を擦りながら周りを見回した。


「ハッ!? ね、寝てないですよ!」


 慌てて取り繕う一ノ瀬。その隣に座る、短く切られたブロンドヘアと切れ長の目のヨーロッパ系移民の白人女性。

 アイリス・レイアーチは手に持っていた『コーナーショット』を膝に置いて一ノ瀬の髪を撫でた。


「まだ作戦まで時間あるから、仮眠してても大丈夫よ」


「ふゅ……んんぅ…………すぅすぅ」


 母親にあやされる赤子のように、アイリスの肩に体重を預け、安心しきった様子の一ノ瀬を見たアイリスにも笑みが漏れていた。


 静かに寝息をたてる一ノ瀬の隣、観音開きの扉側には無言で、光沢のある白銀しろがねの刃を見つめる。


 長く背中まで伸び、絹のように細い黒髪を後頭部で一つに括り、狼のように鋭く光るアンバー瞳にヨーロッパ圏の人間のような鼻の高さ、明瞭な特徴が見られる白人女性の名は、アニュス・デイ・クリスティーナ。


 外されたホルスターに入ったグンツ『マシンピストルGA-9/S』には目もくれず、使い込まれたマチェットの柄にテーピングを巻き、調子を確かめる。


 現在の分隊の全員であり、“組織”に参加し『第十四番特殊分隊』に所属しているのは、立ち上げ当初、十二歳の頃から行動を共にしていたエドゥアルド、一ノ瀬を筆頭に、アイリス、久世、アニュス、佐野が順に加わっていった。戦死した人間を含めると十人近く、一ノ瀬の傘下に居たことになる。



 程無くして車が少し揺れ、停車した。


 エドゥアルドは何も言わず運転席から降り、バンの後部に向かい、観音開きの扉を開けて目一杯の光を車内に取り込む。


「やっと着いたぜ……たくっ、腰が痛くてかなわねぇ」


 佐野がボヤきながらシートベルトを外し、いの一番に車外に飛び出し、頭上に耀く太陽の光を腕で防ぎながら辺りを見回す。


 都心部から離れた砂漠地帯、道こそあるが、それも砂で隠れ、一番近いダイナーでも、1マイルは離れており、バンから見える一軒家の周りには草木が少し生えた程度で、外界から隔絶されたようにポツンとある家が目標である。


「ユキちゃ……じゃなくて隊長をさっさと起こせよ。レズ女」


 レズ女と呼ばれたアイリスは佐野を睨むと、佐野はぶつぶつと独り言を言いながら、ヒップホルスターに備えられた愛銃のサイドアーム、ブローニング ハイパワーHPにも似た形状の『チェスカー・ズ・ブロヨフカCz75』、かつてチェコスロバキアの名銃と謳われた銃を抜き、スライドを引いてエジェクションポートに初弾の9mmパラベラム弾を装填する。


「チッ、ジュンのやつ、後で覚えてなさいよ……ほら雪子、着いたわよ」


 アイリスが隣で眠る一ノ瀬の肩を、弱い力で揺すり起こすと、あどけない顔でアイリスの顔を見つめ、半目の一ノ瀬はハッと様子で急いで刀を持ってバンを出た。


「つ、着きましたね! えへへ」


 自分が眠り呆けて士気を下げると感じた一ノ瀬が、必死に誤魔化す姿に皆苦笑し、一ノ瀬に続いて久世、アニュスが降り、最後のアイリスが表へと出た。



 特殊な経歴を持つ六人が一人の少女を慕い、集い。


 日本における暴力団、延いては世界の経済の根幹と言っていい。


 そして違法薬物を日本に流出させているブローカーが住む、一軒家を遠目に一ノ瀬は作戦内容を話、始めた。


「えっと……。ターゲットは通称“mirror”護衛は最大六人と思われます。こちらが狙っていると気付いているらしく、ある程度、高水準の武装をしていると考えられます! 秘匿携行拳銃及び、サイドアームの他に携行火器メインウェポンを装備してくださいね♪」


 刀を持ちながら話す一ノ瀬の言葉を、誰も冗談と捉えず聞いている。


「ハイハイ! バナナおやつに入りますか!」


「へ? おやつ? ……ってなんですか?」


 佐野の冗談に、さらに素頓狂な返答を重ねられ、流石の佐野も頭を下げ、水を差したことを反省し一歩引きながら話を聞き、久世が呆れてため息を吐いた。


「編成はどうするの? ユキちゃん」


 久世の質問に唸る一ノ瀬が答える。


「おやつ~バナナは~……う~ん、あっ! えぇっと、私とエドさんが正面の突撃アサルト、アニュスさんとアイちゃんが裏口からバックアップ後衛、佐野くんと千佳ちゃんは後方支援ロジスティックだね!」


