一ノ瀬 雪子
幕間~殺シノ調ベ~
催眠剤入りのアルコールを飲んで、気を失う前。
私は第十四番分隊の皆に、無線で連絡していた。
「おーい、お目覚めかな? ユキちゃん」
霞がかったように判然としない意識。
重い瞼を必死に開けると、筋肉質な上半身から首、顔に至るまでタトゥーを施された中島 ケイタが居た。
彼は私たちのターゲット、菊水組、貸元代行、現在代貸の羽籠 隆義の舎弟。
「えっ……な、なに、ここ?」
薄暗いハウススタジオのような場所。そこにキングサイズのベッド一つ置かれ、私と傍らで涼子ちゃんが眠っている。
周囲には異様な熱気を帯びる全裸の男性が、陰茎を隠しもせず、私たちにビデオカメラを向けていた。
「そうそう! ユキちゃんをハメ撮りしちゃいまーす!」
中島ケイタが子供のように嬉々としながら口の端を歪める。
私たちを怯えさせる事が目的。なら私は怯えないと。
「ぇ……な、なんで……えっ?」
恐く無い訳じゃない。『ハメ撮り』っていうのはよく解らないけど、良いことじゃないのは確か。
それに、皆に連絡してどれだけ引き延ばせるか心配もある。
「い、いやぁ……」
制服は着てるし、イヤホンも着いてる。
けど襟のマイクが無いし、財布も無い。
既に身体検査を済まされているけど、
カメラの奥に、簡易なパイプ椅子が備えられており、影に隠れて見えにくいが、日向くんらしき男の子が下着姿で項垂れていた。
眠らされて意識がないみたい。
「助けは来ないんだよ~」
ベッドに身を乗り出してきた中島ケイタが、私に寄ってくる。
ここは強く抵抗しよう。じゃないと私の貞操も危ない。
「い、嫌! 離してください!!」
腕を捕まれ、適当に手を振り回してそれを払う。
「ダメ~!」
その腕すら簡単に掴まれ、私の眼前にフェイスタトゥーの異様な男が覆い被さる。
駄目だ……指の一本でも折った方がいいのかな?
この距離なら頭突きで鼻頭を折って、金的を膝で蹴り上げられる。
「やだ! 助けて! 誰かぁ!」
傍らの涼子ちゃんは虚空を見つめながら、時々軽い痙攣と笑うことしかしない。
「誰も助けませぇ~ん! ひひっひゃひゃひゃ!」
中島ケイタの下卑た笑いが響く。
そんな中、出入り口の方から唐突に銃声がした。
「な、なんだ?」
「おい、なんかあったんか?」
カメラを構えていた人達も、困惑し始め、中島ケイタの合図で拳銃を取りに走る。
が、それでは既に遅い。
一度、ゴンッと扉を蹴る重い音が鳴り、もう一度扉が蹴られると、蝶番を引き剥がし、大きな体躯が扉を蹴破った。
ガスマスクを着けたエドさんの姿が確認できた瞬間、二個のスモークグレネードが投げ込まれ、瞬く間に白煙が視界を覆う。
「ゴホッ、ゴホッ! て、敵だ! ゴホッ、殺せぇ!」
私に跨がる中島ケイタが激を飛ばすと、彼は何かに突き飛ばされ、私の顔にガスマスクが嵌められた。
「ハァイ、正義のヒーロー登場でーす」
篭った声からでも、佐野君だと判断できた。
「あ、ありがと、佐野君」
顔にピッタリと収まると瞬時にマスクが密封され、フィルターで煙を排出した。
「じゃ、ちょっと待っててくれよな!」
そう言うが早いか、銃声が響く。
薄い煙を破り、黒衣を纏った先鋒アニュスさんが、マチェットで全裸の男性の喉を裂いていた。
「俺にも獲物残せよ……」
佐野君も愛銃、『Cz75』を手に参戦しようとするが、素早く肩を掴んで制した。
「まって! 佐野君は目標の確保!」
「ちぇっ……」
渋々、佐野君は突き飛ばした中島ケイタに銃を突き付ける。
「ホールドアップだ。大人しくしろ、クソ野郎」
やがて煙は晴れ、辺りが良く見え始める。
最初に突入したところから、エドさん、アニュスさん、アイちゃん、千香ちゃんは完全に男達を組伏せていた。
「キャーな、何! この人たち!」
絹を割くような悲鳴を上げた千香ちゃんは、目の前の組伏せた男性から目を背ける。
「ねぇ! 殺していい? いいよね! もう無理だよ!」
千香ちゃんがそんなことを言うは珍しく、私の合否も待たずに「いいよね!」っと言って、男性の命乞いを無視して左胸に何度もナイフを突き刺した。
