第30話 未開の入り江
宇宙空間との違いの一つ。
海の中の生物は、かろうじて自力で推進力を得ることができる。
剥がれ落ちた殻と共に奴の身を貫いていた長剣も抜け、沈んでいく。
一秒、二秒。
三秒、四秒。
とすん、と軽い音を立てて砂を巻き上げる。
瞬間。
昆虫の触角のように尾を揺らしていた紫目の怪神が、ほとんどノーモーションで加速した。
水流を吐き出して時速数十キロまで急加速する帆立貝のごとく、一瞬で俺の目の前へ。
(!)
反射的に臍を上向け、逆上がりの要領で尻と肛門を突き出す。
光る水面を見上げながら、俺は曲げた膝を軽く伸ばした。
ぐにょん、と靴裏に確かな弾力。
実体だ。実体がある。
――――なら殺せる。
ごぼっ、ぼぼぼっと。
俺の叫びは濁った泡へと変わる。
膝を思い切り伸ばし、成体のマナティーほどもあるアメフラシの化け物を左にいなす。
ぐよんぐよん、と制御を失った潜水艦のように海中を踊ったマトゥアハはたっぷり十メートルほど離れたところで体勢を整えた。
頭を前に、尾を後ろにした正しい姿勢。
目がこちらを向いている。
(……)
目で見て尾で刺す。
何だ、簡単な造りじゃねえか。
(!)
そうだ。
全身に目がついてるわけじゃない。テレパシーを放つわけでもない。
こいつには目があり、感覚器官がある。
物理法則に従って動いている。
こいつはただの――――でかい××袋。
(……!)
未知への恐怖が既知の快感に塗り潰されていくのが分かる。
かつてグリフォンやヒュドラの描かれていた海図に、小さな島とその名前が書き足されていくように。
不可解な化け物であったマトゥアハが俺の脳内で一つの生き物として理解され、解釈され、再定義されていく。
理解には快楽が伴う。快楽は理解を加速させる。
そして未知なるものを知れば知るほど勇気が湧いて来る。
勇気は頭の歯車を回転させる。知恵と酸素と血液が汲み上げられ、歯車に乗って巡り出す。
全身の歯車が噛み合い、硬く強張った肩の筋肉が、腕の筋肉が活力を得て動き始める。
俺はすぐさま刃を振り上げ、上着を切り裂いた。
ぼりり、とくぐもった音響。
ベルトを緩め、ズボンも脱ぐ。
俺を包んでいた布の鎧が剥げ、眼前を漂っている。
衣類の隙間から見えるマトゥアハが瞳を細めた。
ぎゅん、と今度はS字にゆらめきながらの突進。
俺の視線は右へ。左へ。また右へ。
正面から受け止めれば銛の一撃は食らわない。そんな慢心を嘲笑うかのごとき軌道。
奴は一度俺を通り過ぎ、S字ターンを決めて再び俺を通り過ぎる。
水中で前後を入れ替えながら、俺は奴を目で追い続ける。
上着を切り裂き終えた俺は眼前にたゆたうそれを利き腕で絡め取った。
ぐるんとひと巻き、ふた巻き。
更にズボンも利き腕で絡め取る。ひと巻き、ふた巻き。
パンツ一丁の俺は衣類に包まれギプスのようになった右腕を盾に、剣を握る左腕を引いて構える。
狂ったトンボのように海中をS字に飛び回るアメフラシが徐々に殺意を光らせ始めた。
その尾が。銀と翡翠の軌道が。
瞼を閉じても消えないほどの光となって俺の網膜に焼き付いている。
ぶんぶんと海中を飛び回る奴の起こした海流が俺を揺さぶる。
来い。
来い、来い、来い。
来い。
来い。
来い。
――――来
眼前にアメフラシ。
目と目が合う。
奴が俺を通り過ぎる。
突風のごとき水流が俺の体勢を崩しそして――――
がづっと右腕に何かが刺さる。
尾だ。
銀の尾。
J字に湾曲したそれが俺の腕に刺さっている。
奴はすれ違いざまに一撃を加えたのだ。
だがそれは俺の予想を上回る動きではなかった。
「ォォォォォッ!!」
モーターが重低音を放つような音。それが今の俺の叫び。
銀の尾を突き立てたことで瞳を細めていた化け物が動揺する。
動揺した拍子に――――尾を引いてしまう。
当然、俺がついてくる。
剣を振り上げ、また吠える。
「――――ォ、ッ!」
緊張と興奮の余り、時の流れが鈍化する。
何驚いてるんだ。
銛が刺さってないからか?