「まぁ、いつも通りだよね」


 いつも通りの編成と言ってしまえばそれまでだが、隊長自らが前衛となるのは、後衛にこそ戦闘の是非が決まることを知っているためである。


「佐野くんには通信管制と狙撃をお願いね。千佳ちゃんは佐野くんの補佐をお願い!」


「オールオッケー!」


「おっけ! 大丈夫だよ」


 後方に四人もの人材を割き、特に少人数部隊ではスナイパー佐野オブザーバー久世をつけるなど考えにくいが、より安全性を考慮し、密に連絡を取れるように兵站を用意する。


 そしてツーマンセルでの行動という、定石も心得ている。


 それぞれが武器を取り、アニュス・デイ・クリティーナが持ち前の戦闘用に着ている、黒一色の首まである伸縮性のあるスーツの上に、僧服のような黒衣のキャソックとロングブーツ、黒皮の指貫グローブ、主に黒を基調とした色合いの服装は、カトリックのようにも見えるが家柄だけで、本人はあまり熱心ではない。


 彼女の経歴は少し特殊で、所謂、暗殺者だった事から自然と明るい色使いを嫌い、それだけでなく近接戦闘に特化した機能性重視の服の上からでもわかる。

 男を魅了する一ノ瀬より少し小さいが、胸に細いくびれ、曲線を描く絵画のように長い足。

 

 体のラインがハッキリするほど締め付けたショルダーホルスターには、二挺のマシンピストル、グンツ『GA-9/S』に拡張マガジンを差し込み、ボルトを引き、両方のグンツに初弾を装填してセーフティをかけた。


 背中には先程まで柄にテーピングを巻いていた使い込まれたマチェット。長く延びた太股には大型のサバイバルナイフ。

 両腕の上腕には鉄製の真っ直ぐな杭のように尖端がとがっており、持ち手は螺旋状にヒモが括られた投擲武器が両腕で計8本。


 その全てに遅延製の毒を仕込んであり、全てが暗殺に適した近接武器で、本来、彼女は銃を苦手としている。


 アイリス・レイアーチはレディースの黒のライダースジャケット、スリムジーンズパンツの紺色で戦闘服というにはあまりにも普段着に近い。


 そのジーンズパンツには一際異彩を放つ銀白色のリボルバーが印象的で、トーラスタウロス『レイジングブル』、これは“ハリー”を意識した彼女の代名詞、大口径リボルバー拳銃、使用弾薬は.454カスールのホローポイント弾だ。


 両手には先程のコーナーショットを持っており、彼女の前職、FBI SWATで慣らした銃の腕前は他の信頼も厚い。


 バンの周辺を警戒していた佐野純也の持つ銃は銘銃と名高い「Cz75」少し古いがロングレイルタイプ後期型の9mmオートマチックであり、服装は比較的ラフで白無地のTシャツに反社会派の象徴、『セックス・ピストルズ』のロゴ入りジャケットにジーンズを履いており、このまま散歩にでも出掛けそうな格好だ。


 射撃も馴らすほどの練習期間も無いほど入って間もない彼だが、狙撃とサイドアームの射撃には力を入れて練習積み、なんとか実戦で後衛を委せられるほどに成長した。狙撃に適したボルトアクションライフル『スカウト』を持ち出し、7.62mmの弾丸を拡張マガジンに詰める。

 

 火傷を負った細い首筋にステン製のドッグタグを着け、どこの制服なのかセーラー服に身を包み痛々しい顔半分の火傷を、隠すようにミリタリー帽を深く被る、久世はスリングの通った『スペクトラ』と予備弾倉を修めるマガジンポーチと、腰に巻いた救急ポーチ。日本人である彼女は過去に、特殊部隊の一員として育てられた経歴があり、武器の他に軍学と衛生兵としての心得がある。


 寡黙に多く口を開かない巨漢の男、エドゥアルド・ティーシンは同じく警戒してレッグホルスターの『スチェッキン・マシンピストル』を抜いていたが、セーフティを掛けて仕舞い、荒野に隠れるようなドット柄のジャケットの中にベストとグレネードポーチを付属したマガジンポーチを着ていた。