「アルファ1、ターゲットは?」
アイちゃんの声。今日は暗号を使うんだね。
「あ、えっと……アルファ6が確保しました」
分隊内で、アルファ、デルタに分けて作戦を行っていないため、最後に隊に参加した佐野君が六人目になる。
「了解……」
ズドンッと重い音が腹の底まで響き。
アイちゃんのマグナムリボルバー『レイジングブル』で男性の頭を吹き飛ばした。
エドさんも自前のスペツナズナイフで、男性の頚椎を一撃。
最後に残された男性は、周りが次々に殺される恐怖からか、意味不明な絶叫で命乞いを始めた。
アニュスさんは粛々と、上腕に備えた鉄針で、男性の腕と足の関節に四本。
そして首にあてがったマチェットのソーバックで喉を裂き、悲鳴を上げられない男性の首をノコギリのように削る。
「……よしっクリア!」
アイちゃんの号令で、エドさん、千香ちゃんがガスマスクを外した。
「はぁ、もう最悪! 早く出よ! ユキちゃ……アルファ1」
千香ちゃんがベッドに駆け寄ってくれ、ガスマスクを外してくれた。
「あっ、この子も被害者?」
「ううん……私の友達……」
「そっか……じゃあ私が殺してあげるね?」
千香ちゃんが痛々しい火傷痕に顔を歪めながら、必死な笑顔を向けると、短機関銃『スペクトラ』の銃口を涼子ちゃんに向ける。
「千香ちゃん! 殺るなら私がする!」
半ば強引に千香ちゃんの銃を奪う。
黒色火薬の鼻孔を突く嫌な匂い……銃口を向けられても涼子ちゃん、いつもの明るい笑顔ではなく薬物に脳を支配され、分けもわからず笑っている。
でもこれも仕事。
涼子ちゃんは菊水組の組員の恋人、しかも
「ねぇ千香ちゃん、このまま涼子ちゃんを放っておいたらどうなるかな?」
「放っておいたら、この子が可哀想。このレベルだともう矯正施設に行っても駄目だよ」
不意に涼子ちゃんがおかしくなった時の夜。
日向くんが言ってた事を思い出した。
『人一人を助けるってそんなに簡単な事じゃねえよ』
あの時の言葉、すごく冷たくて薄情に聞こえた。
私だって助けられるって、そう思ってたのに。結果は私自らが命を奪う。
『じゃあ助けるってなんだ? 殺してやる事か? 一番楽だもんな! コイツもそう望んでるよ!』
「うぅぅ……違う違う! 私だって助けたいもん!」
でも殺すしかない……。
「ユキちゃん、私に変わる?」
千香ちゃんの提案を払い除け、やるせない思いで涼子ちゃんの顔に柔らかい手触りの枕を被せた。
「ごめんね。涼子ちゃん……」
銃口を枕に向け、涙を浮かべながら。指に掛けた力を絞り、瞬く間に三発の穴と、羽毛が舞った。
焼け焦げた穴から鮮血が浮かび、涼子ちゃんの体から震えが消える。
すると今度はアニュスさんが、日向くんに向けて血塗れのマチェットを向けていた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
目を丸くするアニュスさんに、転げながらベッドから降りて慌てて飛び付く。
彼にはまだ利用価値がある。
「ん? 雪子、どうしたの?」
生死確認を行っていたアイちゃんが来た。
「日向くんはまだ殺さないでください!」
「了解…………」
アニュスさんが不思議そうに刃を納めると踵を返して去っていった。
「その子が何か? 同じ被害者でしょ?」
「んん~」
言っても信じないかも知れない。
足許に転がっている私の鞄と日向くんの鞄。そして日向くんの制服があり、制服の胸ポケットを漁ってあるものを取り出す。
「みてみて! これ!」
「ん? 本郷 恭介……ね」
「彼は長尾組の羽咋貸元、
それだけじゃない。龍一には皆に内緒で彼を監視する任務を伝えられた。
「……いいの雪子? どうするつもり?」
「日向くんは私達の部隊が保護します」
アイちゃんは眉をひそめ、困った様子だったけど、事情は話せない。
彼に居場所の解らない本郷允人に案内してもらい、殺してもらう。
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