浅い。
浅いんだよ。
見ろ、お前に刺された腹。傷がもう塞がってる。血も出てねえ。
これなら服とズボンを巻き付けた腕だけで十分だ。十分にガードできる。
強い毒にかまけて、深く刺すことを怠った報いだ。
それに。
右腕を前に出されたからその右腕を潰す。
単純だ。単純とはつまり傲慢さの裏返し。試行錯誤を放棄した奴のやること。
こんな力押しが通用するか。緑目ならもっと頭を使ったぞ。フェイントをかけるとか。
――――なあ、違うだろ。
敵をぶっ刺す時にこんないい加減なやり方があるか。
「ォ、ォ――――ッ!」
俺は既にぶよぶよのアメフラシにしがみついていた。さながらロケットに張り付カメムシのように。
奴は銀の尾を抜こうともがくが、複雑に絡みついた衣服からそれが容易に抜けることはない。
まして俺は右腕を身体で押し潰すようにして奴に密着しているのだ。
剣ごと左腕を振り上げる。
敵を。
殺す。
時は。
――――こうやるんだよ。
消しゴムにカッターナイフを刺すがごとき手ごたえ。
ずぶずぶと刃がアメフラシの肉体に沈み、紫色の血液が噴き出す。
ぶわりと広がったそれは黒煙のごとく俺の視界を覆い隠す。
(まだだ!)
刺すだけで終わらせるな。
刺したら、えぐれ。
ぐりん、と手首に激痛が爆ぜるほどの力で柄を捻る。
数百グラムの紫肉が削ぎ落され、海に飛び散る。
声無き声で神が鳴く。
びりびりと海が震え、歯の根が合わなくなるほどの畏敬の念がこみ上げる。
今ならまだ間に合う。許しを乞え。許しを乞え。
許されれば幸福が待っている。
皆にちやほやされる。快楽が待っている。
金が。名声が。誉れが。俺の求める何もかもが。
「ォァァーーーーーーーッッ!!!!!」
胸中に湧き上がる夢と幸福の幻を押し殺す。
万感の力を以って。
死ね。
死ね。
神よ、死ね。
更に一度、剣で肉を削ぐ
血煙が上がり、ブロック状の紫肉がぼろりと海へ沈んでいく。
(!)
肺にぼっと火が点くような感覚。
カウントダウンが始まった。
動揺が俺の手から力を奪う。
(! そんなっ……ま、まだ一分も……!)
俺を絶えず気球のように押し上げようとする肺の空気を、ごぼりと吐く。
吐いた分だけ身が重くなり、気分は軽くなる。
だが肺が焼け爛れるような感覚は一向に楽にならない。
炎。炎だ。
俺は海の真ん中で炎に肺を焼かれている。
「……!」
ぎゅん、ぎゅん、と俺に組み付かれたマトゥアハが上下に身を揺らす。
ともすればアメーバにも見紛うほど姿を崩したアメフラシの威容は、長髪を振り乱した一柱の神のようでもあった。
奴は海中をめちゃくちゃに飛び回り、俺を振り払おうとしている。
ロマンチックに例えればイルカに捕まったダイバー。
詩的な表現を排すれば、走る自動車にへばりついた一匹の蠅。
尻から海水を吐き出し、怪神は針を食らった魚よりも無様に海を上下する。
水圧が俺の胸を潰し、腹を潰す。
今にも手を離し、逃げ出してしまいたくなる。
だが、耐える。
殺す。
お前を殺す。
その妄念で奴の体表に僅かな窪みを見つけ、五指を引っかける。
銀の尾はウナギのようにじたばたと暴れ、姿勢制御を司る翡翠の尾は暴風雨の中の風見鶏よろしく左右へ揺らめく。
(くっ……!)