 慣れ親しんだ鉄板入りのジャングルブーツを履き、手にはスリングを通したベネリM4で知られる『スペール90』ショットガンの14インチ、ショートバレルの12ゲージ弾セミオートマチック仕様、マウントベースにリフレックスサイトを付けている。


 元スペツナズだった彼は、分隊では最古参のメンバーであり、隊長の一ノ瀬に背中を預けるほど大幅な信頼を寄せていた。


 そして当の一ノ瀬本人は、サイドアーム無し、何も着けずクリップボードと刀を持って、自前の白いフード付きロングコートを羽織っており、防刃製、所謂ケブラー繊維の服を着ることも、防弾チョッキも着用せず、ニコニコとクリップボードに記載された使用予定の武器の確認をしていた。


「あれ? 『KAC』が入ってるけど誰のかな?」


 それぞれが武器の調子を確め、一ノ瀬の質問にアイリスが答えた。


「それ、雪子のよ」


「ふぇ? 私? なんで?」


「流石に銃も無しの丸腰なんて危険よ」


 アイリスのもっともな理由に一ノ瀬が項垂れる。


「うぅぅ、銃は……」


「前から気になってたんだけどなんで隊長、銃あんまし使わねぇの?」


 近くにある岩に腰掛けながら『スカウト』を膝に置き、『ラッキーストライク』に火を点け、有毒な紫煙を吐き出す佐野が素朴な疑問を投げ掛けるが、さらに一ノ瀬は唸りをあげる。


「うぅ~ん銃って撃って当たって、それで終わりでしょ?」


「あぁ~まぁ……それだけで死ぬって事だな……」


 その場に居た全員が一ノ瀬のたどたどしく話すはなしを聞いていた。


 ただ一人エドゥアルドに関しては彼女を古くから知っており、銃を好かない気持ちを理解している。


「その点“これ”は自分で引いて殺すか致命傷にするか決められるし、簡単に人を殺すって言いたくならないんだよね。自分の手で人の命を終えている事を実感できるんだ~♪ それにね! “これ”お姉ちゃんの形見だから! えへへ~」


 組織を抜けた姉の形見、銘を姉の名を取って『冰刀ひょうとう』と呼ばれる彼女の日本刀には鞘がない。


 若干、十五歳の少女とは思えない死への価値観は多くの凄惨な現場を彼女に見せてきた事を物語る。


 アイリスが話を聞いて頭痛をおさえるようにこめかみに指をあて、ため息を吐きながら口を開いた。


「信念を守ろうとする保身は自身を殺すわ。自分の信念を曲げず貫き通しても、待っているのは破滅よ。悪いこと言わないから個人携行火器PDWくらい持っときなさい」


 アイリスの悲痛な表情は自分の過去を語っているようだった。


 久世がバンの中からグラスファイバーモデルの10インチ5.56mm仕様、『KAC PDW』を取り出し、一ノ瀬に手渡した。


「うぅぅ~」


 唸りながらも渋々といった様子でアイリスから『KAC』を受け取り、ボルトを引いて初弾を装填した。


「……じゃあそれぞれ位置にきましょ~~♪」


「オッケー! ほらチカ、行こうぜ」


 佐野が紫煙を吐き出し、吸い殻を指先で弾き『スカウト』を肩に乗せて小高い丘を目指した。


「ハイハイ、レーザー測量機借りるね」


 久世は、単眼鏡ともハンディカムとも取れる代物を持ち、一ノ瀬にウィンクし、佐野の後に続いた。


「行ってらっしゃ~い」


 久世と佐野に手を振る一ノ瀬を尻目に、アニュスが黙ったまま一軒家に向かい歩き始める。


「じゃあ私達は裏口から回るわね」


「お願いしま~す。頑張ってねぇ~~」


 アニュスが一ノ瀬を一瞥し、アイリスもライダースジャケットの衿に付けたマイクを調整しながら、一ノ瀬に背を向け、軽く手を上げた。


「ふふん♪ じゃあ、私達も行きましょうかエドさん」


「Уразуметно(了解)」


 ロシア語で返事をしたエドゥアルドと一ノ瀬が通信機の外部端末を起動して、専用のチャンネルに設定し、無線のイヤホンとマイクの電源を入れる。


 エドゥアルドはバンの後部座席の扉を閉め、電子キーで施錠した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る