焼ける。
肺が。肺が焼ける。焼けて煙を上げている。
半紙のようにめらめらと焼けている。
酸素が足りないという「欠乏」が俺を襲っているはずなのに、胸はパンパンに膨らむようにも感じられる。
膨らんで膨らんで――――破裂してしまいそうだ。
もうダメだ。
息をしろ。息を。
息をすればまた戦える。
このままじゃ溺死だ。手を離して息を。
「!?」
紫色の煙を吐き出すアメフラシが突如として進路を変えた。
海面だ。
海面が近づいている。
宝石をちりばめたような水面が見える。
(ああ……)
太陽だ。
太陽が昇りかけている。
キラキラと光る海面を見上げた俺は、思わず輝かしいその光景に見入る。
ふと、疑念が過ぎる。
こいつがなぜ今水面に向かうのだ。
お前の庭は海の中だろう。なぜ今になって――――
(! まさか)
マトゥアハは海でしか殺せない。
そして海以外では不死身。
今ここで負った創(きず)も、海上へ浮かび上がれば無かったことになるのだ。
ゼラチン質のように傷は塞がれ、血煙は止まり、疲弊した俺を何度でも追い込むことができる。
それがこいつの真骨頂。
(……)
見上げればステンドグラスにも似た水の天井。
甘い、甘い酸素に満ちた世界がその向こうに広がっている。
涙が溢れる。
俺もそこへ行きたい。
行って思い切り濁った淀みを吐き出したい。
そして胸いっぱいに新鮮な酸素を吸いたい。
だが――――
「――――」
だがその前に。
神よ。
てめえは。
死んでも殺す。
「!」
上昇を続けるアメフラシをぐいと引っ張る。
――――引っ張る。
とっくに標準体重を上回った俺が、生まれて初めて肥満体型に感謝しながら、奴の肉を掴み、体重を乗せて引っ張る。馬の手綱を引くように。
スピードが鈍り、光る空が遠ざかる。
だが奴はそんな努力を嘲笑うかのように俺を一瞥し、尾部から水流を吐いた。
間欠泉かと思う程の勢いで俺の身が水面へ浮き上がる。
浮力を味方に、神が空へ飛び上がろうとする。
上昇する毎に水がどんどん温かくなっていく。
そうか、と俺は悟る。
尻か。
この尻が悪さをするのか。
「……!!」
今や姿勢制御の役割を果たすため、すっかり俺に向かうことをやめた翡翠の尾がとぐろを巻いた。
びきびきとアメフラシの臀筋が力む。
噴射の予兆。
俺は小さな噴射口を見つけるや、容赦なく剣をねじ込む。
ずぶりと狭く軟らかい穴がヤドカリの鋏で押し広げられた。
再び、神が鳴く。
もしかすると俺よりも無様に。
(逃がすか)
ぐいと噴射口に刺した剣を外側へ引っ張る。
めりめりとアメフラシの体組織が裂け、穴が歪に拡張される。
(逃がすか!!)
噴射。
だが穴は奴の思う形じゃない。
てんで見当違いの方向へ水が噴き出し、更に俺が刃を捻ったことでマトゥアハは野球場の風船のように無様に海中を飛ぶ。
右、斜め下、右、斜め上、右。
静止し、水を吸う。
斜め下、斜め下、少し上、左、左、左、左。
それからまた下。
ぐいんぐいんと鼻先を変えて海を飛ぶアメフラシ。
揺さぶられる俺の目に映るのは上昇・下降の度にグラデーションを変える青い海と、まき散らされる紫色の血煙。
ぱんぱんに張った肺は既に限界を迎えている。
もはや呼吸器のみならず顔面が赤らみ、破裂しそうになっている。
だがそれももう終わる。
尾翼から黒煙を上げて墜落する飛行機のように、マトゥアハが白い砂の斜面へと突っ込んでいく。
もうすぐだ。
三。
二。
一。
全身を衝撃が襲う。
どどどおおっと白砂が巻き上がり、マリンスノーとなって俺たちに降り注ぐ。
(痛ぇ……! 痛ぇ……!)
焼け爛れる肺から一枚、二枚と組織が剥げ落ちていくのが分かる。
まるで黒焦げの新聞紙。
ごぼぼ、と上を向いたことで鼻腔からも貴重な空気が抜けていく。
入れ替わりに海水が侵入し、視界に黒い染みが生まれる。
がぼっ、がばっと白い泡を吐き出す。
何だこれ。
何だこれ何だこれ。
息。
息息息。
息息息息息息息。
(死ぬっ……! 死ぬっ死ぬっ!!)
そレを見たマトゥあハが尾部カら更ナル水流ヲ放つ。
勢いのあまり弾丸状に変形するほどの高速移動。目には殺意。
神ガ俺を殺そうとしていル。
(速ぇッ……!)
黒紫ノ稲妻と化シタ怪物が迫る。目で追ウ事すらできない。
ぶつかル。
そう思ッた時には既に、奴の頭部が俺の腹にめり込んデイル。
脂肪のかたまりガ肋骨の内側ニ入り込む
ごぼあ、と洗面器一杯分ホドノ泡を吐き出ス。
飛び出した命ノ空気がガガ、遠くく見えるる光の天井へ昇っていくくく。
ゴム塊のののよような化け物に押し込まれ、れれ、俺は斜面トなった海底に叩キつけられる。
ぶぐん、と水圧で肺が潰れそうになる。
最後の空気が絞り出さレタ。
俺は空っポになる。
空ッぽの重い肉。
(!!!!)
水。
水が
水が入ってくる重い。
重い重くなる身体が沈む。沈む沈む。浮かばなくな浮かばな。
痛い。
痛い。
痛い痛い。
痛イ痛い痛イ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
手。
手。
剣。
まだあある。
そこにある。
ある。
握る。
――――違う。
(!!)
青い視界の中を赤い血が煙る。
斜面に這いつくばった俺は波刃の剣を握っていた。
愚かにも俺は刃の部分を掴んでしまい、そのせいで手のひらが裂けたのだ。
見ればその剣は俺の使っていた赤いものではなかった。
――――それは一体となった苔緑の盾と鋏。
いつだったか、緑目のマトゥアハが俺に奪われまいと水底へ連れ去ったあの巨大な武器。
こんなところに沈んでいたのか。
ふっ、と。
俺は笑う。
何てことだ、と。
もしかすると俺は――――敵にだけは、恵まれていたのかも知れない。
巨大な貝を思わせる盾へ身を隠す。
どごん、とマトゥアハが衝突したことで俺は二転し、三転する。
どごん、と四転、五転。
ごごっと勢いに乗って六転、七転、八転。
肺はとうに焼け焦げ、胸骨の奥には空洞が広がっている。
後は死ぬだけ。
斜面を転がり落ちながら、俺はようやく踏みとどまる。
緑目の肉はエビと魚に食われたらしく、持ち上げられない重さではなかった。
盾で身を庇ったまま、浮力の助けを借りて重い大鋏を掲げる。
馬上槍試合における一騎打ち(ジョスト)の構え。
眼前に迫っていたマトゥアハは。
もうこれを避けられないほどの加速に乗っていた。
ずぐん、と。
貫く。
「……」
――――ああ、敗けた。
その確信が俺を包んだ。
怪神マトゥアハは確かにその身を貫かれていた。
だが血煙が出ていない。
傷口を中心に、奴はヒトデのようにぱらりと四肢を広げていた。
俺の槍は股を通っているだけだった。
(それが本当の……)
野暮ったいアメフラシは今や長い二本脚と長い二本腕、長い首を持つ紫色の化け物へと生まれ変わっていた。
紫色の一つ目は首の先端に。
翡翠と銀の尾は二本脚の付け根に生えている。
単眼二尾の海神マトゥアハ。
奴は二本の脚で海底に着地し、鎌首をもたげた。
肉の薄い部分を長髪のように揺らしながら、一つ目の神は興味深そうに俺を覗き込――――
ぐさりともう一撃。
今度は正確に胸を抉る。
ぼわっと紫色の煙が噴き出す。
俺をなじるような目つき。
卑怯だ、卑怯だ、と言っているようにも見えた。
卑怯もラッキョウもねえよ、と俺は小さく笑う。
笑いながら、槍を捻る。
奴の目が拡縮を繰り返すのを見つめながら、俺は手から力が抜けるのを感じた。
闇が――包ん――――。
小魚の群――俺――――にせずにするりと追い抜――。
彼らに――――は沈没船みた――、言っ――えば、今の俺――置物――――。
マトゥ――、目を血走――――を睨――――。
口があれ――――歯を剥――っただろうか。それと――――を裂いて――嗤っただろ――。
――。――――に紫色の煙――、まき散らし――――。
ざまあみ――。
不死身――、――――疵物(きずもの)にしてや――。
俺は――――、――を笑――――。
顔――もう動かな――――。
腕――――持ち上――。
――いながら――の底へ――――、――――さながらに――。
アメフラ――――天の川――見え――。
――の川じゃない。あれは――だ。岩を抱いた人間が数珠つなぎに――――。
舟に居た――――。
手に手を取――、――――のようにしてS字を連ねた天――のように。
神を。
傷つ――煙を噴き上げ――――を。
救お――――ている。
――うしかない。
不死身の――――じゃなく、人間まで味方――――。
マトゥア――。
目が弓――――。
奴は――だけで――笑っ――――。
ぶぢん、と。
その紫色の肉――むしり取ら――――。
目玉――――び出すほど――――。
まるでゾンビ――――、漁民――――アハの肉――――へ運び、咀嚼する。
見れ――――達は辺り――――紫色の――吸い込んで――――。
漁民――――。
怪神――――危機――――に駆け付け――。
だがそれは畏――などではなかった。
彼ら――――マトゥ――海の上なら傷が元通――――知らない。
漁民たち――怪神――死ぬと思っ――――。
最期におこぼれ――――として、少しでも恵――と甘い肉――――。
アメフ――――から海に溶け――――××がもったいな――――。
煙――一緒に海水まで――――。
今にも瀕死に見――――から、最期の――――とばかりに――肉を毟り――――。
神の肉に――み込んだ恵―――味――、――――口に運んで――幸福に浸――。
――も。――も。――も。――――も。
肉を毟――。
――を毟――――。
次々に肉――――、毟っ――――。
無数の手――――まるで地獄の――の手が神の身体――――スポンジみたいに――――。
マトゥア――――身をよじっ――――、――――人間――欲深――――そんなことでは――離せ――――。
びぢん、びぢ――、と。
群がる――によってアメフ――――見えなくな――。
時折――――は紫色の身体を――、――――が、何十もの手の平がそれを――――、引っ張り戻――――。
思い――限りど――凌辱よりも――――惨な光――――広げられ――。
斜面――――助けに来――――小さ――子供のイモガ――――にまで――達が次々に――――
――――れても彼ら――――痛――――感じな――――。
寿司――――べるようにイモガ――――口に――――。
子供達――――逃げ――――次々に食わ――――。
ばぎ、びじ、びじ。
べぐ、にじ、びじ。
俺――――
―――これ――――最期――聞―――音――
――――期ぐらい――、――――。
でも――――、――――知れない。
あんな――――醜――、俺の還る――――、――――いたくない。
だったら―――
――、――――。
――――。
――
瞼の裏に何かを感じる。
目は開かない。
開かないが、瞼越しに向こう側が透かし見える。
強い日差しのせいだろう。
――――何か、いる。
何かが俺を覗き込んでいる。
濡れた黒髪だろうか。
いや、真っ黒なフードを被っているようにも見える。
顔は少し日に焼けている。
いや、よく見ると煤けた骸骨だ。
その落ち窪んだ眼窩からはぼろぼろと何かがこぼれ落ちている。
たぶん、海水だろう。
そいつは俺に口づけた。
歯が当たっている。歯。こいつは骸骨だ。骸骨が腐った息を吹き込んでいる。
そいつは俺の胸に手を当てた。力強く俺の心臓を押している。
なんて力だ。そんなになってまで俺を殺したいのか。
憎まれることなんてほとんどなかったのに。そんな俺の命が欲しいだなんて、こいつは。
――――こいつは、死神様だ。
生まれて初めて見るが、分かる。
死神は万国共通で黒いフードに骸骨顔だから分かる。
俺を迎えに来たんですか。
目を閉じたままそう問おうとしたが、言葉が出ない。
言葉の代わりに水が噴き出した。水だ。俺の口から何で水が。
死神様はカタカタと顔を揺らして笑っている。
骸骨顔のそいつは、「なあ」と馴れ馴れしく俺に問いかけた。「ねえ」だったのかも知れない。
『お前、人生で何っっっ回も失敗してきたよな?』
『進学も、就活も、転職も』
『うまく行ったことなんて一個も無いよな?』
『たった今のあれもそうだ』
『お前は命もプライドも護り切れなかった』
『何一つ』
『何一つ成し遂げられなかった』
『なのによ――――』
死神様が笑っている。
洒脱なジョークを飛ばす外国人のように首を横に振って笑っている。
『どうしてそんなお前が、自殺だけは一丁前にやり遂げられると思ったんだ?』
くあああああっっ、と。
南国の鳥のようにそいつが甲高い笑い声を発した。
『本当にどうしようもない奴は』
『――――生きることも死ぬこともできないまま、生き晒しに遭うんだよ』
そんな言葉を聞きながら、俺は枕へ顔を押し付けるようにして意識を闇へぐりぐりと押し戻す。
誰かが呼んでいる。
朝だ、光だ、と。
目覚めたくない。
目覚めなければならない。
でも――――目覚めたくない。
起こさないでくれ。
頼むから、起こさないでくれ。
やめろ。
声なんかかけるな。
他人のくせに。俺の面倒を見る気もないくせに。
誰も。
誰も俺を生かしてくれないくせに。
どうして死なせてくれないんだよ。
――――
――――。
――――……どうして。
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